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狙われた恋人
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カラカラとボールが盤の上で跳ね、転がる。
ゆっくりと回転が止むと、ボールは黒の四番の位置に落ち着いた。
「ノアールの四番。焔兄さん、あなたの勝ちです」
その瞬間、場内は水を打ったように静まり返り、しばらくは誰一人として言葉を発するどころか身動きさえもとれずに、まるで時が止まってしまったかのような静寂に包まれた。
驚愕に蒼ざめた張が声を震わせたのは、それからしばらくしてのことだった。
「何故だ……まさか裏切ったのか……?」
張が冰を見上げたと同時に、フロア内に散らばっていた彼の手の者たちが懐に隠した武器を取り出そうとする動きが見て取れた。おそらくは毒矢か、あるいは実弾の入った銃器類だろう。
だが、その動きよりも一瞬早く鐘崎の厳しい声がフロア内にこだました。
「動くな! 既にあんたたちはこちらが包囲している。ここで騒ぎを起こしてカジノを蜂の巣にされたくはないだろう?」
と同時に張の手下たちがおずおずとしながらも一斉に両手を上げて降伏の姿勢を見せ始めた。彼ら一人一人の背後には、通常の客たちには分からないように腰の低い位置に拳銃が突き付けられていたからだ。鐘崎の言った通り、張の手下全員に周ファミリーの者たちがピッタリと張り付いていて、知らない内にカジノは完全に制圧されていたのだった。
驚いたのは張だった。自らの本拠地でありながら、既に敵中の四面楚歌状態に反撃の言葉もままならない。驚愕の中でようやくと発した言葉は、冰にすがるか弱くも細い声音だった。
「雪吹君……何故だ……まさかキミが……裏切ったというわけか……」
驚愕に揺れる張を見つめながら、切なげに瞳を細めて冰は言った。
「ごめんなさい、張さん……。あなたを騙すようなマネをして申し訳ないと思っています。ですが、俺にとって周焔は誰にも代えられない大事な人なんです」
「大事なって……それは確かに……キミにとっては兄さんだろうから……分からないではない。だが、キミはその兄さんよりも俺を選んでくれたんじゃないのか?」
何故、最後の最後で裏切るようなことを!
そう言いたげな張に向かって、今度は周が静かに口を開いた。
「兄さんじゃねえ。冰は俺にとってこの世で唯一無二の存在だ」
張は驚きに目を見張った。
「唯一無二だと……? どういうことだ……」
「俺たちは家族といっても兄弟という意味じゃねえ。互いに生涯唯一人と誓い合った仲だということだ」
「……まさか、そんな……」
張はうろたえた瞳で冰を見やった。
「ごめんなさい、張さん。本当なんです。俺、あなたに突然マカオに連れて来られた時は驚いたし、とても怖かった。でも、あなたは俺が思ったような悪い人じゃなく、とてもやさしかった……。だからあなたを騙すのは苦しかったです。あなたがもっと嫌な人だったらよかったと思ったくらいです……。俺のことをディーラーとして認めてくれて、たくさんの買い物にも快く付き合ってくれて……そんな張さんを裏切るのは本当に苦しかった。でも分かってください。こんなにやさしくしてくださった張さんを欺いても、俺にとってこの周焔は誰にも代えられない大事な人だということを……」
双眸を潤ませながら告げる冰の言葉には今度こそ偽りは微塵もない、張にも本能でそれが伝わったのだった。
ゆっくりと回転が止むと、ボールは黒の四番の位置に落ち着いた。
「ノアールの四番。焔兄さん、あなたの勝ちです」
その瞬間、場内は水を打ったように静まり返り、しばらくは誰一人として言葉を発するどころか身動きさえもとれずに、まるで時が止まってしまったかのような静寂に包まれた。
驚愕に蒼ざめた張が声を震わせたのは、それからしばらくしてのことだった。
「何故だ……まさか裏切ったのか……?」
張が冰を見上げたと同時に、フロア内に散らばっていた彼の手の者たちが懐に隠した武器を取り出そうとする動きが見て取れた。おそらくは毒矢か、あるいは実弾の入った銃器類だろう。
だが、その動きよりも一瞬早く鐘崎の厳しい声がフロア内にこだました。
「動くな! 既にあんたたちはこちらが包囲している。ここで騒ぎを起こしてカジノを蜂の巣にされたくはないだろう?」
と同時に張の手下たちがおずおずとしながらも一斉に両手を上げて降伏の姿勢を見せ始めた。彼ら一人一人の背後には、通常の客たちには分からないように腰の低い位置に拳銃が突き付けられていたからだ。鐘崎の言った通り、張の手下全員に周ファミリーの者たちがピッタリと張り付いていて、知らない内にカジノは完全に制圧されていたのだった。
驚いたのは張だった。自らの本拠地でありながら、既に敵中の四面楚歌状態に反撃の言葉もままならない。驚愕の中でようやくと発した言葉は、冰にすがるか弱くも細い声音だった。
「雪吹君……何故だ……まさかキミが……裏切ったというわけか……」
驚愕に揺れる張を見つめながら、切なげに瞳を細めて冰は言った。
「ごめんなさい、張さん……。あなたを騙すようなマネをして申し訳ないと思っています。ですが、俺にとって周焔は誰にも代えられない大事な人なんです」
「大事なって……それは確かに……キミにとっては兄さんだろうから……分からないではない。だが、キミはその兄さんよりも俺を選んでくれたんじゃないのか?」
何故、最後の最後で裏切るようなことを!
そう言いたげな張に向かって、今度は周が静かに口を開いた。
「兄さんじゃねえ。冰は俺にとってこの世で唯一無二の存在だ」
張は驚きに目を見張った。
「唯一無二だと……? どういうことだ……」
「俺たちは家族といっても兄弟という意味じゃねえ。互いに生涯唯一人と誓い合った仲だということだ」
「……まさか、そんな……」
張はうろたえた瞳で冰を見やった。
「ごめんなさい、張さん。本当なんです。俺、あなたに突然マカオに連れて来られた時は驚いたし、とても怖かった。でも、あなたは俺が思ったような悪い人じゃなく、とてもやさしかった……。だからあなたを騙すのは苦しかったです。あなたがもっと嫌な人だったらよかったと思ったくらいです……。俺のことをディーラーとして認めてくれて、たくさんの買い物にも快く付き合ってくれて……そんな張さんを裏切るのは本当に苦しかった。でも分かってください。こんなにやさしくしてくださった張さんを欺いても、俺にとってこの周焔は誰にも代えられない大事な人だということを……」
双眸を潤ませながら告げる冰の言葉には今度こそ偽りは微塵もない、張にも本能でそれが伝わったのだった。
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