極道恋事情

一園木蓮

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紅椿白椿

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 それからひと月余りが経った頃、鐘崎にとってこの世で一等愛しい紫月が白椿を背負ったという知らせが届き、逸る気持ちで一之宮道場へと迎えに行った。
 紫月の方から組へ帰って来ることもできたのだが、姐さんの帰りを待ち望んでいる組員たちが大騒ぎとなることは目に見えている。やはり何をおいても一番に夫婦で白椿を分かち合いたいとの思いから、密かに鐘崎が迎えに行くことにしたのだった。
 夜半過ぎ、道場の母屋とは別棟にある紫月の自室で、夫婦は互いを見つめ合うように向き合って立った。
 浴衣一枚を羽織った紫月の袷にわずか震える手で触れる。するりと襟を開けば、彼の利き手とは逆の左肩に艶やかな白椿が姿を現した。
「見事だ……。経過はどうだ? 身体はしんどくねえか?」
 感激のあまり上手く言葉にならずも体調を気に掛ける。
「ん、へーき! 彫る時はさすがにちっと辛かったけどさ。でもその痛みがお前と俺の絆を強くしてくれる気がして嬉しかったぜ」
「紫月……。ありがとうな。本当に……こんな時さえ上手い言葉が思いつかねえようなこんな俺だ。これからも今まで以上にケツ叩いてもらわなきゃならねえ気持ちでいっぱいだ……!」
 咲いたばかりの白椿の花を気遣うように、鐘崎は珍しくもおそるおそるといったように大事に大事にその身体を抱き締めた。
「はは! ンな気ィ遣ってくれなくても平気だって」
「だが化膿したりしたらいけねえ。大事にしねえと」
「ん、サンキュな遼。俺の願いを叶えてくれて感謝してる」
 今宵はさすがに激しい情を重ねるのは憚られるところだが、二人の気持ちの上では何よりも熱く固い愛情が溢れてやまなかった。

 この紅白の椿を二人で背負って生きていこう。
 健やかなる時も病める時も、共に手を取り合い決して放さない。
 頼もしさも情けなさもすべてを分かち合って歩いていこう。
 たとえどんな逆風に煽られようと、この紅と白の椿が共にある限り乗り越えていけるだろう。
 二つの椿を別つことができるものは何もない。いつの日か――肉体が滅びようとも魂は永遠にお前と共にあろう。

「まだ湯船には浸かれんか」
「ん、綾さんの話だと夏の間は半身浴かシャワーだけにしとくのが無難だろうって」
「そうか。じゃあ――秋口になったらゆっくり温泉宿にでも行くか。部屋付きの露天風呂があるところがいいな」
「お! いいね! 冰君たちも誘って一緒に行けたらいいな」
「そうだな。あいつらにも散々世話になったことだしな。彫り物が完成した記念に招待するのも悪くねえ」
 きっと喜んでくれるだろうと言って笑う。コツリと額を突き合わせ、そのまま触れ合うだけの口づけを交わす。
「へへ! 野獣のおめえがこんなチュウくれえで足りんのか?」
 悪戯そうに紫月は笑う。
「今は気持ちが満たされているからな。秋になったらまた猛獣に戻るかも知れんが――」
「ホントは今、猛獣になりてえくせに?」
「――そう煽るな。ただでさえお前……」
 触れ合う身体の中心は既に熱くて硬い。
「いいよ。んじゃちびっとだけ猛獣さしてやるべ」
「……ばっかやろ……俺がちびっとで足りると思ってるか?」
「思ってねえ」
「こんにゃろ……」
 言うや否や激しく唇を奪われた。息もできないほどの長く、しつこく、濃いキスだ。
「な、遼。おめえはそうでなきゃ!」
「……何だか……これじゃそれっきゃ脳がねえ――しょうもねえ獣そのものだ」
「いいじゃん! 俺ァそーゆーてめえがいンだから」
「紫月――」
「するべ」
「――いいのか?」
「いいも悪ィも余裕ねえべよ」
 クスっと笑みながら額に軽いデコピンをくれる。その指を掴まれて、掌、手首と逸るようにくちづけられた。
 クイと閉じられた瞳が切ないほどに欲しているというのを代弁している。長い睫毛が頬をくすぐり、どれほど求められているのか、どれほど愛されているのかということを強く強く感じる。だが、身体への負担を気遣うあまり、懸命にその欲を堪えようとしているギリギリの表情が色香を讃えて爆発寸前だ。
「遼……俺、そゆおめえがい……。堪んね……」
「ああ――」
 俺も堪らない――という言葉の代わりに硬く滾った雄が下っ腹に押し付けられる。
 白椿の肩を庇いつつも逞しい腕が腰を引き寄せては、また長い長いくちづけが身も心も奪っていく。
「好きだ。紫月――」
 余裕のない声が首筋を撫で、大きな掌が髪をまさぐるように掻き上げる。
 今日はいつものように我が物顔ではなく、極力丁寧にするから許せよ――と言いながら逸った瞳を細める仕草は正に堪らない。
 誰よりも何よりもこの男が愛しい、そんな想いのままに紫月もまた愛する亭主を抱きしめ返したのだった。



◇    ◇    ◇


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