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漆黒の記憶
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その夜のことだ。周は記憶の戻った冰と共に穏やかな時を共にしていた。リビングのソファに肩を並べながら以前のように就寝前の紹興酒を楽しんでいる。
「ねえ白龍、ありがとうね。その……俺のこと見捨てないで一緒にいてくれて……」
「なんだ改まって。そんなの当然だろうが」
肩を抱き締めながら愛しい者を見つめる瞳はそこはかとなくやさしさに満ち溢れている。
「ん……。でも俺、急に記憶を失くしちゃって、いつ戻るかも分からないのに……白龍はずっと一緒にいてくれたでしょ? しかも子供に戻っちゃうなんて信じられないような状況だったっていうのに……さ」
冰には周があたたかい気持ちで見守ってくれたことはもちろんだが、ひと月を超える長い間、それもいつ終わるとも分からない暗闇の中にあって、夫婦の情を交わすことも我慢させたままでいたというのに、他所で一時の癒しの時すら持たずに自慰をしてまで自分を大事に想ってくれたことが申し訳なく、また有難くてならなかったのだ。
「あの時、白龍が一人で……してるのを見た時……ね。俺、すごくなんていうか……ドキドキして……上手く言えないんだけどどうしようもない気持ちになってさ。あのまま白龍の前に飛び出して行って二度と離れたくないっていうか……なんか胸がギューってなっちゃって。白龍と二人で別の世界に行っちゃいたいっていうのかな。すごく堪らなかったんだ。ずっとくっ付いて離れたくないって、ものすごく強くそう思ったっていうか」
あの時点ではまだ子供の心でいた冰には自慰行為が確かに衝撃であったに違いはないが、初めて目にするそれが怖いと同時に、言い表せないくらい強く魅かれるものであったらしい。
「すごく……なんだろう、素敵だって思ったんだ。やさしいお兄さんも大好きだけど、あんなふうに激しいお兄さんもすごく素敵で、あの感情を俺に向けてくれたらどんなにいいだろうって思って。白龍のお兄さんに求められたらどんなに嬉しいだろうって」
このまま誰も知らない世界に行って、二人だけで溺れてしまいたい。例えそれきり元の世界には戻れなくとも彼と二人ならば怖いものなど何もない。後悔もない。そんなふうに思ったと言うのだ。
上手く説明できないながらも一生懸命に伝えんとするその想いだけは周にもよくよく分かる気がしていた。
「そうか……。あの時はまだガキの心だったお前がそんなふうに感じてくれたとはな」
「うん、もうこのお兄さんといられるなら何もいらない、どうなっても怖くないって」
冰はさすがに子供の考えそうなことだよねと笑ったが、周にとっては大人であれ子供であれ、同じように自分を求めてくれる気持ちが彼の中に存在していたということが嬉しくてならなかった。
「今思えば……白龍が初めて俺を助けてくれたあの時から俺は白龍のことが大好きだったんだなって。あの頃はよく分からなかったけど、この一ヶ月の間子供に戻って気がついたんだ。俺は会った瞬間から白龍に惹かれて、ずっと一緒にいたい、大好き、誰にも渡したくない、この人が誰か他の人を好きになっちゃ嫌だって、そう思ってたんだって」
すごい我が侭だよねと冰は申し訳なさそうに笑ったが、周にとってはどんな言葉よりも至福といえるものだった。
「嬉しいことを言ってくれる。だが、そうだな。俺も同じだったのかも知れない。初めて会ったあの瞬間からお前に惚れていたんだろう。それが恋なのか愛なのかとか、そんなことはどうでもよく、ただこいつを離したくねえと。こいつは俺のものだと本能でそう感じていたのかも知れん」
「白龍……」
じっと見つめ合う視線が熱を帯びて、漆黒の瞳の中に焔が点っているようだ。
「もう一度――見せてやろうか?」
