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香港蜜月
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階下のフロアではそろそろショータイムがクライマックスに近付いていた。
支度を終えた冰は、あらゆる突飛な事態に対応すべく、ルーレットのボール以外にも何か仕込まれていないかと、カードやダイスなどのサンプルも念入りに触診してみることにした。
ダイスには磁気を仕込まれた形跡がないものの、カードの方には異変が見て取れた。サンプルは三セットほどあったので、その一つ一つの中身を調べていく。
(これは……! へえ、敵も案外やるじゃない)
ふと、ひとつ疑問が湧き、冰は兄の風に確かめた。
「あの……お兄様。今見せていただいたボールやカードのサンプルは納入業者さんから事前に渡されたものでしょうか?」
「いや、それは納品された中から保存用にと思って私がいくつか取っておいたものだが」
風の話では、毎年そうしているとのことだった。単に新品のままでその年度のデザインを保存しておく為だという。
ということは、本来ならフロアで実際に使われるはずのものだったということだ。
よくよく考えてみれば、もしも事前にサンプルとして周ファミリーに見せるものであれば、その中にイカサマの証拠が残るようなものは渡すわけもないだろう。
冰はこっそりとサンプルのカードから数枚を抜き取ると、不測の事態に備えてそれを懐に収めたのだった。
「ショータイム、レーザーアート終了します。今より雑技団のステージに切り替わります」
フロアからの連絡で、残り時間が三十分を切ったことを知る。
ファミリールーム内では、黒服に化けた老紳士の周にピッタリと寄り添われながら、冰もディーラーとしての顔に変身していた。
「すまねえな、冰。お前にまで世話をかけるハメになっちまって……」
「ううん、俺でも役に立てるならこんなに嬉しいことはないよ。きっとじいちゃんも天国から見ててくれてると思うから」
凛とした表情でうなずく。
「お前を危険な目に遭わせることだけは絶対にさせねえ。安心してゲームに集中してくれ」
「うん! 白龍が側に居てくれるなら怖いものなんかないよ」
「ああ。命をかけて守る――!」
「頼むね。でも白龍、ロマンスグレーも似合ってる! なんか将来を見てるようでドキドキしちゃうよ!」
「おいおい、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか」
そっと肩を抱き寄せ、その髪に口付けを落とす。緊急時には不似合いな会話だが、こんなふうにリラックスしていられることが、緊張を解すのには必要な掛け合いなのもまた確かなのだ。
やわらかに微笑み合う二人の元へメイクを済ませた紫月が鐘崎に連れられてやって来た。
「うわ……! もしかして……紫月……さん?」
黒い繻子のドレスに身を包み、艶のあるロングヘアはウィッグだろうか、絶世の美女という出立ちにファミリールームにいた全員が息を呑んだ。
スレンダーな体型の紫月は身長こそ高いものの、モデルのレイ・ヒイラギが連れて歩くには最適な華のある女性といえる。周囲の皆はきっと同じモデル仲間だと思うだろうからだ。
支度を終えた冰は、あらゆる突飛な事態に対応すべく、ルーレットのボール以外にも何か仕込まれていないかと、カードやダイスなどのサンプルも念入りに触診してみることにした。
ダイスには磁気を仕込まれた形跡がないものの、カードの方には異変が見て取れた。サンプルは三セットほどあったので、その一つ一つの中身を調べていく。
(これは……! へえ、敵も案外やるじゃない)
ふと、ひとつ疑問が湧き、冰は兄の風に確かめた。
「あの……お兄様。今見せていただいたボールやカードのサンプルは納入業者さんから事前に渡されたものでしょうか?」
「いや、それは納品された中から保存用にと思って私がいくつか取っておいたものだが」
風の話では、毎年そうしているとのことだった。単に新品のままでその年度のデザインを保存しておく為だという。
ということは、本来ならフロアで実際に使われるはずのものだったということだ。
よくよく考えてみれば、もしも事前にサンプルとして周ファミリーに見せるものであれば、その中にイカサマの証拠が残るようなものは渡すわけもないだろう。
冰はこっそりとサンプルのカードから数枚を抜き取ると、不測の事態に備えてそれを懐に収めたのだった。
「ショータイム、レーザーアート終了します。今より雑技団のステージに切り替わります」
フロアからの連絡で、残り時間が三十分を切ったことを知る。
ファミリールーム内では、黒服に化けた老紳士の周にピッタリと寄り添われながら、冰もディーラーとしての顔に変身していた。
「すまねえな、冰。お前にまで世話をかけるハメになっちまって……」
「ううん、俺でも役に立てるならこんなに嬉しいことはないよ。きっとじいちゃんも天国から見ててくれてると思うから」
凛とした表情でうなずく。
「お前を危険な目に遭わせることだけは絶対にさせねえ。安心してゲームに集中してくれ」
「うん! 白龍が側に居てくれるなら怖いものなんかないよ」
「ああ。命をかけて守る――!」
「頼むね。でも白龍、ロマンスグレーも似合ってる! なんか将来を見てるようでドキドキしちゃうよ!」
「おいおい、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか」
そっと肩を抱き寄せ、その髪に口付けを落とす。緊急時には不似合いな会話だが、こんなふうにリラックスしていられることが、緊張を解すのには必要な掛け合いなのもまた確かなのだ。
やわらかに微笑み合う二人の元へメイクを済ませた紫月が鐘崎に連れられてやって来た。
「うわ……! もしかして……紫月……さん?」
黒い繻子のドレスに身を包み、艶のあるロングヘアはウィッグだろうか、絶世の美女という出立ちにファミリールームにいた全員が息を呑んだ。
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