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極道恋浪漫 第二章
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その夜、黄老人がカジノの仕事から戻って来ると、冰はすぐに女のことを打ち明けた。むろんのこと、焔にはひと言たりと告げてはいない。
話を聞いた黄老人もまた、自分たちのせいで皇帝殿に不自由な思いをさせているのだと心を痛めたようだった。
「そうか……そんなことがあったのか。確かにわしらはあの御方のご厚意に甘え過ぎていたやも知れんな」
もしかしたらゆくゆくはその女性と結婚などという話が持ち上がるかも知れない。その時に自分たちがお邸に厄介になっていては、焔にとってもその女性にとっても迷惑な話であろう。早々に暇をすべきだろうと老人もそう考えたようだった。
「皇帝殿にはわしからお伝えしておく。明日にもここを出て、元いたアパートに戻れるよう、お前も荷物をまとめておきなさい」
「うん……分かった、じいちゃん」
その夜、荷物をまとめながら冰の気持ちは重かった。
(焔のお兄さん……とてもよくしてくださったなぁ。もうお顔を見ることもできなくなると思うと、ちょっと寂しいけど……)
だが、それも焔の幸せの為だ。
遊郭街から救い出してもらって以来、ひと月余り。この九龍城砦地下街を統治する彼のことだ、多忙な日々の中、同じ邸で暮らしていても顔を合わせられるのは食事の時くらいではあった。だが、会う度にとてもやさしい眼差しを向けてくれたことを思い出す。
ここでの生活には慣れたか? とか、遠慮はいらないから何かあれば気負わず言ってくれとか、本当にあたたかい言葉をかけてくれたものだ。
遊郭街から頭目の羅辰がいなくなったことで婚約話は頓挫したものの、これからも兄弟さながら仲睦まじく暮らしていこうと言ってくれたのだ。
この邸へは親友の遼二も、そして男遊郭の紫月もたまに顔を出しては、幾度となく四人で飲茶のテーブルを囲んだりもした。とても楽しいひと時だったと、今更ながら胸が締め付けられる。
(お兄さん、短い間でしたけれど今まで本当にありがとうございました。会えなくなっても僕はお兄さんの幸せをずっとずっと祈っています。そしていつの日か、きっと恩返しができるように――ディーラーの修行を怠らず勉強を積んでいこうと思います)
黄老人の後を継いで立派なディーラーになり、焔の治めるこの地下遊興街にて微力ながらも役に立てたらいい。その為に日々研鑽を積んでいこうと心に誓った。
荷物を整理し終えて、ほうと深い溜め息をひとつ――。
ベッドへと潜り込み、布団に包まる。
この床で眠るのも最後になると思うと、何とも言えずに心の中を空っ風が吹き抜けるようであった。
話を聞いた黄老人もまた、自分たちのせいで皇帝殿に不自由な思いをさせているのだと心を痛めたようだった。
「そうか……そんなことがあったのか。確かにわしらはあの御方のご厚意に甘え過ぎていたやも知れんな」
もしかしたらゆくゆくはその女性と結婚などという話が持ち上がるかも知れない。その時に自分たちがお邸に厄介になっていては、焔にとってもその女性にとっても迷惑な話であろう。早々に暇をすべきだろうと老人もそう考えたようだった。
「皇帝殿にはわしからお伝えしておく。明日にもここを出て、元いたアパートに戻れるよう、お前も荷物をまとめておきなさい」
「うん……分かった、じいちゃん」
その夜、荷物をまとめながら冰の気持ちは重かった。
(焔のお兄さん……とてもよくしてくださったなぁ。もうお顔を見ることもできなくなると思うと、ちょっと寂しいけど……)
だが、それも焔の幸せの為だ。
遊郭街から救い出してもらって以来、ひと月余り。この九龍城砦地下街を統治する彼のことだ、多忙な日々の中、同じ邸で暮らしていても顔を合わせられるのは食事の時くらいではあった。だが、会う度にとてもやさしい眼差しを向けてくれたことを思い出す。
ここでの生活には慣れたか? とか、遠慮はいらないから何かあれば気負わず言ってくれとか、本当にあたたかい言葉をかけてくれたものだ。
遊郭街から頭目の羅辰がいなくなったことで婚約話は頓挫したものの、これからも兄弟さながら仲睦まじく暮らしていこうと言ってくれたのだ。
この邸へは親友の遼二も、そして男遊郭の紫月もたまに顔を出しては、幾度となく四人で飲茶のテーブルを囲んだりもした。とても楽しいひと時だったと、今更ながら胸が締め付けられる。
(お兄さん、短い間でしたけれど今まで本当にありがとうございました。会えなくなっても僕はお兄さんの幸せをずっとずっと祈っています。そしていつの日か、きっと恩返しができるように――ディーラーの修行を怠らず勉強を積んでいこうと思います)
黄老人の後を継いで立派なディーラーになり、焔の治めるこの地下遊興街にて微力ながらも役に立てたらいい。その為に日々研鑽を積んでいこうと心に誓った。
荷物を整理し終えて、ほうと深い溜め息をひとつ――。
ベッドへと潜り込み、布団に包まる。
この床で眠るのも最後になると思うと、何とも言えずに心の中を空っ風が吹き抜けるようであった。
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