極道恋事情

一園木蓮

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厄介な依頼人

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 チラリと応接室の方を窺うと、扉は開け放たれており、そのことからも鐘崎が彼女と密室で二人きりになるという状況を避けている様子が見て取れた。
 静かに近くまで行き、そっと会話に耳をこらす。すると、どうやら二人共立ったままで話していたようで、
「あの……これは先日のお祝儀の御礼です。鐘崎さんに似合うと思って選んだんですが……使っていただけたら嬉しいわ」
 娘が洒落た包装紙に包まれた箱を差し出している様子が垣間見えた。
 それにしてもえらく大きな箱である。いったい何が入っているのだろうかと、正直なところ興味がなくても中身が気になってしまうほどの代物だ。しかも、一目で高級と分かるブランドものの包み紙は、内祝の品というよりも恋情が見え見えのプライベートなプレゼントといったところである。そんな大層な物を貰ってしまったとしたら、色々な意味で重荷になりそうなのは聞かずとも想像がつくというものだ。
 案の定、鐘崎もすぐには受け取らずに、祝儀はほんの心ばかりであるし、既に清水が菓子折を貰い受けているとも聞いているので、このような気遣いは過分だとも言っている。
「お嬢さん、誠に恐縮ですが、我々は仕事の報酬以外に接待や金品のご厚意をご遠慮させていただくのが決まりです。ここはお気持ちだけ頂戴させていただきたく存じます」
 立ったままで話していることからしても、彼女に椅子を勧めずに挨拶のみで終わらせたいらしいことが窺えた。
 周は一旦応接室から離れると、わざと大きな所作で足音を立てながら再び応接室へと向かいながら、
「おい、鐘崎。何やってんだ? いったいいつまで待たせる気……」
 そこで初めて先客に気付いたような素振りで、驚き顔をしてみせた。
「何だ、客人だったか。これは失礼」
 娘を一瞥し、わざとらしく瞳を見開いてみせる。いつものように『カネ』ではなく、他人行儀な呼び方をしたことで、鐘崎本人には周の助け舟の意図が読み取れたようであった。
 そんな周は、長身の鐘崎よりも数センチ上回る堂々とした体格で、顔立ちも万人が見惚れるほどの男前ぶりだ。それよりも何よりも、若くして大きな企業を背負って立つ経営者である上に、マフィアのファミリーでもある。例えその素性を知らずとも全身から滲み出る雰囲気は見るものを圧倒するオーラが半端でない。娘にもそう映ったのだろう、驚いたように硬直すると、
「あ、あの……も、もう失礼するところでしたから……!」
 焦ったように後退りし、周に席を譲らんとソファの上に置いていたバッグを手に取った。
 その様子に鐘崎はホッとしたように小さく肩を落とすと、視線だけで『助かった』と周に礼を告げた。
「あ、あの……ではこれで……。突然にお邪魔してしまってすみません」
 渡そうとしていた大きな箱も周の登場ですっかり気が動転したわけか、無意識のまま持って帰るべく手にしている。
「いえ、こちらこそわざわざご丁寧に恐縮です」
 鐘崎は娘を玄関まで見送りながら、外に車が待っていないことに気付いて、怪訝そうに首を傾げた。
「お嬢さん、車は外ですか?」
「あ、いえ……今日は歩きで来ましたの」
「お一人でですか? お父上はご存知で?」
「え……いえ、父には……近々お礼に伺うつもりだとだけは……」
 言いづらそうに口ごもる様子からして、今日出向いて来たことは告げていないのだろうと思えた。
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