極道恋事情

一園木蓮

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孤高のマフィア

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「ねえあなた! 今の人、前に勤めてたところの社長さんだったの? すっごいイケメンでびっくりしたわ! 紹介くらいしてくれればいいのに」
 周らと別れた後で香山の女房らしき女が名残惜しそうに恨み言を口にしている。子供たちは子供たちで、早く買い物やら次の予定に移りたい様子だ。
「ママぁ、早く行こうよー。お腹空いたぁー!」
 一人は男の子で、母親の腕を引っ張り全体重を掛けるようにして焦れている。もう一人は彼の妹だろうか。少しばかり歳下に見える女の子だが、こちらは母親と同様に今さっき会ったばかりの周たちに興味津々のようだ。照れの裏返しなのか、わざと興味のなさそうにツンと唇を尖らせながらも、
「なぁに、あの人たち。パパの知ってる人なの? なんか大っきくて怖ーい」
 言葉とは裏腹にソワソワとしながら周らの後ろ姿をチラチラと目で追っている。こんな小さな子供でも見目良い者に対しては無意識にも興味を惹かれるものなのかと驚かされる。香山という男はやれやれと溜め息ながらも気を取り直したようにして苦笑を浮かべてみせた。
「さあ、それじゃ行くぞ。待たせて悪かったな」
 一家は周らとは反対方向に向かって歩き出す。機嫌を取り戻した子供たちが小走りするのを慌てて追う女房の姿を何とはなしに視界に映しながら、遠慮がちに後ろを振り返る。人混みにまぎれても頭ひとつ抜きん出ているような長身の周は、目を皿のようにして捜さずともすぐに見分けがつく。香山はそんな周の背中を見送りながら、しばしぼうっとその場に立ち尽くしていた。
「あなたー! 何してんの? 子供たち見るの手伝ってよー!」
 不満げな女房の呼び声でハッと我に返る。そのまま急ぎ足で家族の後を追い掛けて行った。

 一方、周らもまた車までの道のりを歩きながら香山についての話題が上っていた。当時、直接社員らを取りまとめていた李は、周に比べれば何かと詳しいようだ。
「確か彼のご実家は九州でしたね。家業を継がれるとのことでしたが、しっかりやられているようでなによりです。お子さんもできて順風満帆というところでしょう」
「ああ。元気にやっているようだな。久しぶりにこっちに出てきたらしいから観光かなにかか」
「今はちょうど春休みですから。もしかしたら泊まりがけで湾岸のテーマパーク辺りがお目当てかも知れませんね」
 二人の話を聞きながら冰も興味深げにしている。もっとも彼の関心は香山ではなく周が起業した当初の頃のことのようだ。
「白龍が日本に来たばかりの頃の会社かぁ。どんな所だったのか見てみたかったなぁ」
 冰が来日した時は既に汐留に移っていたから興味があるのだろう。
「当初は賃貸の雑居ビルだったからな。行ってみたけりゃ今度連れて行ってやるぜ?」
 起業当時のことに冰が関心を寄せてくれるのが嬉しかったのか、周の機嫌も上々のようだ。
「いいの? うわぁ、楽しみだなぁ」
 冰としては若かりし頃の周がどのように過ごしていたのかを想像するだけでワクワクするらしい。
「ビル自体はまだ健在だし、場所的にもここからすぐだからいつでも連れてってやるさ」
「ホント? この近くなら銀座?」
「日本橋だ」
「へえ、日本橋で始めたの? すごい! 一番最初から東京の一等地で会社を立ち上げちゃうなんて! やっぱり白龍はさすがだなぁ」
 尊敬の眼差しで見上げながらも頬を染める伴侶に、周もまたより一層愛しさを感じるのだった。
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