極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
913 / 1,212
慟哭

15

しおりを挟む
「あいつ……俺がいなくなってもちゃんと一人でやってけるだろうかね……」
 きっと途方に暮れたようになって悲しむことだろう。あるいは本当に修羅か夜叉となってしまうかも知れない。

 お前に手を出された日にゃ、俺は修羅にも夜叉にも平気でなるぞ――

 若き青春の日に彼が云った言葉だ。
「はは……無理だべな。何だかんだ言って俺がいねえとダメダメだから、あいつ……」
 何だか急に可笑しくなって笑ってしまう。

 なあ、紫月――俺は生涯この紅椿の花と共に生きていく。
 この世で一番大事なお前が生まれた日に――その誕生を慶ぶかのように咲き誇っていた椿の花――永遠に枯れることのない大輪の紅椿の花と共に生きていく。
 紅椿はお前そのものだ。俺が愛するお前そのもの――。

 時にはにかむような表情で、時に真剣な表情で、そう言ってくれた愛しい亭主の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの笑顔を、あの一途な想いを――こんなことで散らしちゃならねえ。

 そうだ、ここで諦めるわけにはいかない。
 鐘崎を悲しみのどん底に突き落とすようなことはしたくない。あのやさしい――時に優柔不断と言われるほどにあたたかいあの彼を――人の心を失くした鬼にしてはならない。
 もう一度――あの腕に包まれながら彼の幸せそうな笑顔を見たい。あの笑顔を曇らせるようなことをしてはならない。

 諦めるわけにはいかねえ――!

「仕方ねえ……やれるとこまでやるっきゃねえか。当たるも八卦当たらぬも八卦っていうしな」
 少々意味合いは違うがこの状況でそんな冗談が浮かぶのは紫月ならではだろう。事実、必ずしも弾丸が当たるとは限らない。こうなったら運を天に任せて突破するしか道はないのだ。
「どっかに脱出できるトコがあればいいが――」
 出入り口のシャッターは閉まっているし、銃撃と大人数の攻撃を避けながらの脱出は難しいだろう。

 ふと――上を見上げれば倉庫壁面の所々に天窓があることに気がついた。

「あそこからなら行けるか……」
 仮に窓まで辿り着けたとして、そこから飛び降りれば骨の一本や二本折れるかも知れないが、ここで撃ち殺されるよりまだ望みはある。岸壁には大きな貨物用の船舶が停まっていたし、隣接する倉庫まで行けば誰か人がいるだろう。
 幸い天窓の近くまで登れる階段と、倉庫を囲むように細い鉄製の足場のようなものが通っている。おそらくは点検か何かの為に天井へ登れるようになっているのだろう。
「よっしゃ! 行くっきゃねえ――!」

 白椿よ――必ずお前を遼二の元へ連れて行く――!
 たとえ俺がくたばったとしても、この肩の上で咲く大輪の花だけは綺麗なままあいつの元へ帰してやるさ――! 何があってもこいつだけは――あいつと揃いのこの椿の花だけは絶対に散らせやしねえ!

 紫月は敵に向かって木箱を蹴り飛ばすと、彼らがそれに意識を取られている隙に一気に階段を目指して駆け出した。敵に右側を向け、左の肩に入った白椿の彫り物を庇うようにして駆け抜ける。何があってもこれだけは守り抜くといった必死の覚悟が窺えた。
 愛しい者と共に対で背負った椿の花がみるみると意思を持ち、まるで己の主人を守るかのように目に見えないシールドの盾となって紫月の身体を包んでいく――そんな幻影が浮かび上がった瞬間であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...