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漆黒の記憶
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「そうか。難しいのによく覚えたな。だが、何で俺は”漆黒のお兄ちゃん”なんだ? さっき俺を見た瞬間にそう言っただろう?」
「あ、うん! だってお兄さん、僕を助けてくれた時、真っ黒な服を着てたから。黒いお洋服のお兄さんって呼んでたら、じいちゃんが”漆黒”が似合うお人だって言ったんだ。だからお兄さんのことはずっと漆黒の人って呼んでたの」
「そうかそうか」
一年前、冰と再会した時に聞いた話そのままだ。彼の中では記憶が止まっているのだろうが、それまでのことはほぼ正確に覚えているのが窺えた。周は穏やかに笑みながら、大きな掌でやさしく冰の頭を撫でた。
「漆黒の人か。粋な呼び名だな。俺を覚えていてくれて嬉しいぜ、冰」
「僕もお兄さんにまた会えて嬉しい……です!」
さすがはこの世で唯一無二の夫婦である。どんな奇異な事態に陥っても、取り乱すよりも先に現状を即座に理解して、尚且つ互いを受け止められるのは愛の力といえようか。少し後方に下がって二人の様子を見守っていた李や劉などは暗闇に微かな光を見たような気持ちで熱くなってしまった胸を押さえるのだった。
「冰、腹は減ってねえか? もうすぐ夕飯の時間だ。身体が辛くなければ俺と一緒にどうだ?」
「お兄さんと? うん……身体は大丈夫です。どこも痛くないし。でもじいちゃんが心配すると思うし、家に帰らなきゃ……」
「じいさんにはもう話してある。お前は怪我こそ大したことはなかったが、もうしばらくは俺の病院で養生が必要だってな。だから心配するな」
「じゃあ、じいちゃんは僕がここにいることを知ってるの?」
「ああ、ちゃんと俺が説明しておいたからな。心配はいらねえ」
「そっか、良かったぁ」
「それじゃ起きて一緒に来い。メシを食おう」
「うん! ありがとう。あの……」
「なんだ」
「お兄さんはお医者さんなの?」
小首を傾げながらくりくりとした大きな瞳で見上げてくる仕草が何とも言えずに可愛らしい。
「何故そう思う」
「だって……今、俺の病院って言ったから。それにさっき僕を診てくれた先生は違う先生だったけど、お兄さんの病院ならお兄さんもお医者さんなのかなって思ったから」
あまりの可愛らしさに周は切なくも思わず破顔してしまいそうになった。
「俺は医者じゃねえが、ここは俺の病院――というのは本当だ」
「お医者さんじゃないのに病院の院長さんなの?」
「まあな。後でゆっくり俺のことも話してやる。お前さん、俺のことは名前くらいしか知らんのだろう?」
「あ、うん! じいちゃんはお兄さんのことよく知ってるみたいだったけど、お仕事とか何してるのって訊いても教えてくれないんだもん。だからすっごく楽しみ!」
「ほう? 俺のことがもっと知りてえのか?」
「……うん。だってお兄さん、すごくかっこいいんだもん。僕も大きくなったらお兄さんみたいになりたいなぁって。あ、でも僕じゃ無理かな」
モジモジとうつむきながら頬を赤らめている。そんな仕草は周はむろんのこと、李たちにとっても光明をもたらすものであった。
例え恋愛感情でないとしても、冰が周を慕う気持ちがあるのであれば、それらの感情をきっかけに元の記憶を取り戻す希望が湧いてくるように思えるからだ。
「あ、うん! だってお兄さん、僕を助けてくれた時、真っ黒な服を着てたから。黒いお洋服のお兄さんって呼んでたら、じいちゃんが”漆黒”が似合うお人だって言ったんだ。だからお兄さんのことはずっと漆黒の人って呼んでたの」
「そうかそうか」
一年前、冰と再会した時に聞いた話そのままだ。彼の中では記憶が止まっているのだろうが、それまでのことはほぼ正確に覚えているのが窺えた。周は穏やかに笑みながら、大きな掌でやさしく冰の頭を撫でた。
「漆黒の人か。粋な呼び名だな。俺を覚えていてくれて嬉しいぜ、冰」
「僕もお兄さんにまた会えて嬉しい……です!」
さすがはこの世で唯一無二の夫婦である。どんな奇異な事態に陥っても、取り乱すよりも先に現状を即座に理解して、尚且つ互いを受け止められるのは愛の力といえようか。少し後方に下がって二人の様子を見守っていた李や劉などは暗闇に微かな光を見たような気持ちで熱くなってしまった胸を押さえるのだった。
「冰、腹は減ってねえか? もうすぐ夕飯の時間だ。身体が辛くなければ俺と一緒にどうだ?」
「お兄さんと? うん……身体は大丈夫です。どこも痛くないし。でもじいちゃんが心配すると思うし、家に帰らなきゃ……」
「じいさんにはもう話してある。お前は怪我こそ大したことはなかったが、もうしばらくは俺の病院で養生が必要だってな。だから心配するな」
「じゃあ、じいちゃんは僕がここにいることを知ってるの?」
「ああ、ちゃんと俺が説明しておいたからな。心配はいらねえ」
「そっか、良かったぁ」
「それじゃ起きて一緒に来い。メシを食おう」
「うん! ありがとう。あの……」
「なんだ」
「お兄さんはお医者さんなの?」
小首を傾げながらくりくりとした大きな瞳で見上げてくる仕草が何とも言えずに可愛らしい。
「何故そう思う」
「だって……今、俺の病院って言ったから。それにさっき僕を診てくれた先生は違う先生だったけど、お兄さんの病院ならお兄さんもお医者さんなのかなって思ったから」
あまりの可愛らしさに周は切なくも思わず破顔してしまいそうになった。
「俺は医者じゃねえが、ここは俺の病院――というのは本当だ」
「お医者さんじゃないのに病院の院長さんなの?」
「まあな。後でゆっくり俺のことも話してやる。お前さん、俺のことは名前くらいしか知らんのだろう?」
「あ、うん! じいちゃんはお兄さんのことよく知ってるみたいだったけど、お仕事とか何してるのって訊いても教えてくれないんだもん。だからすっごく楽しみ!」
「ほう? 俺のことがもっと知りてえのか?」
「……うん。だってお兄さん、すごくかっこいいんだもん。僕も大きくなったらお兄さんみたいになりたいなぁって。あ、でも僕じゃ無理かな」
モジモジとうつむきながら頬を赤らめている。そんな仕草は周はむろんのこと、李たちにとっても光明をもたらすものであった。
例え恋愛感情でないとしても、冰が周を慕う気持ちがあるのであれば、それらの感情をきっかけに元の記憶を取り戻す希望が湧いてくるように思えるからだ。
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