極道恋事情

一園木蓮

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周焔の香港哀愁

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 時をさかのぼって八年前、それは晩秋を告げる枯葉舞う季節のことだった。
 大学での学業を終えた周焔は、側近の李と共に繁華街の、とあるアパートメントを訪ねていた。幼き日の雪吹冰が育ての親であるウォン老人と共に住んでいた家である。
 この日、冰はまだ学校から帰っておらず、周を出迎えたのは黄老人一人であった。
周大人ジォウ ターレン、このような所にお運びくださり恐縮に存じます。また……幾年もの間、欠かさずにご支援を賜り続けておりますご厚情に……何と御礼を申し上げてよいやら、ただただ恐縮の極みでございます」
 老人が質素ながらも心を込めて淹れたと思われる茶を差し出しながら平身低頭で深々と頭を垂れている。冰の両親が亡くなって以来、一時たりと欠かさずに生活費を援助してもらってきたことへの感謝の意である。
 周は勧められた茶に口をつけながら静かな口調で話し始めた。
黄大人ウォン ターレン、礼には及ばない。俺はあの坊主が幸せに暮らしていてくれさえすれば他に望むことはない。大人のお陰で元気に成長してくれているようで、礼を言うのはこちらの方だ」
「は、もったいないお言葉でございます。お陰様であの子も大病をすることなく、友達も多ございまして、毎日元気に学校に通っております」
「そうか。安心した」
 周はまたひとたび茶をすすると、わずか切なげに瞳を細めながら話を続けた。
「実は此度こたび香港を出ることになったんで挨拶に寄らせてもらった。本当ならばもっと前に修業するつもりでいたんだが、親父の厚情で大学まで通わせてもらうことができた。お陰で卒業式も済んだことだし、俺はこれから日本へ移住して起業しようと思っている」
 黄老人はよほど驚いたのか、ようやくと頭を上げて目の前の周を見つめた。
「香港を去られるのでございますか……?」
「ああ。あんたも裏の世界の事情には詳しいようだから既にご存知かと思うが、俺の母親は日本人女性だ。ファミリーの父も継母おふくろも、そして腹違いの兄も本当に良くしてくれていて、俺には感謝という他ないんだが、だからこそそんなファミリーの恩義に報いる為にも起業して、微力ながら支えになれるよう努力したいと思っている」
「……左様でございますか……。それで日本へ……」
 老人にしてみれば、何もわざわざ海外へ出なくとも起業するだけならここ香港の地でもいいのではと言いたげである。むろんのこと間違ってもそんなことは口にしないまでも、視線がそう訴えているのが丸分かりといった様子に、周は薄く苦笑を浮かべるのだった。
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