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紅椿白椿
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「それより遼ちゃんったら、最近はめっきり顔も見せてくれないんだもの」
「そうよ! すっかり里恵子に取られちゃったわねってママも残念がってるんだから」
「ああ、ご無沙汰しちまってすみません。君江ママの方には親父が世話ンなってるしと思って――つい。今度寄せていただきますよ」
「約束よぉ!」
「社交辞令だったら許さないんだから!」
「ええ、もちろん。ママにもしばらくご無沙汰しちまってるんで、必ず顔を出させてもらいます」
鐘崎はそう言いながらスマートな仕草で胸ポケットの長財布を取り出すと、
「デザートでもやってください」
長く綺麗な形の指先で札を数枚引き出すと、嫌味のない粋な仕草でクイと折っては二人に握らせた。
鞠愛にとっては驚きも驚きだが、裏の世界の付き合いとしてはいわば袖の下というべきか、必要事項の範囲なのだ。銀座のクラブとは懇意の間柄だし、情報収集という点でも実際世話になっている。こうした心付けは大事といえる上、ましてや君江ママの店のホステスなら尚更だ。彼女たちもよく分かっているようで、当たり前のようにそれを受け取った。
「まあ嬉しい! 遠慮なくご馳走になるわぁ」
「紫月ちゃんは? 今日はお家でお留守番?」
「いや、あいつは町内会の役目をやってくれてまして。今日も出てくれてるんです」
「まあ! 相変わらずにデキた奥様ねぇ。今度紫月ちゃんと一緒に是非遊びにいらしてね! 待ってるから!」
「お美しい奥方様にくれぐれもよろしくお伝えしてねぇ!」
華やかな笑い声と共に手を振った彼女たちに、鞠愛はもちろんのことながら周囲の客たちも目を白黒させていた。
あんなに大きな声で『お仕事忙しそうで』だの『奥様によろしくね』などと言われれば、鐘崎には妻がいるというのがバレバレである。鞠愛としては単なる仕事相手と言われたようで、立つ背がないも同然だ。案の定、ヒソヒソと周りの客たちがざわめき出した様子に、鞠愛はキッと眉間を尖らせた。
「何よ……! 今のって水商売の女? あんな言い方して、彼にタカったも同然じゃない! だからお水は嫌なのよ! 失礼しちゃうわ!」
鐘崎が会計に立った後で、鞠愛は周囲に言い訳するかのようにそう吐き捨ててみせた。
しかしながら正直なところ驚かされたのは確かだ。鐘崎という男は女性に対して興味がないか、あるいはあまり扱いに慣れていないのかと思ってもいたが、今のやり取りを見るとどうやらそうではないらしい。言葉遣いは相変わらず丁寧だったが、えらく親しげ――というよりも警戒心のないといった方が適当か、彼女たちを敬遠しているふうでもなかった。それとは裏腹に、自分に対しては慇懃無礼と取れるほどに丁寧な態度を崩さない。何だかわざと距離を置かれているようにも思えて苛立ちが募る。鞠愛にとってはどうにも思うようにならないその距離感が歯痒くて堪らないようであった。
「そうよ! すっかり里恵子に取られちゃったわねってママも残念がってるんだから」
「ああ、ご無沙汰しちまってすみません。君江ママの方には親父が世話ンなってるしと思って――つい。今度寄せていただきますよ」
「約束よぉ!」
「社交辞令だったら許さないんだから!」
「ええ、もちろん。ママにもしばらくご無沙汰しちまってるんで、必ず顔を出させてもらいます」
鐘崎はそう言いながらスマートな仕草で胸ポケットの長財布を取り出すと、
「デザートでもやってください」
長く綺麗な形の指先で札を数枚引き出すと、嫌味のない粋な仕草でクイと折っては二人に握らせた。
鞠愛にとっては驚きも驚きだが、裏の世界の付き合いとしてはいわば袖の下というべきか、必要事項の範囲なのだ。銀座のクラブとは懇意の間柄だし、情報収集という点でも実際世話になっている。こうした心付けは大事といえる上、ましてや君江ママの店のホステスなら尚更だ。彼女たちもよく分かっているようで、当たり前のようにそれを受け取った。
「まあ嬉しい! 遠慮なくご馳走になるわぁ」
「紫月ちゃんは? 今日はお家でお留守番?」
「いや、あいつは町内会の役目をやってくれてまして。今日も出てくれてるんです」
「まあ! 相変わらずにデキた奥様ねぇ。今度紫月ちゃんと一緒に是非遊びにいらしてね! 待ってるから!」
「お美しい奥方様にくれぐれもよろしくお伝えしてねぇ!」
華やかな笑い声と共に手を振った彼女たちに、鞠愛はもちろんのことながら周囲の客たちも目を白黒させていた。
あんなに大きな声で『お仕事忙しそうで』だの『奥様によろしくね』などと言われれば、鐘崎には妻がいるというのがバレバレである。鞠愛としては単なる仕事相手と言われたようで、立つ背がないも同然だ。案の定、ヒソヒソと周りの客たちがざわめき出した様子に、鞠愛はキッと眉間を尖らせた。
「何よ……! 今のって水商売の女? あんな言い方して、彼にタカったも同然じゃない! だからお水は嫌なのよ! 失礼しちゃうわ!」
鐘崎が会計に立った後で、鞠愛は周囲に言い訳するかのようにそう吐き捨ててみせた。
しかしながら正直なところ驚かされたのは確かだ。鐘崎という男は女性に対して興味がないか、あるいはあまり扱いに慣れていないのかと思ってもいたが、今のやり取りを見るとどうやらそうではないらしい。言葉遣いは相変わらず丁寧だったが、えらく親しげ――というよりも警戒心のないといった方が適当か、彼女たちを敬遠しているふうでもなかった。それとは裏腹に、自分に対しては慇懃無礼と取れるほどに丁寧な態度を崩さない。何だかわざと距離を置かれているようにも思えて苛立ちが募る。鞠愛にとってはどうにも思うようにならないその距離感が歯痒くて堪らないようであった。
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