極道恋事情

一園木蓮

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三千世界に極道の華

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「なに、これからは俺たちもお客として寄せてもらうとするさ」
 長の僚一がそう言って微笑みながら慰める。
「ありがとうございます。ありがとう……ございます! 本当に……! 私共もこの地下施設が立派な花街であり続けられるよう日々努力を重ねて参る所存でございます!」
「ああ。俺はもちろんのこと、息子ら若いヤツらがまたちょくちょく世話になると思いますが、その際はどうかよろしく頼みますよ、四郎兵衛の親父さん」
 僚一の言葉に深々と頭を垂れながら、伊三郎以下花街の者たちは別れの時を惜しんだのだった。
 そんな中、群衆の後ろの方で背伸びをしながら別れの挨拶を見つめている一人の女の姿を見つけて、僚一はハタと瞳を見開いた。美濃屋の酔芙蓉こと蓉子である。
「蓉子!」
 僚一はすかさず彼女の方へと駆け寄ると、面と向かって彼女の色白で華奢な手を取りながら言った。
「蓉子、お前さんにも本当に世話になった。遼二が記憶を取り戻せたのはお前さんの親身な介抱のお陰だ。心から礼を言う」
「ううん、そんな! アタシたちこそこの街を取り戻してもらって何てお礼を言ったらいいか……。ありがとう僚一さん」
 彼女もまた別れが惜しまれるわけか、その瞳には今にもあふれそうな涙をいっぱいに溜めて微笑む。
「おめえさんはこれからどうするんだ。やはり美濃屋に残るのか?」
 僚一が訊くと蓉子は名残惜しそうにしながらもコクりとうなずいた。
「ええ。美濃屋のお父さんに恩返しできるように精一杯がんばるわ!」
「そうか。街が元の状態に戻ったとはいえあまり無理をするんじゃねえぞ? 身体だけは大切にな」
「ありがとう。あなたも……。あの、それにもし良かったら……」
 たまには美濃屋にも寄ってくれたらうれしいわ――その言葉を呑み込んで笑顔に代えた蓉子を見つめながら、
「たまには酒を楽しみにお前さんの店にも寄せてもらう。その時はよろしく頼む」
 僚一の方からそう言われて、蓉子の瞳いっぱいに溜まっていた涙の雫がこぼれて頬を伝わった。それをクイと指で拭いながら、
「達者でな」
 僚一もまたやわらかに瞳を細めたのだった。そんな二人が向き合うシルエットの向こうには、この地下の街にはあるはずのない太陽の陽射しがキラキラと輝き照らしているような光景が浮かぶようだった。
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