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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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「えっと、今……時間ある?」
少々言いづらそうではあるが、そう尋ねられて冰は驚きながらもコクコクとうなずいた。
女は吹き抜けが見渡せる一画にある休憩用の長椅子に冰に誘うと、彼女の方から切り出した。
「あなた、社長の秘書になったんですってね」
「ええ、まあ……」
「アタシの方はお陰で受付嬢を外されちゃったわ。降格人事っていうのかしら……。あなたに会ったあの後すぐに辞令が出てね」
「……そうだったんだ」
(それってもしかして俺のせいで――?)
ふと、そう思ったが冰は言葉に出して訊くことを躊躇ってしまった。
「まあ、当然だけどね。あなたに失礼な態度をしたんだもの」
「そんな……」
「正直、ショックだったわ。受付嬢は花形だし、入社した時からの夢だったから」
「……そ……だったんですか」
何とも返答に詰まってしまう。だが、彼女は意外にも饒舌に先を続けた。
「でも、今はそれで良かったと思ってるの。アタシの回された部署、営業部で――ノルマはあるし厳しいことも多いんだけどさ。でも……いいこともあったし」
「いいこと?」
「うん。ちょっといいなって思える人に出会って……今うまくいってるんだぁ」
冰はハッと瞳を見開いた。
「もしかして――彼氏ができた……とか?」
「まあね」
わずか照れたように頬を染めてモジモジとうつむく彼女は、あの日の印象とは別人のようだ。
「だから移動になって良かったっていうか、不幸中の幸いっていうのとは……ちょっと違うかもだけど。とにかく良かったって思えてる。それで、あなたの噂も聞いてね。社長の秘書になったって知って驚いたけど。あの時は……その、ごめんね」
「え?」
「初めて会った時、アタシ散々あなたに失礼なこと言っちゃったから気になってたんだぁ」
予想もしていなかった素直な謝罪の言葉に冰は驚いてしまった。
「あ、いや……そんなの全然! 俺の方こそいきなり訪ねて行って悪かったって」
焦る冰に、彼女はその性質を感じたのだろうか、
「あなたっていい人ね。ほんとだったら怒ってても当然なのに……。社長が何で秘書にしたのか分かる気がするなぁ」
長椅子の上で脚をブラブラとさせながら笑ったその表情が、何だかとても穏やかな親近感を感じさせるようだ。――だが、それと同時にどうしてか切なさのようなものを感じてしまうのはなぜだろう。冰は何ともいえない気持ちにさせられてしまった。
もしかしたら、夢見ていた受付嬢から移動させられてしまった彼女の境遇が、冰にとって、周への叶わぬ片想いの気持ちと被るように感じられたからかも知れない。
「あのさ……」
冰は何かに突き動かされるように、自分から話し掛けていた。
「なぁに?」
「その……彼氏と……仲良く……。って、俺が言うのもヘンですけど。……とにかく、あなたが幸せそうで良かったって、そう思って」
ところどころ口籠もりながらも一生懸命な気持ちが伝わったのだろう。彼女はとびきりの笑顔で微笑むと、「ありがと!」と言って頬を染めた。
少々言いづらそうではあるが、そう尋ねられて冰は驚きながらもコクコクとうなずいた。
女は吹き抜けが見渡せる一画にある休憩用の長椅子に冰に誘うと、彼女の方から切り出した。
「あなた、社長の秘書になったんですってね」
「ええ、まあ……」
「アタシの方はお陰で受付嬢を外されちゃったわ。降格人事っていうのかしら……。あなたに会ったあの後すぐに辞令が出てね」
「……そうだったんだ」
(それってもしかして俺のせいで――?)
ふと、そう思ったが冰は言葉に出して訊くことを躊躇ってしまった。
「まあ、当然だけどね。あなたに失礼な態度をしたんだもの」
「そんな……」
「正直、ショックだったわ。受付嬢は花形だし、入社した時からの夢だったから」
「……そ……だったんですか」
何とも返答に詰まってしまう。だが、彼女は意外にも饒舌に先を続けた。
「でも、今はそれで良かったと思ってるの。アタシの回された部署、営業部で――ノルマはあるし厳しいことも多いんだけどさ。でも……いいこともあったし」
「いいこと?」
「うん。ちょっといいなって思える人に出会って……今うまくいってるんだぁ」
冰はハッと瞳を見開いた。
「もしかして――彼氏ができた……とか?」
「まあね」
わずか照れたように頬を染めてモジモジとうつむく彼女は、あの日の印象とは別人のようだ。
「だから移動になって良かったっていうか、不幸中の幸いっていうのとは……ちょっと違うかもだけど。とにかく良かったって思えてる。それで、あなたの噂も聞いてね。社長の秘書になったって知って驚いたけど。あの時は……その、ごめんね」
「え?」
「初めて会った時、アタシ散々あなたに失礼なこと言っちゃったから気になってたんだぁ」
予想もしていなかった素直な謝罪の言葉に冰は驚いてしまった。
「あ、いや……そんなの全然! 俺の方こそいきなり訪ねて行って悪かったって」
焦る冰に、彼女はその性質を感じたのだろうか、
「あなたっていい人ね。ほんとだったら怒ってても当然なのに……。社長が何で秘書にしたのか分かる気がするなぁ」
長椅子の上で脚をブラブラとさせながら笑ったその表情が、何だかとても穏やかな親近感を感じさせるようだ。――だが、それと同時にどうしてか切なさのようなものを感じてしまうのはなぜだろう。冰は何ともいえない気持ちにさせられてしまった。
もしかしたら、夢見ていた受付嬢から移動させられてしまった彼女の境遇が、冰にとって、周への叶わぬ片想いの気持ちと被るように感じられたからかも知れない。
「あのさ……」
冰は何かに突き動かされるように、自分から話し掛けていた。
「なぁに?」
「その……彼氏と……仲良く……。って、俺が言うのもヘンですけど。……とにかく、あなたが幸せそうで良かったって、そう思って」
ところどころ口籠もりながらも一生懸命な気持ちが伝わったのだろう。彼女はとびきりの笑顔で微笑むと、「ありがと!」と言って頬を染めた。
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