極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
476 / 1,212
漆黒の記憶

37

しおりを挟む
 その夜のことだ。周は記憶の戻った冰と共に穏やかな時を共にしていた。リビングのソファに肩を並べながら以前のように就寝前の紹興酒を楽しんでいる。
「ねえ白龍、ありがとうね。その……俺のこと見捨てないで一緒にいてくれて……」
「なんだ改まって。そんなの当然だろうが」
 肩を抱き締めながら愛しい者を見つめる瞳はそこはかとなくやさしさに満ち溢れている。
「ん……。でも俺、急に記憶を失くしちゃって、いつ戻るかも分からないのに……白龍はずっと一緒にいてくれたでしょ? しかも子供に戻っちゃうなんて信じられないような状況だったっていうのに……さ」
 冰には周があたたかい気持ちで見守ってくれたことはもちろんだが、ひと月を超える長い間、それもいつ終わるとも分からない暗闇の中にあって、夫婦の情を交わすことも我慢させたままでいたというのに、他所で一時の癒しの時すら持たずに自慰をしてまで自分を大事に想ってくれたことが申し訳なく、また有難くてならなかったのだ。
「あの時、白龍が一人で……してるのを見た時……ね。俺、すごくなんていうか……ドキドキして……上手く言えないんだけどどうしようもない気持ちになってさ。あのまま白龍の前に飛び出して行って二度と離れたくないっていうか……なんか胸がギューってなっちゃって。白龍と二人で別の世界に行っちゃいたいっていうのかな。すごく堪らなかったんだ。ずっとくっ付いて離れたくないって、ものすごく強くそう思ったっていうか」
 あの時点ではまだ子供の心でいた冰には自慰行為が確かに衝撃であったに違いはないが、初めて目にするそれが怖いと同時に、言い表せないくらい強く魅かれるものであったらしい。
「すごく……なんだろう、素敵だって思ったんだ。やさしいお兄さんも大好きだけど、あんなふうに激しいお兄さんもすごく素敵で、あの感情を俺に向けてくれたらどんなにいいだろうって思って。白龍のお兄さんに求められたらどんなに嬉しいだろうって」
 このまま誰も知らない世界に行って、二人だけで溺れてしまいたい。例えそれきり元の世界には戻れなくとも彼と二人ならば怖いものなど何もない。後悔もない。そんなふうに思ったと言うのだ。
 上手く説明できないながらも一生懸命に伝えんとするその想いだけは周にもよくよく分かる気がしていた。
「そうか……。あの時はまだガキの心だったお前がそんなふうに感じてくれたとはな」
「うん、もうこのお兄さんといられるなら何もいらない、どうなっても怖くないって」
 冰はさすがに子供の考えそうなことだよねと笑ったが、周にとっては大人であれ子供であれ、同じように自分を求めてくれる気持ちが彼の中に存在していたということが嬉しくてならなかった。
「今思えば……白龍が初めて俺を助けてくれたあの時から俺は白龍のことが大好きだったんだなって。あの頃はよく分からなかったけど、この一ヶ月の間子供に戻って気がついたんだ。俺は会った瞬間から白龍に惹かれて、ずっと一緒にいたい、大好き、誰にも渡したくない、この人が誰か他の人を好きになっちゃ嫌だって、そう思ってたんだって」
 すごい我が侭だよねと冰は申し訳なさそうに笑ったが、周にとってはどんな言葉よりも至福といえるものだった。
「嬉しいことを言ってくれる。だが、そうだな。俺も同じだったのかも知れない。初めて会ったあの瞬間からお前に惚れていたんだろう。それが恋なのか愛なのかとか、そんなことはどうでもよく、ただこいつを離したくねえと。こいつは俺のものだと本能でそう感じていたのかも知れん」
「白龍……」

 じっと見つめ合う視線が熱を帯びて、漆黒の瞳の中に焔が点っているようだ。

「もう一度――見せてやろうか?」
「えっと、……な……にを?」
「分かっているだろうが」
「白龍……ったらさ」
 熟れて今にも崩れそうなほど真っ赤になった頬の色――それが答えだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

処理中です...