極道恋事情

一園木蓮

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漆黒の記憶

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「いい加減にしねえか。俺は里恵子を色目で見たことはねえし、女も必要ねえ。お前さんは自分の店のママを侮辱する気か」
「侮辱だなんてとんでもない。でもそんなに熱くなるっていうことは、やっぱりママにご執心でいらっしゃるのかしら? あなたも……それによく一緒に来られる鐘崎さんも! 二人共、係も決めずに必ずママを席に付けられるんですもの。店の女の子たちの間でも密かに噂になっているのよ? あなたたちのどちらかがママを狙ってるんじゃないかって」
 ばかばかしいにもほどがあるというものだ。周は反論する気にもなれずに呆れた溜め息を抑えられなかった。
「でもママもママよね。いくらお商売とはいえ、決まった男性がいるっていうのにあなたたちのようないい男を独り占めしちゃって、そんなんじゃアタクシたちホステスはやる気を削がれるっていうものだわ。ねえ、殿方から見てもそう思われるでしょ?」
「あんたの戯言に付き合ってる暇はねえな。てめえの店のママの悪口を吹聴して歩くような女は論外だ。俺はあんたと外で会う気はねえし、個人的な付き合いをするつもりもねえ」
 周は卓上にあったベルを叩くと、すぐに隣の部屋から飛んできた李に向かって、
「客人がお帰りだ」
 と、短く言い放った。
 李もその態度とオーラで察したのだろう。即座に『お気をつけてどうぞ』と言って扉を開き、有無を言わさぬ雰囲気ながら表向きだけは慇懃無礼と取れるほど丁寧に頭を下げてみせた。
「……待って! 氷川さん……だったわね。ママを悪く言ったことは謝るわ! ほんの愚痴なの! 本気で言ったわけじゃないのよ。分かって!」
 さすがにママの耳に入ってはまずいと思ったわけか、女が焦り顔で弁明を口にする。加えて”氷川さん”という呼び方をするということは、周というファミリーの素性までは知らないとみえる。やはり里恵子はその辺りの詳しいことは例え店の女性たちに対してもむやみに触れ回るようなことはしていないというのが分かる。
「心配せずとも里恵子に告げ口なんざしねえさ。だが、あんたのような女は願い下げだ。しのごの言わずに引き取ってもらおう」
 それを最後に周は踵を返して次の間の扉をピシャリと閉めてしまった。
「どうぞお引き取りを」
 残った李にまでそう促されて、女はプライドを傷付けられたようだった。
「……ッ、こうまで頭が固いとは思わなかったわ。後になってやっぱり気が変わったなんて言ったって相手になんかしてあげない!」
 これまでとは百八十度態度を翻したように捨て台詞を吐き捨てると、ムッと頬っぺたを膨らませながら帰って行った。その後ろ姿を見やりながら李がつぶやく。
「劉、そこにいるな? 念の為あの女の経歴と交友関係を当たっておいてくれ。後々面倒に発展しそうな目は摘んでおかねばならない」
「分かりました。ではすぐに」
 密かに控えていた劉がスッと衝立の向こうから顔を出して即座にうなずく。彼もまた周からの呼び出しベルの音を聞いて飛んで来たのだ。言われた通り、すぐに女について調査を開始したのだった。
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