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厄介な依頼人
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「どうされたのかしら、繭さん」
「ボーイズラブがお嫌いだったのかしらね?」
「……っていうよりも、まだこの間の殿方のことで気が晴れないんじゃなくて?」
「ああ、鐘崎さんでしたっけ? あの方に奥様がいらしたことがきっとショックだったんですわ」
「そういえば、あの華道展以来ずっとお教室もお休みしてらしたものね。お気の毒だわねえ……」
「早く立ち直って、元気になってくださるといいのだけれど」
女友達がそんな心配をしてくれているとは露知らずの繭は、突然怒鳴ってしまったことでより一層の自己嫌悪に陥ってしまっていた。家に帰れば父とも気まずい空気が続いているし、外に出ればこの有様だ。もう何もかもが嫌になってしまい、物事がすべて悪い方へ悪い方へと転がってしまう気がしていた。
「……それもこれも……みんなあの男のせいよ……」
”あの男”というのは、鐘崎の伴侶である紫月のことだ。
「いったい……どんなヤツなのかしら! 鐘崎さんをたぶらかして、男同士で結婚だなんて! 図々しいったらないわ! 何もかもあいつのせいよ……!」
繭のどす黒い感情は、まだ見ぬ紫月に向かって一直線に渦を増していくようだった。
「どんな手を使って鐘崎さんに近付いたのか調べて上げてやるわ! 絶対に渡さない……。鐘崎さんをあの男から救ってあげられるのはアタシしかいないんだから……!」
怒り任せで顔を真っ赤にしながら都会の路地を早足で駆け抜ける――繭の瞳は負の感情で闇色に揺れていた。
◇ ◇ ◇
事件が起こったのはそれから一週間ほど後の週末だった。
この日はちょうど鐘崎の邸に周焔と冰が遊びに来ていた。中秋の名月を控えて、皆で月見の会を催そうという話になり、その相談も兼ねて集まっていたのだ。
「俺と冰もお陰様で入籍できたことだし、今回は香港からお袋たちや兄貴の嫁さんを招待したいと思っているんだ。親父と兄貴は仕事の都合でまだどうなるか分からんが、女性連中は日本の情緒を味わえるって楽しみにしてるようなんでな」
周の話を受けて、紫月が嬉しそうに思い付いた提案を口にする。
「そいつはいいな! ならさ、ウチの庭に赤い毛氈とかでっけえ傘とか出してさ、日本情緒たっぷりにすりゃ最高じゃね? ほら、よく京都のお寺とかで団子とか食えるような茶店風のやつ」
「ああ、茶会とかで見掛けるあれか」
「そうそう、それ! あのセットを調達しようぜ! なぁ、遼?」
「そうだな。この際、薄茶でもたてて本格的な茶会ふうにするのもいいな」
周と冰が入籍して初めて姑たちを招く絶好の機会である。鐘崎も紫月も思い付く限りのもてなしをしたいと思って意欲的なのだ。
特に紫月の方は同じ嫁という立場に立って、冰が姑たちに喜んでもらえるように手助けしたいと張り切っていた。
「な、な、お袋さんたちと義姉さんに着物を着てもらうのはどうだ? ススキとか秋の花を飾ってさ。団子も三宝に飾って、ちゃんと十五個乗せてさ! 固い作り物ののじゃなくて、ちゃんと食えるやつ」
「ボーイズラブがお嫌いだったのかしらね?」
「……っていうよりも、まだこの間の殿方のことで気が晴れないんじゃなくて?」
「ああ、鐘崎さんでしたっけ? あの方に奥様がいらしたことがきっとショックだったんですわ」
「そういえば、あの華道展以来ずっとお教室もお休みしてらしたものね。お気の毒だわねえ……」
「早く立ち直って、元気になってくださるといいのだけれど」
女友達がそんな心配をしてくれているとは露知らずの繭は、突然怒鳴ってしまったことでより一層の自己嫌悪に陥ってしまっていた。家に帰れば父とも気まずい空気が続いているし、外に出ればこの有様だ。もう何もかもが嫌になってしまい、物事がすべて悪い方へ悪い方へと転がってしまう気がしていた。
「……それもこれも……みんなあの男のせいよ……」
”あの男”というのは、鐘崎の伴侶である紫月のことだ。
「いったい……どんなヤツなのかしら! 鐘崎さんをたぶらかして、男同士で結婚だなんて! 図々しいったらないわ! 何もかもあいつのせいよ……!」
繭のどす黒い感情は、まだ見ぬ紫月に向かって一直線に渦を増していくようだった。
「どんな手を使って鐘崎さんに近付いたのか調べて上げてやるわ! 絶対に渡さない……。鐘崎さんをあの男から救ってあげられるのはアタシしかいないんだから……!」
怒り任せで顔を真っ赤にしながら都会の路地を早足で駆け抜ける――繭の瞳は負の感情で闇色に揺れていた。
◇ ◇ ◇
事件が起こったのはそれから一週間ほど後の週末だった。
この日はちょうど鐘崎の邸に周焔と冰が遊びに来ていた。中秋の名月を控えて、皆で月見の会を催そうという話になり、その相談も兼ねて集まっていたのだ。
「俺と冰もお陰様で入籍できたことだし、今回は香港からお袋たちや兄貴の嫁さんを招待したいと思っているんだ。親父と兄貴は仕事の都合でまだどうなるか分からんが、女性連中は日本の情緒を味わえるって楽しみにしてるようなんでな」
周の話を受けて、紫月が嬉しそうに思い付いた提案を口にする。
「そいつはいいな! ならさ、ウチの庭に赤い毛氈とかでっけえ傘とか出してさ、日本情緒たっぷりにすりゃ最高じゃね? ほら、よく京都のお寺とかで団子とか食えるような茶店風のやつ」
「ああ、茶会とかで見掛けるあれか」
「そうそう、それ! あのセットを調達しようぜ! なぁ、遼?」
「そうだな。この際、薄茶でもたてて本格的な茶会ふうにするのもいいな」
周と冰が入籍して初めて姑たちを招く絶好の機会である。鐘崎も紫月も思い付く限りのもてなしをしたいと思って意欲的なのだ。
特に紫月の方は同じ嫁という立場に立って、冰が姑たちに喜んでもらえるように手助けしたいと張り切っていた。
「な、な、お袋さんたちと義姉さんに着物を着てもらうのはどうだ? ススキとか秋の花を飾ってさ。団子も三宝に飾って、ちゃんと十五個乗せてさ! 固い作り物ののじゃなくて、ちゃんと食えるやつ」
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