極道恋事情

一園木蓮

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慟哭

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「あいつ……俺がいなくなってもちゃんと一人でやってけるだろうかね……」
 きっと途方に暮れたようになって悲しむことだろう。あるいは本当に修羅か夜叉となってしまうかも知れない。

 お前に手を出された日にゃ、俺は修羅にも夜叉にも平気でなるぞ――

 若き青春の日に彼が云った言葉だ。
「はは……無理だべな。何だかんだ言って俺がいねえとダメダメだから、あいつ……」
 何だか急に可笑しくなって笑ってしまう。

 なあ、紫月――俺は生涯この紅椿の花と共に生きていく。
 この世で一番大事なお前が生まれた日に――その誕生を慶ぶかのように咲き誇っていた椿の花――永遠に枯れることのない大輪の紅椿の花と共に生きていく。
 紅椿はお前そのものだ。俺が愛するお前そのもの――。

 時にはにかむような表情で、時に真剣な表情で、そう言ってくれた愛しい亭主の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの笑顔を、あの一途な想いを――こんなことで散らしちゃならねえ。

 そうだ、ここで諦めるわけにはいかない。
 鐘崎を悲しみのどん底に突き落とすようなことはしたくない。あのやさしい――時に優柔不断と言われるほどにあたたかいあの彼を――人の心を失くした鬼にしてはならない。
 もう一度――あの腕に包まれながら彼の幸せそうな笑顔を見たい。あの笑顔を曇らせるようなことをしてはならない。

 諦めるわけにはいかねえ――!

「仕方ねえ……やれるとこまでやるっきゃねえか。当たるも八卦当たらぬも八卦っていうしな」
 少々意味合いは違うがこの状況でそんな冗談が浮かぶのは紫月ならではだろう。事実、必ずしも弾丸が当たるとは限らない。こうなったら運を天に任せて突破するしか道はないのだ。
「どっかに脱出できるトコがあればいいが――」
 出入り口のシャッターは閉まっているし、銃撃と大人数の攻撃を避けながらの脱出は難しいだろう。

 ふと――上を見上げれば倉庫壁面の所々に天窓があることに気がついた。

「あそこからなら行けるか……」
 仮に窓まで辿り着けたとして、そこから飛び降りれば骨の一本や二本折れるかも知れないが、ここで撃ち殺されるよりまだ望みはある。岸壁には大きな貨物用の船舶が停まっていたし、隣接する倉庫まで行けば誰か人がいるだろう。
 幸い天窓の近くまで登れる階段と、倉庫を囲むように細い鉄製の足場のようなものが通っている。おそらくは点検か何かの為に天井へ登れるようになっているのだろう。
「よっしゃ! 行くっきゃねえ――!」

 白椿よ――必ずお前を遼二の元へ連れて行く――!
 たとえ俺がくたばったとしても、この肩の上で咲く大輪の花だけは綺麗なままあいつの元へ帰してやるさ――! 何があってもこいつだけは――あいつと揃いのこの椿の花だけは絶対に散らせやしねえ!

 紫月は敵に向かって木箱を蹴り飛ばすと、彼らがそれに意識を取られている隙に一気に階段を目指して駆け出した。敵に右側を向け、左の肩に入った白椿の彫り物を庇うようにして駆け抜ける。何があってもこれだけは守り抜くといった必死の覚悟が窺えた。
 愛しい者と共に対で背負った椿の花がみるみると意思を持ち、まるで己の主人を守るかのように目に見えないシールドの盾となって紫月の身体を包んでいく――そんな幻影が浮かび上がった瞬間であった。
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