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厄介な依頼人
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そんな繭が久方ぶりに華道教室へ顔を出した時のことだった。例の華道展以来、何となく友人たちとも顔を合わせづらく、ここひと月ばかりの間は体調が優れないという理由で休みをもらっていたのだ。
だが、父親との悶着以来、使用人の家政婦を除いては家の中でも殆ど誰とも口をきかない日々である。母親は腫れ物に触るようにわざと見当違いの明るい話題を振ってくるだけだし、モヤモヤとしてしまい、人恋しくなって華道教室に顔を出してみる気になったわけだった。
「あら、繭さん! お久しぶりねえ」
「お加減は如何? もう体調はよろしいの?」
女友達は以前と何ら変わることなく親しげに話し掛けてくれる。それだけが今の繭にとっては心のよりどころと思えた。
ところが――だ。
彼女たちが盛り上がっている話題を耳にした瞬間に、繭の顔色が蒼白へと変わってしまった。
友人たちは一冊の雑誌を皆で取り囲んで、楽しげなおしゃべりに花を咲かせている。問題はその話題であった。
「ねえ、繭さんも見て見て! 今秋から始まる話題のドラマよ! イケメン俳優が勢揃い!」
「これは期待大だわぁ!」
「繭さんの好きな俳優さんも出てるんじゃなくて?」
ほら、見てと雑誌の向きをクルリと変えて誌面を差し出してくれる。
久しぶりの楽しげな話題に興味が湧く。やはり女友達といる時は嫌なことも忘れられて気分が晴れると思った矢先だった。彼女らが広げていた雑誌のワンショットが目に飛び込んできたと同時に、思わず息が詰まりそうになった。それは男性同士が抱き合っているラブシーンだったからだ。
「ねえ、繭さんはご興味ない? ボーイズラブ!」
「素敵よねぇ! 実はわたくし、中等部の頃から大好きでしたの、ボーイズラブ!」
「アタクシもよ! 今まで密かにコミックを集めたりしてたのですけれど、皆さんもお好きだと知ってとっても嬉しいわ! これからは堂々と同じ話題で盛り上がれるんですもの」
皆がはしゃぐ中、気付けば繭は大声で叫んでしまっていた。
「……嫌いよ!」
え――?
「繭……さん? もしかしたら苦手だったかしら?」
「でもほら、綺麗じゃない? 萌えるショットだと思うん……だけ……ど」
繭の脳裏には雑誌の中で抱き合う男たちが鐘崎とその恋人の姿にダブって映ってしまったのだ。
「お……男のくせに男に恋をするなんて……信じられない! 穢らわしいったらないわ!」
怒号にも似たその叫びで、賑やかだった教室内が一気に硬直した雰囲気に包まれた。その様子に繭はハッと我に返ると、
「ご、ごめんなさい……。やっぱりちょっと……まだ体調が優れないの。今日は失礼するわ……」
逃げるようにその場を去るしかできなかった。
「繭さん……!」
繭が出て行った教室では、女たちが呆然とした様子で互いを見つめ合っていた。
だが、父親との悶着以来、使用人の家政婦を除いては家の中でも殆ど誰とも口をきかない日々である。母親は腫れ物に触るようにわざと見当違いの明るい話題を振ってくるだけだし、モヤモヤとしてしまい、人恋しくなって華道教室に顔を出してみる気になったわけだった。
「あら、繭さん! お久しぶりねえ」
「お加減は如何? もう体調はよろしいの?」
女友達は以前と何ら変わることなく親しげに話し掛けてくれる。それだけが今の繭にとっては心のよりどころと思えた。
ところが――だ。
彼女たちが盛り上がっている話題を耳にした瞬間に、繭の顔色が蒼白へと変わってしまった。
友人たちは一冊の雑誌を皆で取り囲んで、楽しげなおしゃべりに花を咲かせている。問題はその話題であった。
「ねえ、繭さんも見て見て! 今秋から始まる話題のドラマよ! イケメン俳優が勢揃い!」
「これは期待大だわぁ!」
「繭さんの好きな俳優さんも出てるんじゃなくて?」
ほら、見てと雑誌の向きをクルリと変えて誌面を差し出してくれる。
久しぶりの楽しげな話題に興味が湧く。やはり女友達といる時は嫌なことも忘れられて気分が晴れると思った矢先だった。彼女らが広げていた雑誌のワンショットが目に飛び込んできたと同時に、思わず息が詰まりそうになった。それは男性同士が抱き合っているラブシーンだったからだ。
「ねえ、繭さんはご興味ない? ボーイズラブ!」
「素敵よねぇ! 実はわたくし、中等部の頃から大好きでしたの、ボーイズラブ!」
「アタクシもよ! 今まで密かにコミックを集めたりしてたのですけれど、皆さんもお好きだと知ってとっても嬉しいわ! これからは堂々と同じ話題で盛り上がれるんですもの」
皆がはしゃぐ中、気付けば繭は大声で叫んでしまっていた。
「……嫌いよ!」
え――?
「繭……さん? もしかしたら苦手だったかしら?」
「でもほら、綺麗じゃない? 萌えるショットだと思うん……だけ……ど」
繭の脳裏には雑誌の中で抱き合う男たちが鐘崎とその恋人の姿にダブって映ってしまったのだ。
「お……男のくせに男に恋をするなんて……信じられない! 穢らわしいったらないわ!」
怒号にも似たその叫びで、賑やかだった教室内が一気に硬直した雰囲気に包まれた。その様子に繭はハッと我に返ると、
「ご、ごめんなさい……。やっぱりちょっと……まだ体調が優れないの。今日は失礼するわ……」
逃げるようにその場を去るしかできなかった。
「繭さん……!」
繭が出て行った教室では、女たちが呆然とした様子で互いを見つめ合っていた。
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