229 / 1,212
恋敵
35
しおりを挟む
そして、裏口の扉を開ければ、そこにはこの世で一番愛しい男が両手を広げて待っていてくれる姿が視界に飛び込んできて、冰は無意識のままにその腕へと飛び込んだ。
「白龍……! 白龍、来てくれたんだ……」
広く逞しい胸板、嗅ぎ慣れた淡い香水の香りが全身を押し包み、ひび割れた大地をみるみると潤すごとく安堵感が広がっていく。
「遅くなってすまない。無事で良かった……!」
心地好いバリトンボイスが耳元までをも潤してゆく。ギュッと、息もできないほどに抱き締められ、大きな掌でグシャグシャっと髪も頬もすべてを奪うように撫でられて、冰の双眸はあふれ出した涙でいっぱいになっていった。
「すまなかった。辛い思いをさせたな」
「ううん、ううん! 全然……!」
ブンブンとちぎれそうなくらいに首を横に振って応える。
「お! やっぱ冰君と氷川はこうでなくっちゃな!」
「違いねえ」
しばし、人目も憚らずの強い抱擁の後、紫月と鐘崎の朗らかな声で二人はようやくと落ち着きを取り戻したのだった。
「よし、とにかく車に乗ろう。話はそれからだ」
鐘崎がワゴン車のドアを開けてくれたので、皆で一緒に乗り込んだ。
広めの車内に四人が向き合えば和気藹々、突飛な事件に巻き込まれたことなどまるで夢のように普段と変わらない幸せが戻ってくる。運転手と付き添いの男も周が汐留から連れて来た側近たちだったので、冰もよくよく顔見知りであり、
「冰さん、紫月さん! ご無事で良かった!」
「ありがとうございます! 皆さんにもご足労お掛けしてすみません!」
誰しもが安堵した表情で、車内は明るい笑い声に包まれた。
「――冰、それから一之宮にもとんだ災難に遭わせちまったが、本当にすまない」
周が真摯に謝った側では、紫月が冷やかし半分で明るく笑っていた。
「しっかし早かったなぁ! お前らのことだから、ぜってえ追っ掛けてくるだろうなとは思ってたけど、早くても夕方かなって」
「そりゃ、お前。愛の力ってやつだろうが」
鐘崎も軽口で返す。
「カネにも一之宮にも本当に世話になったが、とにかく無事で良かった。それで――まずは言っておかなきゃならねえが、冰――」
周がじっと真剣な顔つきで冰を見つめる。
「うん?」
「お前を訪ねていった唐静雨だが、あの女は俺の元恋人なんかじゃねえ」
「え!? ……そうなの?」
「ああ、とんだ濡れ衣だ」
「そうだったんだ……。実はその女の人だけど、今ちょっと……いろいろと……その、あって」
冰はホッとしながらも言いづらそうに言葉を濁したが、周も鐘崎も既に彼女の抱える事情は把握しているとのことに驚かされた冰だった。
「白龍……! 白龍、来てくれたんだ……」
広く逞しい胸板、嗅ぎ慣れた淡い香水の香りが全身を押し包み、ひび割れた大地をみるみると潤すごとく安堵感が広がっていく。
「遅くなってすまない。無事で良かった……!」
心地好いバリトンボイスが耳元までをも潤してゆく。ギュッと、息もできないほどに抱き締められ、大きな掌でグシャグシャっと髪も頬もすべてを奪うように撫でられて、冰の双眸はあふれ出した涙でいっぱいになっていった。
「すまなかった。辛い思いをさせたな」
「ううん、ううん! 全然……!」
ブンブンとちぎれそうなくらいに首を横に振って応える。
「お! やっぱ冰君と氷川はこうでなくっちゃな!」
「違いねえ」
しばし、人目も憚らずの強い抱擁の後、紫月と鐘崎の朗らかな声で二人はようやくと落ち着きを取り戻したのだった。
「よし、とにかく車に乗ろう。話はそれからだ」
鐘崎がワゴン車のドアを開けてくれたので、皆で一緒に乗り込んだ。
広めの車内に四人が向き合えば和気藹々、突飛な事件に巻き込まれたことなどまるで夢のように普段と変わらない幸せが戻ってくる。運転手と付き添いの男も周が汐留から連れて来た側近たちだったので、冰もよくよく顔見知りであり、
「冰さん、紫月さん! ご無事で良かった!」
「ありがとうございます! 皆さんにもご足労お掛けしてすみません!」
誰しもが安堵した表情で、車内は明るい笑い声に包まれた。
「――冰、それから一之宮にもとんだ災難に遭わせちまったが、本当にすまない」
周が真摯に謝った側では、紫月が冷やかし半分で明るく笑っていた。
「しっかし早かったなぁ! お前らのことだから、ぜってえ追っ掛けてくるだろうなとは思ってたけど、早くても夕方かなって」
「そりゃ、お前。愛の力ってやつだろうが」
鐘崎も軽口で返す。
「カネにも一之宮にも本当に世話になったが、とにかく無事で良かった。それで――まずは言っておかなきゃならねえが、冰――」
周がじっと真剣な顔つきで冰を見つめる。
「うん?」
「お前を訪ねていった唐静雨だが、あの女は俺の元恋人なんかじゃねえ」
「え!? ……そうなの?」
「ああ、とんだ濡れ衣だ」
「そうだったんだ……。実はその女の人だけど、今ちょっと……いろいろと……その、あって」
冰はホッとしながらも言いづらそうに言葉を濁したが、周も鐘崎も既に彼女の抱える事情は把握しているとのことに驚かされた冰だった。
15
お気に入りに追加
878
あなたにおすすめの小説



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる