826 / 1,212
ダブルトロア
38
しおりを挟む
帰りの車中では曹が周風に頭を下げていた。
「周風、ひとつお前さんに謝らねばならんことがある」
そう言ってちらりと美紅を見やる。すると彼女も愛する亭主に肩を抱かれながら、気恥ずかしげに頬を染めた。そんな二人の様子に首を傾げながら風は難しそうに眉根を寄せた。
「謝らねばならんこととはいったい何だ」
「大事なことだ。本来お前さんが一番に知るべき大切な報告を、非常事態とはいえ我々が先にうかがってしまったことを謝りたい」
「俺が一番に知るべきこと?」
風には何がなんだかさっぱり分からないようだ。それは奥方から聞いてくれと、曹が美紅に視線をくれる。
「メイ、貴女も何か知っているのか?」
だったら早く教えて欲しいと顔を覗き込む。美紅はますます頬を染めると、可憐な声を震わせながら瞳を細めた。
「貴方。実は私……赤ちゃんができたようですの」
「ふむ、そうか。それは良かった……って……」
え……!?
風は大きく瞳を見開いたまま、固まってしまった。
「赤……ちゃん……? まさかメイ……」
「ええ。私もウィーンに着いてから確信しましたの。ここ二ヶ月ほど、もしかしたらと思っていたんだけれど」
「俺たちの子か……! メイ、本当に?」
「ええ、本当よ」
「……おお……おお、そうか……そうか! メイ……!」
風はガバリと妻の華奢な身体を抱き締めた。
「なんてめでたいんだ……! メイ、ありがとう。本当に……」
「貴方……」
「こんなに嬉しいことはないぞ! 香港の両親も大喜びすることだろう」
風はひとしきり興奮に声を震わせると、次には逸ったように妻の身体を気に掛けた。
「そうだメイ! 体調はどうだ? 具合の悪いところはないか? その……なんだ。男の俺にはよく分からんが……女性にはしんどいことも多いのだろう?」
つまり、つわりなどで辛くはないのかと思ったようだ。まるで右往左往と落ち着きのなく気に掛ける。
「ええ、大丈夫よ。特に具合の悪いことはないわ」
「そ、そうか……。だったらいいが、くれぐれも遠慮や我慢などしないのだぞ。貴女と俺は一心同体の夫婦だ。辛いことも嬉しいことも何でも分かち合いたい!」
「貴方……。ありがとう。でも本当に平気よ。妊った初期は体調的にお辛い方もいらっしゃると聞いていたけれど、私は今のところ具合はまったく悪くないの」
有り難いことねと言いながらも、きっと貴方の子供だから私を思い遣ってくれているのでしょうと微笑む妻に、風の方は歓びを抑え切れないといったふうに気もそぞろだ。早速に名前はどうしようかと考え込んだり、産着や乳児用の家具なども思い巡らせているふうである。
まるで少年に戻ってしまったような亭主に、美紅はクスクスと可笑しそうに笑ってはとびきりの笑顔を向けたのだった。
「周風、ひとつお前さんに謝らねばならんことがある」
そう言ってちらりと美紅を見やる。すると彼女も愛する亭主に肩を抱かれながら、気恥ずかしげに頬を染めた。そんな二人の様子に首を傾げながら風は難しそうに眉根を寄せた。
「謝らねばならんこととはいったい何だ」
「大事なことだ。本来お前さんが一番に知るべき大切な報告を、非常事態とはいえ我々が先にうかがってしまったことを謝りたい」
「俺が一番に知るべきこと?」
風には何がなんだかさっぱり分からないようだ。それは奥方から聞いてくれと、曹が美紅に視線をくれる。
「メイ、貴女も何か知っているのか?」
だったら早く教えて欲しいと顔を覗き込む。美紅はますます頬を染めると、可憐な声を震わせながら瞳を細めた。
「貴方。実は私……赤ちゃんができたようですの」
「ふむ、そうか。それは良かった……って……」
え……!?
風は大きく瞳を見開いたまま、固まってしまった。
「赤……ちゃん……? まさかメイ……」
「ええ。私もウィーンに着いてから確信しましたの。ここ二ヶ月ほど、もしかしたらと思っていたんだけれど」
「俺たちの子か……! メイ、本当に?」
「ええ、本当よ」
「……おお……おお、そうか……そうか! メイ……!」
風はガバリと妻の華奢な身体を抱き締めた。
「なんてめでたいんだ……! メイ、ありがとう。本当に……」
「貴方……」
「こんなに嬉しいことはないぞ! 香港の両親も大喜びすることだろう」
風はひとしきり興奮に声を震わせると、次には逸ったように妻の身体を気に掛けた。
「そうだメイ! 体調はどうだ? 具合の悪いところはないか? その……なんだ。男の俺にはよく分からんが……女性にはしんどいことも多いのだろう?」
つまり、つわりなどで辛くはないのかと思ったようだ。まるで右往左往と落ち着きのなく気に掛ける。
「ええ、大丈夫よ。特に具合の悪いことはないわ」
「そ、そうか……。だったらいいが、くれぐれも遠慮や我慢などしないのだぞ。貴女と俺は一心同体の夫婦だ。辛いことも嬉しいことも何でも分かち合いたい!」
「貴方……。ありがとう。でも本当に平気よ。妊った初期は体調的にお辛い方もいらっしゃると聞いていたけれど、私は今のところ具合はまったく悪くないの」
有り難いことねと言いながらも、きっと貴方の子供だから私を思い遣ってくれているのでしょうと微笑む妻に、風の方は歓びを抑え切れないといったふうに気もそぞろだ。早速に名前はどうしようかと考え込んだり、産着や乳児用の家具なども思い巡らせているふうである。
まるで少年に戻ってしまったような亭主に、美紅はクスクスと可笑しそうに笑ってはとびきりの笑顔を向けたのだった。
11
お気に入りに追加
878
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる