極道恋事情

一園木蓮

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孤高のマフィア

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 案の定またもや男が口を滑らせた”大陸が近い”というヒントから考えると、今いるこの場所は都内ではないのかも知れない。ひょっとすると九州か、あるいは日本海側の海沿いが連想できた。
「大陸のマフィアとおっしゃいましたが、あなたはそういった方々とお知り合いなのですか?」
 冰が訊くと男は自慢げに胸を張ってみせた。
「まあな。商売上いろいろとツテがあってよ。あんたらを引き渡す先はまだ決まっちゃねえが、香港かマカオ、台湾あたりの連中で一番いい条件のところになるだろうな」
「香港かマカオ……ですか。俺たちはそこのマフィアに売られるということですか?」
「そういうこと! っつーかさ、あんた随分と落ち着いてっけど……怖くねえのか? マフィアに売り飛ばされるなんて聞いたら、たいがいは泣いて騒ぐのが普通じゃね? それともあんまり現実離れした話なんで、実感が湧かねえってだけなのか?」
 冰のあまりの堂々ぶりに男の方が怪訝そうに警戒色を強めている。
 確かに普通から考えると、拉致された上に売り飛ばされるなどと聞けば怯えて当然なのだが、過去に二度も同じ目に遭っている冰にしてみれば、恐怖よりも先に理由が知りたいと思ってしまうわけだ。変な話だがある意味慣れっこになっている感があるのかも知れない。
 それ以前に普段一緒に暮らしている亭主がマフィアそのものなわけで、冰自身も現在はファミリーの立場であるのだから”マフィア”と聞いてもピンとこないというのが正直なところだろう。本人は自覚がなくとも、自然とそういったオーラのようなものが身に付いてしまっているのかも知れない。
 だが、男の方からすればえらく奇異な感じに映ってしまうようだ。察するに、自分が拐って来たこの年若い男がただの青年実業家の愛人という程度の認識しかないと思われる。つまりはこちらの素性をまったく知らないということだ。そうでなければマフィアをマフィアに売り渡すなどという発想はよほどでなければ出てこないだろう。
 こういった場合、先ずは相手の目的と同時にどの辺りまでこちらのことを把握しているかによっても対応を変える必要がある。手の内を見せずに相手からは引き出せるだけの情報を合理的に得るにはどう立ち回ればいいのかを瞬時に判断していく。そこのところの判断は亡き黄老人の教えの賜物といえるが、駆け引きという意味ではディーラーの経験と相通じるものがあるようだ。冰にとってはある意味興味をそそられる部分といえる。
 どう出ればスマート且つ鮮やかにこの男をねじ伏せることができるのか――その過程を幾筋か瞬時に頭の中で組み立てて、一番有利に運べそうな道を選んでいくことは、冰にとって苦痛というよりもむしろ興味深いと思えるものでもあった。
 相手の男は態度ともに口も軽く、こちらに対して直接的な動機は持っていない。金絡みで請け負った仕事として捉えているなら、その”仕事”の部分を妨害する素振りさえ見せなければ敵意を抱かせることはないだろう。加えて人見知りではないようだし、口が軽いのであれば話好きと想像できる。相手の心をくすぐる会話で徐々に情をこちらに手繰り寄せていくのも有りか――。
 冰は自らも少々饒舌になり、男との会話を繋いでいくことから探りを入れる作戦に決めた。
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