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狙われた恋人
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時刻は午後の三時になろうかという時分だった。春風の心地好い、よく晴れたうららかな日だ。
周の経営するアイス・カンパニーに勤める矢部清美は、営業先から帰って来た社の玄関横で揉めているふうな男たちに気が付いて怪訝そうに瞳をしかめた。
「あら――? もしかしてあの人……」
「清美? どうかしたのか?」
彼女と一緒に営業に回っていたらしい男がそう声を掛ける。
「やっぱり! あの人だわ」
「あの人って? お前の知り合いなのか?」
男がそう訊く。
「知り合いっていうか……ほら、前にアタシが受付嬢だった時に訪ねて来た男の人の話をしたことあったでしょ?」
「ああ、もしかしてお前が営業部に回されるきっかけになったっていう、あの話か?」
「そうそう、そうよ! 社長付きの秘書になったっていう人! 確か名前は……雪吹君だったかしら?」
「っていうか、あの人ら……なんかヤバい雰囲気じゃねえ? 揉めてるみてえだけど……」
「そうね、大の男が三人……。雪吹君を取り囲んで……何だか言い寄られてる感じ」
さほど親しいわけでもないが、同じ社の社員同士だ。困っているならとりあえず助け船を出した方が良いかと、二人は様子を窺いながら冰の方へと歩を進めた。
ところが――だ。
「困ります! ちょっと待ってくださいッ!」
「つべこべ言うな! いいから来るんだ!」
男三人に両腕を引っ張られるようにしながら、冰はあれよという間に車へと引きずり込まれてしまった。
「ちょっと……嘘でしょ!? 何なの、あいつら!」
清美らが駆け付けた時には、既に車は猛スピードで走り出していくところだった。
「……! そうだ、携帯!」
清美は鞄からスマートフォンを取り出すと、走り去る車の様子をシャッターに収め、すぐさま踵を返してロビーへと走った。そして、古巣である受付嬢たちのいるデスクへ向かいながら叫んだ。
「英子! ちょっと電話を借りるわよ!」
「清美先輩……!? どうかされたんですか?」
受付嬢時代に後輩だった英子という女子社員が驚いたように瞳を丸くしている傍らで、清美は逸った手つきで内線番号を押した。
「もしもし! 秘書課ですか!? こちら受付ですが、李さんをお願いします!」
すると、電話の向こうでは冷静沈着なローボイスがこう返してきた。
「李は私だが――」
「李さん! たいへんです! すぐに来てください。たった今、玄関のところで雪吹君が変な男たちに連れ去られるのを見たんです!」
「何だと――ッ!? 分かった、すぐに降りる!」
李にしては慌てた声でそれだけ言うと、即、通話は切られた。
ペントハウスの秘書室では、李が血相を変えながら劉に告げていた。
「冰さんが玄関ロビーで不審な者たちに連れ去られたとの連絡を受けた! 私は先に降りる。お前は社長にこのことを知らせろ! あと、監視カメラのチェックだ!」
「え!? は、はい! 分かりました!」
穏やかな午後が一瞬にして暗転した。
周の経営するアイス・カンパニーに勤める矢部清美は、営業先から帰って来た社の玄関横で揉めているふうな男たちに気が付いて怪訝そうに瞳をしかめた。
「あら――? もしかしてあの人……」
「清美? どうかしたのか?」
彼女と一緒に営業に回っていたらしい男がそう声を掛ける。
「やっぱり! あの人だわ」
「あの人って? お前の知り合いなのか?」
男がそう訊く。
「知り合いっていうか……ほら、前にアタシが受付嬢だった時に訪ねて来た男の人の話をしたことあったでしょ?」
「ああ、もしかしてお前が営業部に回されるきっかけになったっていう、あの話か?」
「そうそう、そうよ! 社長付きの秘書になったっていう人! 確か名前は……雪吹君だったかしら?」
「っていうか、あの人ら……なんかヤバい雰囲気じゃねえ? 揉めてるみてえだけど……」
「そうね、大の男が三人……。雪吹君を取り囲んで……何だか言い寄られてる感じ」
さほど親しいわけでもないが、同じ社の社員同士だ。困っているならとりあえず助け船を出した方が良いかと、二人は様子を窺いながら冰の方へと歩を進めた。
ところが――だ。
「困ります! ちょっと待ってくださいッ!」
「つべこべ言うな! いいから来るんだ!」
男三人に両腕を引っ張られるようにしながら、冰はあれよという間に車へと引きずり込まれてしまった。
「ちょっと……嘘でしょ!? 何なの、あいつら!」
清美らが駆け付けた時には、既に車は猛スピードで走り出していくところだった。
「……! そうだ、携帯!」
清美は鞄からスマートフォンを取り出すと、走り去る車の様子をシャッターに収め、すぐさま踵を返してロビーへと走った。そして、古巣である受付嬢たちのいるデスクへ向かいながら叫んだ。
「英子! ちょっと電話を借りるわよ!」
「清美先輩……!? どうかされたんですか?」
受付嬢時代に後輩だった英子という女子社員が驚いたように瞳を丸くしている傍らで、清美は逸った手つきで内線番号を押した。
「もしもし! 秘書課ですか!? こちら受付ですが、李さんをお願いします!」
すると、電話の向こうでは冷静沈着なローボイスがこう返してきた。
「李は私だが――」
「李さん! たいへんです! すぐに来てください。たった今、玄関のところで雪吹君が変な男たちに連れ去られるのを見たんです!」
「何だと――ッ!? 分かった、すぐに降りる!」
李にしては慌てた声でそれだけ言うと、即、通話は切られた。
ペントハウスの秘書室では、李が血相を変えながら劉に告げていた。
「冰さんが玄関ロビーで不審な者たちに連れ去られたとの連絡を受けた! 私は先に降りる。お前は社長にこのことを知らせろ! あと、監視カメラのチェックだ!」
「え!? は、はい! 分かりました!」
穏やかな午後が一瞬にして暗転した。
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