「えっと、……な……にを?」
「分かっているだろうが」
「白龍……ったらさ」
熟れて今にも崩れそうなほど真っ赤になった頬の色――それが答えだ。
「ねえ白龍、ありがとうね。その……俺のこと見捨てないで一緒にいてくれて……」
「なんだ改まって。そんなの当然だろうが」
肩を抱き締めながら愛しい者を見つめる瞳はそこはかとなくやさしさに満ち溢れている。
「ん……。でも俺、急に記憶を失くしちゃって、いつ戻るかも分からないのに……白龍はずっと一緒にいてくれたでしょ? しかも子供に戻っちゃうなんて信じられないような状況だったっていうのに……さ」
冰には周があたたかい気持ちで見守ってくれたことはもちろんだが、ひと月を超える長い間、それもいつ終わるとも分からない暗闇の中にあって、夫婦の情を交わすことも我慢させたままでいたというのに、他所で一時の癒しの時すら持たずに自慰をしてまで自分を大事に想ってくれたことが申し訳なく、また有難くてならなかったのだ。
「あの時、白龍が一人で……してるのを見た時……ね。俺、すごくなんていうか……ドキドキして……上手く言えないんだけどどうしようもない気持ちになってさ。あのまま白龍の前に飛び出して行って二度と離れたくないっていうか……なんか胸がギューってなっちゃって。白龍と二人で別の世界に行っちゃいたいっていうのかな。すごく堪らなかったんだ。ずっとくっ付いて離れたくないって、ものすごく強くそう思ったっていうか」
あの時点ではまだ子供の心でいた冰には自慰行為が確かに衝撃であったに違いはないが、初めて目にするそれが怖いと同時に、言い表せないくらい強く魅かれるものであったらしい。
「すごく……なんだろう、素敵だって思ったんだ。やさしいお兄さんも大好きだけど、あんなふうに激しいお兄さんもすごく素敵で、あの感情を俺に向けてくれたらどんなにいいだろうって思って。白龍のお兄さんに求められたらどんなに嬉しいだろうって」
このまま誰も知らない世界に行って、二人だけで溺れてしまいたい。例えそれきり元の世界には戻れなくとも彼と二人ならば怖いものなど何もない。後悔もない。そんなふうに思ったと言うのだ。
上手く説明できないながらも一生懸命に伝えんとするその想いだけは周にもよくよく分かる気がしていた。
「そうか……。あの時はまだガキの心だったお前がそんなふうに感じてくれたとはな」
「うん、もうこのお兄さんといられるなら何もいらない、どうなっても怖くないって」
冰はさすがに子供の考えそうなことだよねと笑ったが、周にとっては大人であれ子供であれ、同じように自分を求めてくれる気持ちが彼の中に存在していたということが嬉しくてならなかった。
「今思えば……白龍が初めて俺を助けてくれたあの時から俺は白龍のことが大好きだったんだなって。あの頃はよく分からなかったけど、この一ヶ月の間子供に戻って気がついたんだ。俺は会った瞬間から白龍に惹かれて、ずっと一緒にいたい、大好き、誰にも渡したくない、この人が誰か他の人を好きになっちゃ嫌だって、そう思ってたんだって」
すごい我が侭だよねと冰は申し訳なさそうに笑ったが、周にとってはどんな言葉よりも至福といえるものだった。
「嬉しいことを言ってくれる。だが、そうだな。俺も同じだったのかも知れない。初めて会ったあの瞬間からお前に惚れていたんだろう。それが恋なのか愛なのかとか、そんなことはどうでもよく、ただこいつを離したくねえと。こいつは俺のものだと本能でそう感じていたのかも知れん」
「白龍……」
じっと見つめ合う視線が熱を帯びて、漆黒の瞳の中に焔が点っているようだ。
「もう一度――見せてやろうか?」
「えっと、……な……にを?」
「分かっているだろうが」
「白龍……ったらさ」
熟れて今にも崩れそうなほど真っ赤になった頬の色――それが答えだ。
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