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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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[突然押し掛けた失礼をお許しください]
すると、李という男は少々驚いたようにわずか瞳を見開いた。その傍では受付嬢らが面食らったように固まってしまったのが気配で分かった。
やはり彼女らに広東語は分からないのだろう。冰にとってはこれ幸いである。
別段聞かれて困ることもないが、聞く耳を持たない相手に敢えて聞かせてこじらせることもない。冰は広東語のまま李という人物に用件を告げることにした。
[自分は雪吹冰と申します。周焔さんにお世話になっている者です]
李はその名に聞き覚えがあったのか、更に驚いたように目を見張ると、すぐに広東語で応じてよこした。
[――では黄氏のご子息の……]
[黄をご存知なのですか?]
[――失礼。申し遅れました。私は周焔の秘書をしております李狼珠と申します]
[あ、はい、初めまして。実はその黄が亡くなりまして……。周大人にはたいへんお世話になっていると聞きました。それで、どうしても一目お目に掛かって御礼を申し上げたくて伺いました]
李はひどく驚いたようだった。
[――亡くなられたのですか?]
[ええ。息を引き取る間際にこれまでのことを聞きまして]
[少しお待ちください]
李は言うと、懐から携帯電話を取り出して通話を始めた。おそらく相手は漆黒の男、周焔なのだろう。丁寧な話し方で、たった今冰が告げた内容を伝えているようだった。むろん広東語で――だ。
すると、その様子を窺っていた受付嬢の女が小声でこう言った。
「内緒話だなんて、卑怯なことするのね。外国語で喋るなんて、私たちには言葉が通じないからってバカにしてるのかしら? ほんっと……クズ!」
広東語でのやり取りが気に入らなかったのだろう。と同時に、通話中の李には聞こえないと思ったらしく、冰に向かってきつい眼差しで言い放った。
[お待たせいたしました。ご案内いたします]
通話を終えた李は冰に向かって丁寧に頭を下げると共に、女に向かってひと言、
「それがお客様に対する態度か? キミは今日はもう上がっていい。それから――のちほど配置換えの辞令が下ると思っておくように」
今度は日本語でそう言い、怜悧に一瞥をくれると、すぐに踵を返して冰に道を譲るべく今一度腰を折って深々とお辞儀をしてみせた。
驚いたのは女だ。配置換えと聞いて、受付嬢をクビになると悟ったのだろう。
「待ってください、李さん!」
冰に放った嫌味が聞こえてしまったと思った女の顔色は真っ青になっていた。焦った声を裏返して縋ったが、李が彼女を振り返ることはなかった。
エレベーターが閉まると、
[只今は弊社の者がたいへん失礼をいたしました。どうかご容赦ください]
またしても深々と頭を垂れる。
[いえ……そんな……]
[周焔がお目に掛かります]
エレベーターはペントハウスで止まった。
すると、李という男は少々驚いたようにわずか瞳を見開いた。その傍では受付嬢らが面食らったように固まってしまったのが気配で分かった。
やはり彼女らに広東語は分からないのだろう。冰にとってはこれ幸いである。
別段聞かれて困ることもないが、聞く耳を持たない相手に敢えて聞かせてこじらせることもない。冰は広東語のまま李という人物に用件を告げることにした。
[自分は雪吹冰と申します。周焔さんにお世話になっている者です]
李はその名に聞き覚えがあったのか、更に驚いたように目を見張ると、すぐに広東語で応じてよこした。
[――では黄氏のご子息の……]
[黄をご存知なのですか?]
[――失礼。申し遅れました。私は周焔の秘書をしております李狼珠と申します]
[あ、はい、初めまして。実はその黄が亡くなりまして……。周大人にはたいへんお世話になっていると聞きました。それで、どうしても一目お目に掛かって御礼を申し上げたくて伺いました]
李はひどく驚いたようだった。
[――亡くなられたのですか?]
[ええ。息を引き取る間際にこれまでのことを聞きまして]
[少しお待ちください]
李は言うと、懐から携帯電話を取り出して通話を始めた。おそらく相手は漆黒の男、周焔なのだろう。丁寧な話し方で、たった今冰が告げた内容を伝えているようだった。むろん広東語で――だ。
すると、その様子を窺っていた受付嬢の女が小声でこう言った。
「内緒話だなんて、卑怯なことするのね。外国語で喋るなんて、私たちには言葉が通じないからってバカにしてるのかしら? ほんっと……クズ!」
広東語でのやり取りが気に入らなかったのだろう。と同時に、通話中の李には聞こえないと思ったらしく、冰に向かってきつい眼差しで言い放った。
[お待たせいたしました。ご案内いたします]
通話を終えた李は冰に向かって丁寧に頭を下げると共に、女に向かってひと言、
「それがお客様に対する態度か? キミは今日はもう上がっていい。それから――のちほど配置換えの辞令が下ると思っておくように」
今度は日本語でそう言い、怜悧に一瞥をくれると、すぐに踵を返して冰に道を譲るべく今一度腰を折って深々とお辞儀をしてみせた。
驚いたのは女だ。配置換えと聞いて、受付嬢をクビになると悟ったのだろう。
「待ってください、李さん!」
冰に放った嫌味が聞こえてしまったと思った女の顔色は真っ青になっていた。焦った声を裏返して縋ったが、李が彼女を振り返ることはなかった。
エレベーターが閉まると、
[只今は弊社の者がたいへん失礼をいたしました。どうかご容赦ください]
またしても深々と頭を垂れる。
[いえ……そんな……]
[周焔がお目に掛かります]
エレベーターはペントハウスで止まった。
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