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謀反
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一方、羅辰らを乗せたタンカーは既に大陸へと到着、鉱山に向けていよいよ企みの時が近付いてきていた。
薬物を投与された周は以前の鐘崎と同様に、これまでの記憶を失って呆然たる時を過ごしていた。
羅たちからは『あなたはたいへんご立派な慈善家で、これから行く鉱山の開発に尽力している御方なんですよ』と教えられ、現在は不運な事故で記憶を失ってはいるが、一日も早く快復できるよう精一杯お世話をさせてもらいますなどとうそぶかれていた。
それと同時に、これまで仲睦まじく暮らしてきた伴侶がいると香山を紹介された。同性同士ではあるが、籍まで入れていた妻といえる存在だという。
いかに記憶を失っているとはいえ、すぐには信じられずに周は戸惑いを隠せずにいて、そんな態度に焦れるわけか、香山自身からも自分たちは恋人同士で愛し合っていたのにどうして信じてくれないのかと泣き付かれることもしばしばであった。
最初の一日目こそは会えただけで感激だという調子であったが、次の日になると『恋人同士だったことを認めてくれ』とそればかりせがまれ、『何も覚えていない、すまない』と返せど今度は焦れて苛立つ始末だ。覚えていないのなら今からまた愛し合えばいいと身体の関係までをも迫る香山に対して、どうしてもその気になれずに憂鬱な思いが色濃くなるばかりである。
何も思い出せず、気力すらない全く湧かずにただただ呆然と過ごすだけの周にとっては、この香山という男が自分の恋人――ましてや籍まで入れた伴侶だなどと言われても、まるで心が揺れずに戸惑うばかりであった。
「氷川さん! 貴方は僕を愛していると言ってくれて結婚までしてくれたんですよ! 僕は貴方の妻も同然なんです! 思い出してくれとは言いません! 過去の記憶なんてどうでもいいんです! せめて僕を信じて恋人だと……妻だと認めてもらえないでしょうか」
胸元に抱き付いては交わりばかりを強いてくる。香山にしてみれば、実際に記憶が戻ってしまうことの方がまずいわけだが、羅辰たちからはよほどの奇跡でも起きない限りは思い出すこともない重い病だと聞かされていたので、安心して自分が伴侶だと言い張っていたようだ。
「結婚……? 俺があんたと……か?」
「そうです! あんなに愛してくれたのに!」
そう言われてみれば確かに自分には大事に想う相手がいたような気もしてくる。
「結婚……嫁……」
そうだ。確かに嫁と呼べる誰かがいたはずだ。
だが、それが今目の前にいるこの男なのかどうかまでは思い出せない。
「すまない……まだよく思い出せなくてな」
そんな周の態度に焦れるように香山はひたすらにベタベタとスキンシップばかりを繰り返していた。羅の舎弟である藩も二人を横目に苦笑いである。
「しっかしよくやるってーか、ああまで迫られちゃ周焔が気の毒にも思えてきますわ」
「好きにさせておけ。どうせ原石を掻っ攫っうまでの辛抱だ。周焔が鉱山に現れたことを知れば、遅かれ早かれファミリーが助けにやって来るだろうからな。そうすりゃ周焔もあの男から解放されるってもんだ」
「はぁ。しかしまあ例の薬ですが、よくできた代物っスねえ。周焔は広東語はもちろん、あの香山ってヤツに日本語で話し掛けられりゃ、ちゃんと日本語で答えてましたぜ! 記憶はねえってのに言語だけはどっちの国の言葉もしっかり覚えてるってんですから!」
「そういう仕様の薬なんだ。ヘンなことに感心してねえで、そろそろ準備に掛かれ。現地で怪しまれねえように周焔にはこのスーツを着せるんだ」
羅は用意してきたそこそこ仕立ての良いスーツを舎弟へと手渡すと、いよいよ最終目的に向けて気を引き締めた。
薬物を投与された周は以前の鐘崎と同様に、これまでの記憶を失って呆然たる時を過ごしていた。
羅たちからは『あなたはたいへんご立派な慈善家で、これから行く鉱山の開発に尽力している御方なんですよ』と教えられ、現在は不運な事故で記憶を失ってはいるが、一日も早く快復できるよう精一杯お世話をさせてもらいますなどとうそぶかれていた。
それと同時に、これまで仲睦まじく暮らしてきた伴侶がいると香山を紹介された。同性同士ではあるが、籍まで入れていた妻といえる存在だという。
いかに記憶を失っているとはいえ、すぐには信じられずに周は戸惑いを隠せずにいて、そんな態度に焦れるわけか、香山自身からも自分たちは恋人同士で愛し合っていたのにどうして信じてくれないのかと泣き付かれることもしばしばであった。
最初の一日目こそは会えただけで感激だという調子であったが、次の日になると『恋人同士だったことを認めてくれ』とそればかりせがまれ、『何も覚えていない、すまない』と返せど今度は焦れて苛立つ始末だ。覚えていないのなら今からまた愛し合えばいいと身体の関係までをも迫る香山に対して、どうしてもその気になれずに憂鬱な思いが色濃くなるばかりである。
何も思い出せず、気力すらない全く湧かずにただただ呆然と過ごすだけの周にとっては、この香山という男が自分の恋人――ましてや籍まで入れた伴侶だなどと言われても、まるで心が揺れずに戸惑うばかりであった。
「氷川さん! 貴方は僕を愛していると言ってくれて結婚までしてくれたんですよ! 僕は貴方の妻も同然なんです! 思い出してくれとは言いません! 過去の記憶なんてどうでもいいんです! せめて僕を信じて恋人だと……妻だと認めてもらえないでしょうか」
胸元に抱き付いては交わりばかりを強いてくる。香山にしてみれば、実際に記憶が戻ってしまうことの方がまずいわけだが、羅辰たちからはよほどの奇跡でも起きない限りは思い出すこともない重い病だと聞かされていたので、安心して自分が伴侶だと言い張っていたようだ。
「結婚……? 俺があんたと……か?」
「そうです! あんなに愛してくれたのに!」
そう言われてみれば確かに自分には大事に想う相手がいたような気もしてくる。
「結婚……嫁……」
そうだ。確かに嫁と呼べる誰かがいたはずだ。
だが、それが今目の前にいるこの男なのかどうかまでは思い出せない。
「すまない……まだよく思い出せなくてな」
そんな周の態度に焦れるように香山はひたすらにベタベタとスキンシップばかりを繰り返していた。羅の舎弟である藩も二人を横目に苦笑いである。
「しっかしよくやるってーか、ああまで迫られちゃ周焔が気の毒にも思えてきますわ」
「好きにさせておけ。どうせ原石を掻っ攫っうまでの辛抱だ。周焔が鉱山に現れたことを知れば、遅かれ早かれファミリーが助けにやって来るだろうからな。そうすりゃ周焔もあの男から解放されるってもんだ」
「はぁ。しかしまあ例の薬ですが、よくできた代物っスねえ。周焔は広東語はもちろん、あの香山ってヤツに日本語で話し掛けられりゃ、ちゃんと日本語で答えてましたぜ! 記憶はねえってのに言語だけはどっちの国の言葉もしっかり覚えてるってんですから!」
「そういう仕様の薬なんだ。ヘンなことに感心してねえで、そろそろ準備に掛かれ。現地で怪しまれねえように周焔にはこのスーツを着せるんだ」
羅は用意してきたそこそこ仕立ての良いスーツを舎弟へと手渡すと、いよいよ最終目的に向けて気を引き締めた。
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