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謀反
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「周さん、あなたのご伴侶はあなたのことを何よりも大切に想っておられますよ。会いに来られないのはあなたが一生懸命に作り上げてきた会社の方に専念されているからです。ここは本社ですが、他に関連企業などが日本の各地にございますし、いつかあなたがご復帰されるその日まで社の運営をとめるわけにはいかないと頑張っておられるのです。お二人の間は決して上手くいっていないわけではない。むしろあなたを大切に想えばこそなのです。それに、あなたならば私が教えずとも、いずれあなた自身で大切なその人を見つけられるはずです」
鄧はこれも治療の一環なのですよと言うに留めた。
「今はまだ……俺には教えられないということか」
「教えられないのではなく、あなたなら例え記憶が戻らなくとも、大切なその方のことだけは絶対に見つけられると思うからです。変な先入観を持たせずにあなた自身で見つけられる日が来るのを待ちたいと思うのです」
鄧は、仮にその伴侶が誰かということを教えたとしても、それこそ香山のように嘘という可能性もあるでしょうと説明をした。
「極端な話ですが、例えばあなたの金銭や権力が目当ての輩が『僕が伴侶です』と一度に数人が名乗り出てきたとしたら、あなたはその中から本当の伴侶を選べるでしょうか。ご覧の通りあなたが経営なされているこの会社は非常に大きく立派なものです。この機会に乗じて自分があなたの伴侶だと名乗り出てくる輩がいたとしても不思議はないでしょう?」
仮に数人が例の香山という男のように『我こそがあなたの伴侶です』と言ってずらりと並んだとして、誰が本物なのか当てられるかと言われても自信はない。
「……それは……確かに難しいかも知れない」
「そんな時に頼りになるのは、やはりご自分自身の気持ちと本能しかないのですよ」
鄧はそう言った。
「そうか……。そう言われてみれば確かにそうだな。俺はあの香山という男に彼が俺の嫁だと言われても……どうしてか信じられなかった」
周は納得したようだった。
「それと……もうひとつ不思議に思えるのは、あの秘書の青年のことだ。彼もまた……自分が俺の秘書だとは言わなかった」
だが、実際には秘書であるにもかかわらず、救助隊かと訊いたことに対して、『そうですよ』と答えたというのだ。
「香山という男とは逆だが、俺はあの青年に助けられた時に何故だか分からんがホッとした気持ちになってな」
周は、愛して一緒になったはずの香山よりも、初めて会う救助隊の男に安堵感を覚えたことが不思議でならなかったのだと言った。
「冰君はおそらく記憶を失くしたあなたを気遣って、訊かれるままに救助隊だと答えたのでしょう。彼にとってはあなたと彼がどのような間柄であるとかはどうでもよく、ただあなたが生きて無事でいてくれたことが何より嬉しかったのだと思いますよ」
「俺の無事が……嬉しかったというのか?」
まあ、秘書ならば社長の無事を喜ぶのは当然なのかも知れないが、彼はあの細い身体で自分をおぶってくれて、がんばりましょうと勇気付けてくれた。その言葉がストレートに心に染みた気がするのだ。
「いったいあの青年は俺にとってどういう……」
そこまで言い掛けて、周は突如辛そうに瞳を歪めて頭を押さえ込んだ。
鄧はこれも治療の一環なのですよと言うに留めた。
「今はまだ……俺には教えられないということか」
「教えられないのではなく、あなたなら例え記憶が戻らなくとも、大切なその方のことだけは絶対に見つけられると思うからです。変な先入観を持たせずにあなた自身で見つけられる日が来るのを待ちたいと思うのです」
鄧は、仮にその伴侶が誰かということを教えたとしても、それこそ香山のように嘘という可能性もあるでしょうと説明をした。
「極端な話ですが、例えばあなたの金銭や権力が目当ての輩が『僕が伴侶です』と一度に数人が名乗り出てきたとしたら、あなたはその中から本当の伴侶を選べるでしょうか。ご覧の通りあなたが経営なされているこの会社は非常に大きく立派なものです。この機会に乗じて自分があなたの伴侶だと名乗り出てくる輩がいたとしても不思議はないでしょう?」
仮に数人が例の香山という男のように『我こそがあなたの伴侶です』と言ってずらりと並んだとして、誰が本物なのか当てられるかと言われても自信はない。
「……それは……確かに難しいかも知れない」
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鄧はそう言った。
「そうか……。そう言われてみれば確かにそうだな。俺はあの香山という男に彼が俺の嫁だと言われても……どうしてか信じられなかった」
周は納得したようだった。
「それと……もうひとつ不思議に思えるのは、あの秘書の青年のことだ。彼もまた……自分が俺の秘書だとは言わなかった」
だが、実際には秘書であるにもかかわらず、救助隊かと訊いたことに対して、『そうですよ』と答えたというのだ。
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周は、愛して一緒になったはずの香山よりも、初めて会う救助隊の男に安堵感を覚えたことが不思議でならなかったのだと言った。
「冰君はおそらく記憶を失くしたあなたを気遣って、訊かれるままに救助隊だと答えたのでしょう。彼にとってはあなたと彼がどのような間柄であるとかはどうでもよく、ただあなたが生きて無事でいてくれたことが何より嬉しかったのだと思いますよ」
「俺の無事が……嬉しかったというのか?」
まあ、秘書ならば社長の無事を喜ぶのは当然なのかも知れないが、彼はあの細い身体で自分をおぶってくれて、がんばりましょうと勇気付けてくれた。その言葉がストレートに心に染みた気がするのだ。
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そこまで言い掛けて、周は突如辛そうに瞳を歪めて頭を押さえ込んだ。
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