極道恋事情

一園木蓮

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恋敵

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「ええ。さすがにこれまでは気が付かなかったようです」
「つか、あいつら――さらった相手が悪かったわな。冰君の正体知ったら後悔するぜ、きっと!」
 香港に住む者ならば、裏社会を仕切るマフィア頭領の名を知らぬ者はいないだろう。冰が周ファミリーの縁者だと知れば蒼くなるに違いない。
「そン時の奴らの吠え面を想像すっと――うーん、笑えちゃうわな」
 場にそぐわない悠長な台詞だが、これが紫月なりの励ましであり、少しでも明るい気分にさせてくれようとしているのが分かるので、冰はそんな気遣いが心底嬉しく思えるのだった。
「ま、心配には及ばねえ。とりあえずおとなしく様子を見て、遼たちの助けを待とう。どこかで隙をついて逃げられそうなら迷わず脱出だ」
「――はい」
「冰君、俺から離れるんじゃねえぜ!」
「ありがとうございます……。あの、紫月さん……?」
「ん?」
「あの……すみません、巻き込んじゃって」
 申し訳なさそうに謝った冰に、紫月は瞳を見開いてしまった。
「んな――、別に冰君のせいじゃねんだから! 謝ることなんかねって」
「でも……。あの女の人が……本当に元恋人なのかどうか分かりませんが、周のことで紫月さんまでこんな目に遭わせることになっちゃって」
 膝を抱え込みながら苦しげに声を震わせる。そんな冰を見つめながら、紫月はフッと微笑ましげに瞳を細めてしまった。
「――ん、もうすっかり姐さんだな、冰君は」
「え……?」
「今さ、氷川のことを『周のことで――』って言ったろ? 日本じゃ、よく嫁さんが旦那のことを名字で『うちの何々が――』って言うんだ。例えば俺だったら『うちの鐘崎が』とかさ」
「ああ、なるほど……! そういえば聞いたことがありますね。取引先にご挨拶に同行した時に、相手の社長さんの奥様がそう言っていたのを覚えています」
「だろ? それがすんなり自然に出てくるってことは、冰君と氷川は本物なんだなって思うわけよ。今、聞いててカッコいいなって思った」
「そ、そうですか……? 恥ずかしいな……」
 冰は思わぬことで褒められて、顔を真っ赤に染め上げている。
「微笑ましいっつか、誇らしいっつかさ。氷川も冰君も俺の大事なダチだけど、そんな二人がしっかり夫婦してんのがすっげ嬉しいなって思ったの!」
「紫月さん……」
「つか、俺も言ってみっかな。『うちの鐘崎がお世話になってます』なーんちって!」
 デヘヘと笑って照れる紫月に、冰も自然な笑みを誘われていく。こんなふうにジョークを交えながらも気持ちをポジティブな方向に導いてくれることが本当に有り難くて、思わずうれし涙を誘われてしまいそうだった。
「紫月さん、ありがとうございます! 白龍たちが助けに来てくれるまで一緒にがんばりましょう!」
「だな! そんじゃ、先ずは体力温存だ。少しでも横になっとくか!」
「はい!」
 幸い、ベッドも設えられている。二人は着陸後に向けてしばし仮眠をとることにしたのだった。



◇    ◇    ◇


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