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紅椿白椿
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「す、すいやせんッ……! じ、実は昼間使った剪定道具をこの庭に置き忘れてしまいまして……」
男曰く雇ってもらって早々にこんな失態がバレた日には立つ背がないと、密かに探しに戻って来たのだそうだ。たまたま犬たちが放たれていなかったから良かったものの、下手をすれば噛み付かれて大怪我をしていたかも知れない。
事情を聞いて、誰もが呆れ半分で眉根を寄せてしまった。
「だったらひと言声を掛けてくれれば良かっただろうが。何故コソコソと忍び込むような真似をした」
清水に咎められて、男はしょんぼりとうなだれた。
「す、すいやせん……本当に」
その様子から他意はないと踏んだ鐘崎が、
「まあいい。理由は分かったんだ」
おそらく嘘はついていないのだろうと鷹揚な言葉を口にする。清水はそんな若頭に代わって男の素性を尋ねた。
「お前さん、確か小川とかいったな?」
昼間に親方から紹介された名だ。
「へ、へい。小川駈飛といいます……。本当に申し訳ありやせんッ!」
素直に認めた態度からして悪気はなさそうだ。
「親方はこのことを――知っているわけもなかろうな」
当然内緒なのだろうと清水が溜め息を漏らす。
「はい……親方には言ってません」
皆が呆れ気味に肩をすくめる中、やれやれと鐘崎が口を開いた。
「事情は分かった。今回は初めてということで見逃すが、二度はねえぞ」
清水以下若い衆らは『それでよろしいので?』と鐘崎を見やる。
「悪意はなさそうだ。今日のところはそれで構わん」
踵を返しながら男に向かってもうひと言を付け加えた。
「親方には黙っていてやる。以後気を付けてくれ」
放していいぞと若い衆らに目配せする。男は両脇を抱えられるようにして門の外まで連れて行かれると、そこで解放された。
中庭では清水が詫びを口にしていた。
「若、申し訳ございませんでした。お手間をお掛けいたしました」
「いや、構わん。しかし随分と身軽なヤツだな。いったいどうやってこの中庭まで辿り着いたのか、そっちの方が興味をそそられる」
「ええ、確かに……」
この中庭に入り込むには通常若い衆らの待機する事務所を通らなければならないはずだ。まずはそこで侵入がバレるだろう。だが、誰も見た者はいない。
「組員が気付かなかったとすると、考えられるのは外壁を伝って屋根へ登ったということですが……よほど必死だったのでしょうか。それにしてもこのお邸の周りは屋根瓦付きの高い塀で囲まれているというのに、よくぞ入れたものです」
「庭師になろうってくれえだからな。身は軽いのかも知れんが、一応監視カメラで侵入経路を当たってくれ。本当に屋根から侵入したんであれば、もう少し警備を強化せにゃならん」
「は! すぐに確認いたします」
「まあ俺も落ち度といえる。目と鼻の先にいた侵入者に気が付けなかったわけだからな」
いくら情事に没頭した直後とはいえ、確かに落ち度といえばそうだろう。
「やはり犬たちを放しておきましょうか」
「ああ。もう大分静養できたろうからな」
「ではすぐに」
清水は丁寧に頭を下げると、若い衆らに言って犬舎からシェパードたちを連れて来るように指示を出した。
何はともあれ敵襲などでなくて良かった。誰もがホッと胸を撫で下ろしたのだった。
男曰く雇ってもらって早々にこんな失態がバレた日には立つ背がないと、密かに探しに戻って来たのだそうだ。たまたま犬たちが放たれていなかったから良かったものの、下手をすれば噛み付かれて大怪我をしていたかも知れない。
事情を聞いて、誰もが呆れ半分で眉根を寄せてしまった。
「だったらひと言声を掛けてくれれば良かっただろうが。何故コソコソと忍び込むような真似をした」
清水に咎められて、男はしょんぼりとうなだれた。
「す、すいやせん……本当に」
その様子から他意はないと踏んだ鐘崎が、
「まあいい。理由は分かったんだ」
おそらく嘘はついていないのだろうと鷹揚な言葉を口にする。清水はそんな若頭に代わって男の素性を尋ねた。
「お前さん、確か小川とかいったな?」
昼間に親方から紹介された名だ。
「へ、へい。小川駈飛といいます……。本当に申し訳ありやせんッ!」
素直に認めた態度からして悪気はなさそうだ。
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当然内緒なのだろうと清水が溜め息を漏らす。
「はい……親方には言ってません」
皆が呆れ気味に肩をすくめる中、やれやれと鐘崎が口を開いた。
「事情は分かった。今回は初めてということで見逃すが、二度はねえぞ」
清水以下若い衆らは『それでよろしいので?』と鐘崎を見やる。
「悪意はなさそうだ。今日のところはそれで構わん」
踵を返しながら男に向かってもうひと言を付け加えた。
「親方には黙っていてやる。以後気を付けてくれ」
放していいぞと若い衆らに目配せする。男は両脇を抱えられるようにして門の外まで連れて行かれると、そこで解放された。
中庭では清水が詫びを口にしていた。
「若、申し訳ございませんでした。お手間をお掛けいたしました」
「いや、構わん。しかし随分と身軽なヤツだな。いったいどうやってこの中庭まで辿り着いたのか、そっちの方が興味をそそられる」
「ええ、確かに……」
この中庭に入り込むには通常若い衆らの待機する事務所を通らなければならないはずだ。まずはそこで侵入がバレるだろう。だが、誰も見た者はいない。
「組員が気付かなかったとすると、考えられるのは外壁を伝って屋根へ登ったということですが……よほど必死だったのでしょうか。それにしてもこのお邸の周りは屋根瓦付きの高い塀で囲まれているというのに、よくぞ入れたものです」
「庭師になろうってくれえだからな。身は軽いのかも知れんが、一応監視カメラで侵入経路を当たってくれ。本当に屋根から侵入したんであれば、もう少し警備を強化せにゃならん」
「は! すぐに確認いたします」
「まあ俺も落ち度といえる。目と鼻の先にいた侵入者に気が付けなかったわけだからな」
いくら情事に没頭した直後とはいえ、確かに落ち度といえばそうだろう。
「やはり犬たちを放しておきましょうか」
「ああ。もう大分静養できたろうからな」
「ではすぐに」
清水は丁寧に頭を下げると、若い衆らに言って犬舎からシェパードたちを連れて来るように指示を出した。
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