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孤高のマフィア
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それは或る日の昼食後のことだった。商社を経営している周焔が秘書兼伴侶の冰と側近の李と共にクライアントとの打ち合わせを終えた帰り道でのことだ。少々遅めの昼を外食で済ませ、店を出た所で偶然に起こった。
「氷川社長……? 氷川社長ではありませんか?」
突如呼び止められて振り返った先には驚き顔でこちらを一心に見つめている一人の男の姿があった。”周”ではなく”氷川社長”と呼ぶところをみると、社を通しての知り合いなのだろう。どうやら彼の方は出立ちからして休日のようだ。ラフな服装の上、連れの女性が一人とまだ小学校に上がる前くらいの子供が二人一緒である。誰が見ても一目で家族だと分かる具合だった。
今日は土曜ということもあって、本来であれば周の社も休みなのだが、取引先の希望により休日返上で打ち合わせに出掛けた帰りというところだった。場所は銀座の大通りに面した老舗鰻屋の目の前である。
「……? お前さん、確か――」
「香山です! 以前御社の営業部でお世話になっておりました」
男が名乗ったと同時に、周も李も「ああ」と思い出したように瞳を見開いた。
「香山か。元気だったか?」
周にそう声を掛けられると香山と名乗った男は興奮気味というくらい嬉しそうに頬を紅潮させながら瞳を輝かせた。
「お、覚えていてくださって光栄です……! お久しゅうございます!」
「ああ――かれこれ七、八年ぶりくれえか」
「はい……! その節はお世話になりました」
深々と頭を下げる彼の後ろでは家族と思える三人が遠慮がちにしながらも上目遣いでじっとこちらを見つめている。
「そちらはご家族か?」
周が気を利かせて軽く会釈をすると、
「ええ、まあ……」
男は紹介するでもなく、なんとなくバツの悪そうに苦笑ながらも恐縮したように頭を掻いてみせた。気のせいかも知れないが、咄嗟に家族の前に立ち、彼らを隠すような仕草を見せる。周も李も不思議に思い、チラリと視線だけで互いを見やってしまった。
香山と名乗ったこの男が周の社に勤めていたのは、現在の汐留に移る以前のことだった。まだ賃貸の雑居ビルにいた時分で、起業して間もなくの頃である。彼は新卒で入社してきて営業部に在籍していた。歳の頃は周と大して変わらず、確か一つか二つ下だった記憶がある。香山の方は自分と同い歳くらいで既に社の代表として切り盛りしていた周に尊敬の念を抱いていたようだ。
その頃の社は現在の汐留のビルのように巨大ではなかったこともあり、社長と社員とが頻繁に顔を合わせられる距離感だったので、周も李もこの男のことは覚えがあったのだ。
仕事は可もなく不可もなくといった感じで特に”デキる”男という印象ではなかったのだが、入社して一年もしない内に実家の家業を継ぐといって退職していったので、ある意味他の社員に比べれば印象に残っていた感がある。彼の実家というのは九州の博多にあり、確か事務用品や小中学校の教材などを扱う小売店を営んでいたはずだ。
「氷川社長……? 氷川社長ではありませんか?」
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