極道恋事情

一園木蓮

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厄介な依頼人

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 一瞬にして場が凍りついた雰囲気を感じ取ったのか、男の方も呆然としながら鐘崎を見上げた。
「あ、あの……こちらは……?」
 長身でガタイのいい鐘崎に険しい表情で見下ろされて、さすがに背筋が凍る思いだったのだろう。徳永という男は、助けを求めるように若い衆らを見つめて視線を泳がせた。見兼ねた清水がすかさず、
「当鐘崎組の若頭、鐘崎遼二さんだ。姐さんの御亭主であられる」
 そう紹介した。男はそれを聞くと、慌てたように瞳をパチパチとさせながら固まってしまった。
(こいつは何だ――)
 鐘崎が視線だけで清水に問う。
「は――、何でもウチの組で働きたいとのことで、直談判に来たようです」
「――働きたいだと?」
 ますます低くなった声音の鐘崎に、紫月が横から助け船よろしく割って入った。
「まあまあ、そうおっかねえツラすんなって。可哀想にこの兄ちゃん、ビビって縮こまっちゃってるじゃねえの」
 紫月は、繭の一件で彼と知り合ったことを説明すると共に、それこそライオンが牙を剥きそうな勢いの亭主を宥めた。
 気を利かせた清水が、男から受け取った履歴書を見せて更なる説明を付け加える。
「どうやらあの時の姐さんのご采配に感銘を受けたらしく、お側で力になりたいということらしいです。親御さんにも了承を得ているとのことで、便所掃除でも草むしりでも何でもすると申しておりますが……」
 鐘崎は徳永という男を見下ろしながら、「ふん」と片眉をしかめてみせた。
「徳永竜胆、二十三歳――か」
「は、はい……!」
 履歴書には今年の春に大学を卒業して以来、実家の稼業を手伝っていたとある。しかも、割合珍しい職種で、親は有名な茶道一派の重鎮らしい。
「親御さんは茶道家なのか?」
 特にはその道に詳しくない鐘崎でも名前だけは聞いたことのある有名どころだ。
「はい、親父が茶の点前を教えていまして、お袋は秘書のようなことをやっております。自分もお弟子さんたちに書類を郵送したり、帳簿をつけたりなどの事務や雑用を手伝っておりました」
「そんな大層な家柄の息子が何だってウチなんぞに勤めたがる。親御さんの承諾を得たというが、本当なのか?」
「はい! 本当です! 自分には茶の湯の才能は皆無ですし、後継ぎの兄貴もいます。自分がこれと思える道があるなら必死でやってみろと親は理解してくれました!」
 どうやらかなり本気のようである。鐘崎は小さく溜め息を呑み込むと、
「意図は分かった。一ヶ月だ」
 短くそれだけを口にした。
「……は?」
「一ヶ月勤めてみろと言ったんだ。見込みがあればその後のことは追々検討する。根を上げればそれまでだ」
 つまり、一ヶ月の試用期間をやると言っているわけだ。男は感激の面持ちで、再びガバりと地面に手をついて首を垂れた。
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