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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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「お前に悪気がねえことくらい分かる。逆に――金をせしめるつもりなんざ、これっぽっちもねえ正直で人の好いヤツだってこともな」
周は言うと、またも楽しげに瞳をゆるめながら口走った。
「職を探してると言ったな。だったら――俺のところで働く気はねえか?」
「え……!?」
冰は驚きに瞳を見開いたままで固まってしまった。意外も意外過ぎて、すぐには言われたことの意味を理解できなかったのだ。
「何て顔してる。ガキみてえなツラだぞ?」
「え!? あ、はい……すみません!」
「――ったく、飽きさせねえヤツだな。黄のじいさんは確かに育て方が上手かったんだろう」
周は冰の性質の良さが気に入ったようだった。
「もう一度尋ねるが、俺の社で働く気はねえかと訊いてる。さっき、どんな職でもいいと言ってただろうが」
「あ、はい……すみません! あまりにも夢みたいな話で……ちょっとビックリしてしまって。あの、俺なんかでよろしければ是非働かせていただきたいです!」
「そうか。だったらよろしく頼む」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
冰はまたしてもガバッと頭を下げて、あまりに勢いをつけたせいで大理石のテーブルの上に頭をぶつけてしまったほどだった。
「おいおい、気を付けろよ?」
痛くなかったか? と、顔を覗き込まれて思わず頬が染まる。声音はやわらかで、少し笑みを帯びていてあたたかい。まるで、『しょうのねえヤツだな』と言わんばかりの笑顔が年の離れた兄さながらだ。なんだか大いなる腕に包まれるような感覚が、むず痒くもあり、わけもなく胸を高鳴らせるのだった。
「す、すみません……。おっちょこちょいなもので」
「いや、お前さんが怪我をしなかったならそれでいい」
ふいと微笑む表情がやさしくて、それ以前に男前過ぎて目のやり場に困ってしまう。視線を泳がせ、対面を直視できずにいる冰とは裏腹に、男前の彼はまたしても驚くようなことを言ってよこした。
「ああ、そうだ。ついでにウチは寮も完備だ」
「……え!?」
「お前さんの部屋は社で用意する。住むところも探す必要がねえってことだ」
そうはいうものの、実際には社員寮などはない。会ったばかりの人間相手に周がそこまで入れ込むのは皆無といっていい。だが、周自身、無意識の内にもこの冰を自分の目の届く範囲に置いておきたいという不思議な願望に突き動かされるような気分だったのだ。むろん、物理的にも周がその気になれば、住む家の一つや二つどうとでもなる意のままというのもある。
「えッ!? 本当ですか? それは有り難いです!」
正直な感想だった。
「ああ。これで職と住まいは揃ったな。あとは食う方だが――それも心配はいらねえ」
「まさか……社食が出る……とか?」
あまりの待遇の良さに、冰の瞳はこれ以上見開けないというくらいまん丸になっている。そんな様子は周にとって堪らなく可愛らしく映ったようだ。
冰は外見だけでいえば顔立ちも端正で、背も周ほどでないにしろ長身といえる。スレンダーではあるが、そこそこ筋肉もあるし、男前という印象だろう。幼い頃にその見目の良さを買ってチンピラ連中が売り飛ばそうとしたくらいだ、そのまま美麗な青年に育ったということなのだろう。
余談だが、先程エントランスで受付嬢の女がホストと間違え、『ちょっと顔がいいからって図々しいわ』と言ったくらいだから、誰が見ても華やかな雰囲気をまとった”いい男”だといえる。周は十二年ぶりに会った冰を見た瞬間から想像通りに育ったなという印象を受けたようだが、外見はともかく内面にも興味を惹かれ始めていた。たった短いやり取りの中で、まさかこんなにも和む気持ちにさせられるとは思っていなかったのだ。このままもっと冰という男を知ってみたいという欲が顔を出したようだった。
「社食――ね。まあ、そんなところだ。それで、いつから来られる?」
笑いを堪えながら訊くと、冰は思った通りの反応で周の興味を更に底上げしたのだった。
「はい! 今日からすぐにでも! どんなことでも一生懸命やります!」
「そうか。だったらちょうどいい。これからちょっと付き合わんか? 仕事内容を説明しがてら茶でもしよう」
「はい――! よろしくお願いします」
