695 / 1,212
謀反
32
しおりを挟む
「姐さん! 姐さーん!」
しばらく行くと、こちらへと向かって来るロンの声が坑道内に反響するのが聞こえてきた。
「姐さん! 良かった、無事でしたかッ! ご主人は……」
よろよろしながら周をおぶって歩く姿にロンが瞳を見開く。
「大丈夫。お陰様で息はあります……」
「そっか! 良かった!」
ロンは『代わりましょう』と言って、冰の背から周をもらい受けた。
「すみませ……ロンさ……助かります」
既に冰自身にも手助けが必要なくらいの虫の息だ。すると、今度は遠くの方から鐘崎らの呼ぶ声が聞こえてきて、二人はホッと肩を撫で下ろした。崩れた岩盤を退け終えて二人を追って来たのだ。
「助かった……。姐さん、もうちょいですから! がんばりましょう」
「ええ……ロンさん、ありがとうございます。本当に……」
すっかり気が緩んだ冰が倒れ掛かったところを追いついて来た兄の風が支え、受け止めた。
「すまなかった冰! ロナルドも……感謝する!」
出口までは兄の風が弟をおぶり、冰の方は鐘崎がおぶって、一同は無事に坑道を脱出したのだった。
その後、すぐに待機させてあった医療車へと運び、医師の鄧によって適切な処置が施されていった。この辺りの山中からは大きな設備の整った病院までは遠いので、医療車を持って来たのは大正解であった。
「衰弱が見られますが目立った外傷はありません。身体を温めて体温を維持していけばもう心配はいりません」
鄧の言葉に誰もが胸を撫で下ろす。冰にも鎮静剤が与えられ、しばし周と共に休ませることにしたのだった。
一同はロンらチームに厚く礼を述べると、後日また改めてと言い残し、ひとまずは周らの手当ての為に鉱山を後にした。
その後一番近いマカオまで行き、周の体力が回復するまで三日ほどを過ごした。その間、父の隼と兄の風とで、ロンからの言伝を知らせてくれた張敏らにも挨拶に回って歩いた。
周の容態は日に日に快方へと向かったものの、例の薬物によって記憶の方だけは相変わらず曖昧のままだった。家族の顔を見ても何も思い出せず、自分が何処の誰かも分からないという。それ以前に呆然としていることが多く、話し掛ければかろうじて相槌は打つものの、まったく覇気が感じられない。視点も定まっておらず、こちらの話が理解できているのかいないのかと不安が募るばかりだ。つまり感情がない状態の人形のようであった。
父と兄はこのまま香港の自宅で彼を引き取って看病をと言ったが、医師の鄧が普段の生活に戻してやった方がいいとの見解を示した為、冰と共に汐留に戻ることにする。
「お父様、お兄様、白龍のことはお任せください。記憶が戻ったら必ず二人揃ってご報告に帰って参ります」
冰もそう言うので、周のことは彼に任せることになったのだった。
周自身は東京へ戻るも香港の実家へ行くも、どちらがいいかなど判断がつくはずもない。ただ言われるままに付き従うといった様子であったが、そのことからも覇気どころか自我さえ朧げであることが分かる。冰にとっては彼が生きて怪我もなく無事に見つかってくれただけで何よりであったものの、この先の生活は頭で思う以上に辛いことや切ないことも出てくるだろう。
これまでも様々な事件を乗り越えてきた二人だが、それとはまた意味合いの違う壁が二人の前に立ちはだかっているのは事実である。
周と冰の――未だ知らぬ永き道のりが始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
エピソード「謀反」前編了
※拙作をご覧くださいまして、誠にありがとうございます。
「謀反」後編準備の為、しばらくお休みをいただきます。また、よろしければ再開のおりにはお付き合いいただけましたら幸甚でございます。何卒よろしくお願い申し上げます。一園拝
しばらく行くと、こちらへと向かって来るロンの声が坑道内に反響するのが聞こえてきた。
「姐さん! 良かった、無事でしたかッ! ご主人は……」
よろよろしながら周をおぶって歩く姿にロンが瞳を見開く。
「大丈夫。お陰様で息はあります……」
「そっか! 良かった!」
ロンは『代わりましょう』と言って、冰の背から周をもらい受けた。
「すみませ……ロンさ……助かります」
既に冰自身にも手助けが必要なくらいの虫の息だ。すると、今度は遠くの方から鐘崎らの呼ぶ声が聞こえてきて、二人はホッと肩を撫で下ろした。崩れた岩盤を退け終えて二人を追って来たのだ。
「助かった……。姐さん、もうちょいですから! がんばりましょう」
「ええ……ロンさん、ありがとうございます。本当に……」
すっかり気が緩んだ冰が倒れ掛かったところを追いついて来た兄の風が支え、受け止めた。
「すまなかった冰! ロナルドも……感謝する!」
出口までは兄の風が弟をおぶり、冰の方は鐘崎がおぶって、一同は無事に坑道を脱出したのだった。
その後、すぐに待機させてあった医療車へと運び、医師の鄧によって適切な処置が施されていった。この辺りの山中からは大きな設備の整った病院までは遠いので、医療車を持って来たのは大正解であった。
「衰弱が見られますが目立った外傷はありません。身体を温めて体温を維持していけばもう心配はいりません」
鄧の言葉に誰もが胸を撫で下ろす。冰にも鎮静剤が与えられ、しばし周と共に休ませることにしたのだった。
一同はロンらチームに厚く礼を述べると、後日また改めてと言い残し、ひとまずは周らの手当ての為に鉱山を後にした。
その後一番近いマカオまで行き、周の体力が回復するまで三日ほどを過ごした。その間、父の隼と兄の風とで、ロンからの言伝を知らせてくれた張敏らにも挨拶に回って歩いた。
周の容態は日に日に快方へと向かったものの、例の薬物によって記憶の方だけは相変わらず曖昧のままだった。家族の顔を見ても何も思い出せず、自分が何処の誰かも分からないという。それ以前に呆然としていることが多く、話し掛ければかろうじて相槌は打つものの、まったく覇気が感じられない。視点も定まっておらず、こちらの話が理解できているのかいないのかと不安が募るばかりだ。つまり感情がない状態の人形のようであった。
父と兄はこのまま香港の自宅で彼を引き取って看病をと言ったが、医師の鄧が普段の生活に戻してやった方がいいとの見解を示した為、冰と共に汐留に戻ることにする。
「お父様、お兄様、白龍のことはお任せください。記憶が戻ったら必ず二人揃ってご報告に帰って参ります」
冰もそう言うので、周のことは彼に任せることになったのだった。
周自身は東京へ戻るも香港の実家へ行くも、どちらがいいかなど判断がつくはずもない。ただ言われるままに付き従うといった様子であったが、そのことからも覇気どころか自我さえ朧げであることが分かる。冰にとっては彼が生きて怪我もなく無事に見つかってくれただけで何よりであったものの、この先の生活は頭で思う以上に辛いことや切ないことも出てくるだろう。
これまでも様々な事件を乗り越えてきた二人だが、それとはまた意味合いの違う壁が二人の前に立ちはだかっているのは事実である。
周と冰の――未だ知らぬ永き道のりが始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
エピソード「謀反」前編了
※拙作をご覧くださいまして、誠にありがとうございます。
「謀反」後編準備の為、しばらくお休みをいただきます。また、よろしければ再開のおりにはお付き合いいただけましたら幸甚でございます。何卒よろしくお願い申し上げます。一園拝
11
お気に入りに追加
877
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる