極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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 まるで甘えるように肩先の白蘭に頬擦りを繰り返す。バスルームに反響するその声音が涙に滲んでいるようで、冰もまた熱くなった目頭を擦ったのだった。
「白龍ったら……。それを言うのは俺の方だよ。大変な目に遭って、でも生きててくれた。ちゃんと俺の元に戻ってきてくれた。俺もうそれだけで他には何もいらないって思ったよ」
「冰……」
「ありがとうね、白龍。帰って来てくれて……ありがとう……!」
「当たり前……だ。俺が帰る場所はお前の側以外にねえ。今までも、これからも……頼りないところだらけのこんな亭主だが……ずっと迎え入れて欲しいと……ずっと側にいさせて欲しいと……それだけが俺の願いだ」
 湯気で湿ったものとはまた別の、温かい雫が周の頬から冰の首筋へと伝う。時折鼻をすするような呼吸と共に発せられるその言葉に、冰もまたポロポロと熱い雫を湯に溶かした。
「白龍ったら……俺だって同じだよ。あなたがいてくれさえすれば何もいらない。例え俺のことを忘れてしまっても、あなたが生きていてくれればいい。側にいて……毎日顔を見られるだけでこんな幸せはないもん」
「冰……お前ってヤツは……」
 先程、鐘崎から密かに聞いた話によれば、この冰は事件勃発直後からそう言っていたということだった。羅辰らにDAという危険薬物を盛られたことが分かった時も、焦れる鐘崎とは裏腹に、例え記憶を失くしても生きてさえいてくれればいい、冰はそう言って懸命に捜索を続けてくれたそうだ。そしてそれは言葉の通り、救出されてここへ帰って来てからも全く変わらなかった。
 何も思い出せないことを詰るでもなく、焦ることはないと、ゆったりと構えていてくれと言ってくれた。常に心穏やかに過ごせるように甲斐甲斐しく世話をしてくれて、ただただ側で見守ってくれていた。
 その間、彼の与えてくれる愛情に対して何も返してやれなかった。まるで介護同然に何から何まで世話を掛け、その上に社の存続の為と働き詰めに働いて、それこそ身も心も休まる暇などなかったはずだ。楽しいこともなければ、好きな音楽を聴いたり気晴らしに買い物へ出掛けたりなどは以ての外で、ホッとひと息をつくティータイムすら皆無だったはずだ。
 それなのに最後まで見捨てずに、これ以上ないあたたかい気持ちで寄り添ってくれた。周にはその大らかな愛情がどれほど癒しになったことか知れない。記憶が戻った以上今更かも知れないが、周は冰に打ち明けてみようと思っていたことを話すことにした。
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