極道恋事情

一園木蓮

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周焔の香港哀愁

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 有り難いことこの上ない申し出ながら、何故そうまでしてたった一人の子供のことを気に掛けてくれるのか、老人には不思議に思えてならないようだった。ただただ驚き顔でいる様子に、周にもその心の内が伝わったのだろう。
「俺にもはっきりとした理由があるわけじゃねえ。ただ……どうしてもあの坊主には寂しい思いをして欲しくない。辛く苦しい思いはさせたくねえ、ただそれだけだ」
「……大人ターレン
「日本に行けば、そうそう頻繁にはここへも寄れなくなるからな。むろん、春節の時期には毎年帰ってくるつもりではいるが、ここを発つ前にどうしてもそれだけ告げておきたかった」
 周の言葉に老人は更に深く頭を垂れながら、静かにうなずいてみせた。
「そうでしたか……。承知致しました。大人ターレンの厚いお心遣い、しかとこの胸に刻みます。万が一の時は……どうかあの子をよろしくお願い致します」
「ああ、任せてくれ。あんたが大事に育てたように、俺も決してあの坊主を不幸にするようなことはしねえと誓う」
「は、ご厚情痛み入ります」
「そろそろ暇させてもらう。これからも坊主を頼んだぜ」
 周は薄く笑むと、ふるまわれた茶を飲み干して部屋を後にした。
「あの……大人ターレン!」
 玄関の扉を開けたと同時に慌てて呼び止めた老人の声に後ろを振り返る。
「何だ」
「もう少しであの子も学校から帰って参ります……。よろしければ一目だけでもお顔を見せてやってはいただけませぬか……? あなたに助けていただいた幼き日から……あの子もあなた様のことはずっと忘れずにおります。時折、あのお兄ちゃんはどうしているかなと、あなたを思い出す言葉を口にします。ですから、もしよろしければ……」
 一目だけでも会ってやってくださいと潤む瞳で訴えてくる。
「いや……、それだけ聞ければ充分だ。坊主にはよろしく伝えてくれ」
 周はわずか切なげに笑うと、少年の帰宅を待たずにアパートを後にしたのだった。



◇    ◇    ◇



「よろしかったのですか? 一目だけでもお会いになっていかれれば……」
 通りに停めた車に戻ると、李が遠慮がちにそう訊いてよこした。
「いいんだ。坊主が元気でやっていさえすればそれでいい。嬉しい話も聞けたことだしな」
 周にしてみれば、まさかあの少年が自分のことを覚えていてくれたとは夢夢思わなかったので、新鮮な驚きだったのだ。上手く言い表すことは難しいが、心の中があたたかい何かで満たされるような不思議な心地好さを感じるのだった。
「そろそろ行こう。出してくれ」
 今一度アパートの窓を見上げて深く息をつく。と、その時だった。
老板ラァオバン……ご覧ください! 例の少年ではありませんか?」
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