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極道恋浪漫 第二章
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「皇帝様、紫月兄様からです」
冰から受話器を渡されて電話に出ると、紫月の明るい声音が耳元を喜ばせてくれた。
『皇帝様! 今、遼から連絡あってさ、老黄の方には事情を伝えたって! 老黄はお邸に戻ることを承諾してくれたってよ!』
「――爺さんが? そうか、良かった! 世話をかけたな」
焔の声も思わず裏返るほどに逸る。
『そっちはどう? 冰君は何だって?』
「うむ、これからすぐにも連れて帰りたい――」
『そっか! 良かったぜ』
「紫月、ありがとうな。帰ったら改めて礼を言うが、カネやレイさんたちにもありがとうと伝えておいてくれ」
『オッケー! んじゃ、お邸で待ってる!』
紫月との通話を済ませると、焔はじっと冰の瞳を見つめながら言った。
「冰、共に帰ろう」
「皇帝様……」
「もう一度言うが、無理強いする気はない。お前さんの本当の気持ちを聞かせて欲しい」
「僕は……嬉しいです。皇帝様のお側に居たいです」
「そうか。ありがとうな、冰。心配をかけてしまってすまなかったが、今後はそんな思いをさせねえと約束する。ずっと俺の側にいて欲しい」
「はい。はい……皇帝様!」
「冰――。焔だ」
やさしく髪を撫でながらそう言われて、「え?」と目の前の焔を見上げる。
「『皇帝様』というのは――どうもな。焔でよい。そう言ったろう?」
「あ……はい。焔のお兄……」
お兄さん――と言おうとしてそっと唇に形のいい指先が触れた。と同時にゆっくりと首を左右に振って笑む。『お兄さん』はいらないという意味だ。
「ですが、あの……」
焔は冰より十も歳が上だ。さすがに呼び捨てるのは畏れ多いといった表情で戸惑う彼に焔は微笑んだ。とびきりやさしげに瞳を細めて微笑んだ。
「呼びづれえなら老公でも構わんぞ」
「え……!?」
老公、つまり世間的には妻が夫に対するお決まりの呼び方だ。冰はみるみると頬を赤らめると、しどろもどろでうつむいてしまった。
「あの……はい……あの、でもその……」
「まあお前さんの呼びやすいように呼んでくれればよい。だがな、冰――」
俺はそんなふうに呼ばれたいんだ。
その言葉を呑み込んで、クシャクシャっと髪を撫でるに留めた。
「荷物は必要な分だけとりあえず持って行けばいい。引っ越しは明日にでも改めて手配しよう」
今夜から早速邸に戻るつもりでいる焔はウキウキとしてまるで少年のようだ。
ふと、ガス台の上にあった鍋に気がついて焔がハタと歩をとめた。
「冰、こいつは持って行って構わんか?」
「え? ああ、僕のスープ……」
冰にしてみれば気恥ずかしい代物だが、焔にとっては宝物のように感じられるわけだ。
「持って帰って温めよう」
「で、でも……」
「お前さんがこしらえたのだろう? 食ってみたいのだ」
「……う、嬉しいお言葉ですが、お口に合うかどうか……」
「合うに決まってる!」
焔は鍋を大事そうに持ち上げては、「旨そうな匂いだ」と言ってご満悦の表情を見せる。そんなところも悪戯っ子の少年のようで、冰は思わず微笑ましく思えてしまうのだった。
「皇帝様……じゃなくてお兄さんがよろしいのでしたら是非……召し上がってください」
「本当か? そいつは楽しみだ!」
そう思ったら急に腹が鳴るような気がしてきたと笑う笑顔が男前でやさしげで、思わず頬が染まってしまう冰だった。
冰から受話器を渡されて電話に出ると、紫月の明るい声音が耳元を喜ばせてくれた。
『皇帝様! 今、遼から連絡あってさ、老黄の方には事情を伝えたって! 老黄はお邸に戻ることを承諾してくれたってよ!』
「――爺さんが? そうか、良かった! 世話をかけたな」
焔の声も思わず裏返るほどに逸る。
『そっちはどう? 冰君は何だって?』
「うむ、これからすぐにも連れて帰りたい――」
『そっか! 良かったぜ』
「紫月、ありがとうな。帰ったら改めて礼を言うが、カネやレイさんたちにもありがとうと伝えておいてくれ」
『オッケー! んじゃ、お邸で待ってる!』
紫月との通話を済ませると、焔はじっと冰の瞳を見つめながら言った。
「冰、共に帰ろう」
「皇帝様……」
「もう一度言うが、無理強いする気はない。お前さんの本当の気持ちを聞かせて欲しい」
「僕は……嬉しいです。皇帝様のお側に居たいです」
「そうか。ありがとうな、冰。心配をかけてしまってすまなかったが、今後はそんな思いをさせねえと約束する。ずっと俺の側にいて欲しい」
「はい。はい……皇帝様!」
「冰――。焔だ」
やさしく髪を撫でながらそう言われて、「え?」と目の前の焔を見上げる。
「『皇帝様』というのは――どうもな。焔でよい。そう言ったろう?」
「あ……はい。焔のお兄……」
お兄さん――と言おうとしてそっと唇に形のいい指先が触れた。と同時にゆっくりと首を左右に振って笑む。『お兄さん』はいらないという意味だ。
「ですが、あの……」
焔は冰より十も歳が上だ。さすがに呼び捨てるのは畏れ多いといった表情で戸惑う彼に焔は微笑んだ。とびきりやさしげに瞳を細めて微笑んだ。
「呼びづれえなら老公でも構わんぞ」
「え……!?」
老公、つまり世間的には妻が夫に対するお決まりの呼び方だ。冰はみるみると頬を赤らめると、しどろもどろでうつむいてしまった。
「あの……はい……あの、でもその……」
「まあお前さんの呼びやすいように呼んでくれればよい。だがな、冰――」
俺はそんなふうに呼ばれたいんだ。
その言葉を呑み込んで、クシャクシャっと髪を撫でるに留めた。
「荷物は必要な分だけとりあえず持って行けばいい。引っ越しは明日にでも改めて手配しよう」
今夜から早速邸に戻るつもりでいる焔はウキウキとしてまるで少年のようだ。
ふと、ガス台の上にあった鍋に気がついて焔がハタと歩をとめた。
「冰、こいつは持って行って構わんか?」
「え? ああ、僕のスープ……」
冰にしてみれば気恥ずかしい代物だが、焔にとっては宝物のように感じられるわけだ。
「持って帰って温めよう」
「で、でも……」
「お前さんがこしらえたのだろう? 食ってみたいのだ」
「……う、嬉しいお言葉ですが、お口に合うかどうか……」
「合うに決まってる!」
焔は鍋を大事そうに持ち上げては、「旨そうな匂いだ」と言ってご満悦の表情を見せる。そんなところも悪戯っ子の少年のようで、冰は思わず微笑ましく思えてしまうのだった。
「皇帝様……じゃなくてお兄さんがよろしいのでしたら是非……召し上がってください」
「本当か? そいつは楽しみだ!」
そう思ったら急に腹が鳴るような気がしてきたと笑う笑顔が男前でやさしげで、思わず頬が染まってしまう冰だった。
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