極道恋事情

一園木蓮

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狙われた恋人

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 つまり、欲しいのは冰のディーラーとしての腕だけではなく、冰本人にも興味を抱いての拉致ということだろうか。公私共に手に入れれば一石二鳥と思ったのだとしたら、今回の強引な行動にも合点がいくというものだ。
「……ふざけやがって」
 誰もが言葉を失う中、周がポツリと短くそれだけをつぶやいた。声自体は怒鳴るでもなく、一見冷静とも取れるが、低く地鳴りのするようなそのひと言の中には周の怒りの度合いがありありと見て取れる。如何に学生時代からの友人で気心が知れた鐘崎と紫月でさえも、彼の本気の怒りを感じさせられるに充分なほどの烈火の如く感情がヒシヒシと伝わるのを感じていた。
「どうやら拉致犯は張敏で間違いないようだ。ヤツの所有するプライベートジェットが冰を乗せた機体と一致した」
 傍らで僚一がそう告げた。
「僚一……張という男に直接連絡の取れる番号は割り出せるか?」
 周が訊く。
 普段は鐘崎の父親ということもあり『親父さん』と呼ぶことの多い仲だが、今の周からすれば僚一は裏社会での仕事仲間というオンの意識下にある。年齢を越えたところでの一人の男同士としての会話なのだ。僚一もそれが分かっているから、彼を息子の一友人としてではなく、互いに背中を預けるような仲間と意識して接していた。
「プライベートナンバーか……。少し待て」
 僚一はすぐさま張への通信手段の割り出しに取り掛かった。つまり、個人的な携帯番号の調査だ。
 それ自体は僚一の情報網をもってすれば、さほど難なく突き止められるだろうが、問題はその先だ。
 仮に周が直接コンタクトを取ったところで、今は別々の空の上にある。触発された張が速攻で冰を餌食にしないとも限らない。というよりも、張が噂通りの人物ならば、今この時に既に冰の身の安全が百パーセント保証できるものでもない。気の早い男であれば、機上だろうが関係なく、とっくに冰を我がものにせんと牙を剥いているかも知れないのだ。
 それを想像するだけで、周は全身の血が噴き出しそうな思いでいた。
 怒号し、張を脅すのは容易いが、仮にまだ彼が冰を手に掛けていなかった場合は、逆にそれを促してしまう危険性も考えられる。
 連絡をすべきか、あるいはまだ何も起こっていないことを信じて時を待つべきか、周は苦渋の選択を迫られていた。
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