極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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「姐さん! 姐さーん!」
 しばらく行くと、こちらへと向かって来るロンの声が坑道内に反響するのが聞こえてきた。
「姐さん! 良かった、無事でしたかッ! ご主人は……」
 よろよろしながら周をおぶって歩く姿にロンが瞳を見開く。
「大丈夫。お陰様で息はあります……」
「そっか! 良かった!」
 ロンは『代わりましょう』と言って、冰の背から周をもらい受けた。
「すみませ……ロンさ……助かります」
 既に冰自身にも手助けが必要なくらいの虫の息だ。すると、今度は遠くの方から鐘崎らの呼ぶ声が聞こえてきて、二人はホッと肩を撫で下ろした。崩れた岩盤を退け終えて二人を追って来たのだ。
「助かった……。姐さん、もうちょいですから! がんばりましょう」
「ええ……ロンさん、ありがとうございます。本当に……」
 すっかり気が緩んだ冰が倒れ掛かったところを追いついて来た兄の風が支え、受け止めた。
「すまなかった冰! ロナルドも……感謝する!」
 出口までは兄の風が弟をおぶり、冰の方は鐘崎がおぶって、一同は無事に坑道を脱出したのだった。

 その後、すぐに待機させてあった医療車へと運び、医師の鄧によって適切な処置が施されていった。この辺りの山中からは大きな設備の整った病院までは遠いので、医療車を持って来たのは大正解であった。
「衰弱が見られますが目立った外傷はありません。身体を温めて体温を維持していけばもう心配はいりません」
 鄧の言葉に誰もが胸を撫で下ろす。冰にも鎮静剤が与えられ、しばし周と共に休ませることにしたのだった。
 一同はロンらチームに厚く礼を述べると、後日また改めてと言い残し、ひとまずは周らの手当ての為に鉱山を後にした。
 その後一番近いマカオまで行き、周の体力が回復するまで三日ほどを過ごした。その間、父の隼と兄の風とで、ロンからの言伝を知らせてくれた張敏らにも挨拶に回って歩いた。
 周の容態は日に日に快方へと向かったものの、例の薬物によって記憶の方だけは相変わらず曖昧のままだった。家族の顔を見ても何も思い出せず、自分が何処の誰かも分からないという。それ以前に呆然としていることが多く、話し掛ければかろうじて相槌は打つものの、まったく覇気が感じられない。視点も定まっておらず、こちらの話が理解できているのかいないのかと不安が募るばかりだ。つまり感情がない状態の人形のようであった。
 父と兄はこのまま香港の自宅で彼を引き取って看病をと言ったが、医師の鄧が普段の生活に戻してやった方がいいとの見解を示した為、冰と共に汐留に戻ることにする。
「お父様、お兄様、白龍のことはお任せください。記憶が戻ったら必ず二人揃ってご報告に帰って参ります」
 冰もそう言うので、周のことは彼に任せることになったのだった。
 周自身は東京へ戻るも香港の実家へ行くも、どちらがいいかなど判断がつくはずもない。ただ言われるままに付き従うといった様子であったが、そのことからも覇気どころか自我さえ朧げであることが分かる。冰にとっては彼が生きて怪我もなく無事に見つかってくれただけで何よりであったものの、この先の生活は頭で思う以上に辛いことや切ないことも出てくるだろう。
 これまでも様々な事件を乗り越えてきた二人だが、それとはまた意味合いの違う壁が二人の前に立ちはだかっているのは事実である。

 周と冰の――未だ知らぬ永き道のりが始まろうとしていた。



◇    ◇    ◇



エピソード「謀反」前編了

※拙作をご覧くださいまして、誠にありがとうございます。
「謀反」後編準備の為、しばらくお休みをいただきます。また、よろしければ再開のおりにはお付き合いいただけましたら幸甚でございます。何卒よろしくお願い申し上げます。一園拝
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