極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
929 / 1,212
春遠からじ

しおりを挟む
「うーん、やっぱりこっちも暑いですねぇ」
 飛行機を降りるなり冰が伸びをしながら笑顔を見せている。
 緯度的には香港の方が東京よりも赤道に近いわけだが、暑さという点ではそう大差はない。真夏の街は観光客もたくさんいて、非常に賑やかだった。
 周の父と兄は夜まで仕事で戻らないということだったので、街中で昼食をとった後、皆で黄老人の墓参りをすることになった。冰を育ててくれた老人である。
「冰君のじいちゃんの墓には俺たちも一度ご挨拶したかったんだ」
 紫月らもそう言ってくれるので、周も冰も有り難く思っていた。
 墓地は街を見下ろす小高い丘の上にあり、灼熱の太陽を和らげるような海風が心地好い。
「じいちゃん、ただいま。今日はね、日本でお世話になっている白龍のご友人の方たちも来てくださったんだよ」
 冰が花を手向けながら老人に話し掛ける。皆で順番に拝んでいったのだが、そんな中、鐘崎が誰よりも長くじっと墓前で手を合わせている姿があった。
 黄老人と鐘崎とは面識はなかったものの、生前は冰に様々な知恵を与えたことはこれまでの冰を見ていて知っている。生きていく為に必要なこと、臨機応変に対応していく柔軟さなどだ。もしも黄老人が生きている頃に出会っていたら――自分にも何か学ぶことがあったと思うのだろうか。会ったことはないが、こうして墓前で手を合わせることによって老人に何かを話し掛けているような鐘崎の姿からは、彼の中での悩みや葛藤をどうにかしたいという切なる思いが感じられるようであった。
 その後、皆で冰が住んでいたという繁華街のアパート周辺を散策して歩いた。少し前に冰が記憶喪失になった際には、その原因を突き止められればと、鐘崎と紫月が訪れたこともあったわけだが、アパートは未だ健在で、その中のひとつの窓を見上げながら周が瞳を細めていた。
「懐かしいな――。ここに来ると香港を離れた日のことを思い出す」
 そう、あれはまだ冰が小学生の頃だった。幼い彼を残して香港を去った日のことを思えば、今でも昨日のことのように郷愁が蘇る。
「日本で起業することを告げに行った日、黄のじいさんがふるまってくれた茶の味が忘れられんな」
 あの日、老人に挨拶を済ませ、アパートを出たそのすぐ後で冰が学校から帰って来た。通りを挟んだアパートの窓から顔を出して、一生懸命にこちらのことを探してくれた少年の日の冰の姿が蘇る。幾度車のドアを開けて通りの向こう側に行きたいと思ったことか――。
「正直なところ、あの時は胸が潰れそうになったもんだ。生まれ育った街を離れる不安と、見知らぬ日本での起業。それに幼かった冰を置いていく葛藤、いろんな気持ちが入り混じっていたっけな。車の窓から見たあの日の空は生涯忘れることはねえだろうと思う」
 思い返せば今でもちくりと胸が痛む。だが、それを乗り越えて今の幸せがあるのだ。
 瞳を細めてアパートを見上げる周の隣で、鐘崎もまたその頃の友の思いに自らを重ね合わせていたのだろうか。共にアパートを見つめながら、じっと祈るように佇むその背中を黙って見守る紫月の視線が深い愛情を讃えているかのようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前後からの激しめ前立腺責め!

ミクリ21 (新)
BL
前立腺責め。

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...