目に物くれる速さのトントン拍子である。これでいいのかと戸惑う間もなく、冰の日本での衣食住はいとも簡単に決まってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
周は言うと、またも楽しげに瞳をゆるめながら口走った。
「職を探してると言ったな。だったら――俺のところで働く気はねえか?」
「え……!?」
冰は驚きに瞳を見開いたままで固まってしまった。意外も意外過ぎて、すぐには言われたことの意味を理解できなかったのだ。
「何て顔してる。ガキみてえなツラだぞ?」
「え!? あ、はい……すみません!」
「――ったく、飽きさせねえヤツだな。黄のじいさんは確かに育て方が上手かったんだろう」
周は冰の性質の良さが気に入ったようだった。
「もう一度尋ねるが、俺の社で働く気はねえかと訊いてる。さっき、どんな職でもいいと言ってただろうが」
「あ、はい……すみません! あまりにも夢みたいな話で……ちょっとビックリしてしまって。あの、俺なんかでよろしければ是非働かせていただきたいです!」
「そうか。だったらよろしく頼む」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
冰はまたしてもガバッと頭を下げて、あまりに勢いをつけたせいで大理石のテーブルの上に頭をぶつけてしまったほどだった。
「おいおい、気を付けろよ?」
痛くなかったか? と、顔を覗き込まれて思わず頬が染まる。声音はやわらかで、少し笑みを帯びていてあたたかい。まるで、『しょうのねえヤツだな』と言わんばかりの笑顔が年の離れた兄さながらだ。なんだか大いなる腕に包まれるような感覚が、むず痒くもあり、わけもなく胸を高鳴らせるのだった。
「す、すみません……。おっちょこちょいなもので」
「いや、お前さんが怪我をしなかったならそれでいい」
ふいと微笑む表情がやさしくて、それ以前に男前過ぎて目のやり場に困ってしまう。視線を泳がせ、対面を直視できずにいる冰とは裏腹に、男前の彼はまたしても驚くようなことを言ってよこした。
「ああ、そうだ。ついでにウチは寮も完備だ」
「……え!?」
「お前さんの部屋は社で用意する。住むところも探す必要がねえってことだ」
そうはいうものの、実際には社員寮などはない。会ったばかりの人間相手に周がそこまで入れ込むのは皆無といっていい。だが、周自身、無意識の内にもこの冰を自分の目の届く範囲に置いておきたいという不思議な願望に突き動かされるような気分だったのだ。むろん、物理的にも周がその気になれば、住む家の一つや二つどうとでもなる意のままというのもある。
「えッ!? 本当ですか? それは有り難いです!」
正直な感想だった。
「ああ。これで職と住まいは揃ったな。あとは食う方だが――それも心配はいらねえ」
「まさか……社食が出る……とか?」
あまりの待遇の良さに、冰の瞳はこれ以上見開けないというくらいまん丸になっている。そんな様子は周にとって堪らなく可愛らしく映ったようだ。
冰は外見だけでいえば顔立ちも端正で、背も周ほどでないにしろ長身といえる。スレンダーではあるが、そこそこ筋肉もあるし、男前という印象だろう。幼い頃にその見目の良さを買ってチンピラ連中が売り飛ばそうとしたくらいだ、そのまま美麗な青年に育ったということなのだろう。
余談だが、先程エントランスで受付嬢の女がホストと間違え、『ちょっと顔がいいからって図々しいわ』と言ったくらいだから、誰が見ても華やかな雰囲気をまとった”いい男”だといえる。周は十二年ぶりに会った冰を見た瞬間から想像通りに育ったなという印象を受けたようだが、外見はともかく内面にも興味を惹かれ始めていた。たった短いやり取りの中で、まさかこんなにも和む気持ちにさせられるとは思っていなかったのだ。このままもっと冰という男を知ってみたいという欲が顔を出したようだった。
「社食――ね。まあ、そんなところだ。それで、いつから来られる?」
笑いを堪えながら訊くと、冰は思った通りの反応で周の興味を更に底上げしたのだった。
「はい! 今日からすぐにでも! どんなことでも一生懸命やります!」
「そうか。だったらちょうどいい。これからちょっと付き合わんか? 仕事内容を説明しがてら茶でもしよう」
「はい――! よろしくお願いします」
目に物くれる速さのトントン拍子である。これでいいのかと戸惑う間もなく、冰の日本での衣食住はいとも簡単に決まってしまったのだった。
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