58 / 159
極道恋浪漫 第一章
56
しおりを挟む
「皇帝様や遼の親父さんと会った時も……羨ましいって思ったよ。あんたたちは親子でしっかり信頼し合ってて、すげえあったけえ家族に見えたからさ」
「紫月……」
「親父はここの頭目が住んでる邸の離れに暮らしててな。俺がこの椿楼を任されるようになってからは殆ど顔を合わせることもなくてさ。頭目の下で用心棒とかやって……何かやべえことに手を染めてるんじゃねえかって、そんな心配もあったんだけど、それを確かめることすらできねえまんまだった」
紫月が思う後ろ暗いこととは、用心棒とは名ばかりで何かもっと恐ろしい悪事に加担しているのではないかと薄々そんなふうにも感じていたそうだ。それが病に陥った遊女男娼を始末する役目とは夢にも思わなかったそうだが、例えば頭目と一緒になって阿片などといった麻薬の類を動かす仕事を請け負っていたりしなければいい――そう思っていたそうだ。飛燕の感情を表に出さない接し方が、紫月にはイコール悪事に手を染めていると映っていたわけだ。
だが、面と向かってそれを訊くこともできずに、一人で悶々と不安を抱えてきたのだろう。華やかに見えるこの男遊郭街で高級男娼としての仮面を纏いながら、胸の内には常にそれとは真逆の仄暗い不安を抱えていたということだ。
「紫月、親父さんは――本当はすげえあったっけえお人なんだと思うぜ」
「あったけえ?」
「ああ。この前、朱雀館で会った時な。親父さん、俺のことを見てこう言ったんだ。立派になりやがった――って。俺の頭をクシャクシャって撫でてくれてな」
遼二は飛燕と僚一が親しくしていた頃はまだ三歳になるかならないかの時分だった。
「俺はガキだったし、おめえの親父さんのことは全くと言っていいほど覚えてなかったんだがな。けど、すげえ懐かしそうに話し掛けてくれたんだ。あったかくてやさしい目をしてた」
「やさしい……? あの親父が……?」
「もちろんお前さんにとっては冷たくて何を考えてるか分からねえ部分も確かにあったんだろう。だが、それは遊女や男娼たちを密かに守っていく上で必要なことだったんだろう。と同時にお前さんの安全にも繋がる、そう思ってこられたんじゃねえかとな」
「遼……」
「うちの親父が言ってた。お前さんを男遊郭の頭にして事務方をやらせることで、実際には客を取ったり色を売ったりしなくていいようにと、飛燕さんと頭目の間でそうした条件のようなものを交わしていたんじゃねえかって。でなけりゃお前さんほどの抜きん出た容姿の男を男娼として本格的に売らずにいるわけがねえ。金に強欲な者なら例えどんなに逆らおうが抵抗しようが有無を言わさずそうしたはずだ。だが、飛燕さんは自分が病に罹った遊女や男娼たちの始末という――いわば黒い部分の仕事を引き受けることで頭目を黙らせ、ひいてはお前さんの安全を守ってきたのかも知れねえと」
自分たち父子が日本人であることも、二十四年前に拉致に遭ったことも、苗字すら持たないことにし、何もかもを伏せ続けることで息子の安泰を守っていこうとしていたのだと――。
「なら……そうならそうと言ってくれりゃいいのによ。俺だけナンも知らねえで……のうのうとしてたなんて。そんなに俺、信用ねえのかってさ」
スンと小さく鼻をすする。潤み出した涙を懸命に堪える紫月の肩に、そっと手を掛けた。
「紫月……」
「親父はここの頭目が住んでる邸の離れに暮らしててな。俺がこの椿楼を任されるようになってからは殆ど顔を合わせることもなくてさ。頭目の下で用心棒とかやって……何かやべえことに手を染めてるんじゃねえかって、そんな心配もあったんだけど、それを確かめることすらできねえまんまだった」
紫月が思う後ろ暗いこととは、用心棒とは名ばかりで何かもっと恐ろしい悪事に加担しているのではないかと薄々そんなふうにも感じていたそうだ。それが病に陥った遊女男娼を始末する役目とは夢にも思わなかったそうだが、例えば頭目と一緒になって阿片などといった麻薬の類を動かす仕事を請け負っていたりしなければいい――そう思っていたそうだ。飛燕の感情を表に出さない接し方が、紫月にはイコール悪事に手を染めていると映っていたわけだ。
だが、面と向かってそれを訊くこともできずに、一人で悶々と不安を抱えてきたのだろう。華やかに見えるこの男遊郭街で高級男娼としての仮面を纏いながら、胸の内には常にそれとは真逆の仄暗い不安を抱えていたということだ。
「紫月、親父さんは――本当はすげえあったっけえお人なんだと思うぜ」
「あったけえ?」
「ああ。この前、朱雀館で会った時な。親父さん、俺のことを見てこう言ったんだ。立派になりやがった――って。俺の頭をクシャクシャって撫でてくれてな」
遼二は飛燕と僚一が親しくしていた頃はまだ三歳になるかならないかの時分だった。
「俺はガキだったし、おめえの親父さんのことは全くと言っていいほど覚えてなかったんだがな。けど、すげえ懐かしそうに話し掛けてくれたんだ。あったかくてやさしい目をしてた」
「やさしい……? あの親父が……?」
「もちろんお前さんにとっては冷たくて何を考えてるか分からねえ部分も確かにあったんだろう。だが、それは遊女や男娼たちを密かに守っていく上で必要なことだったんだろう。と同時にお前さんの安全にも繋がる、そう思ってこられたんじゃねえかとな」
「遼……」
「うちの親父が言ってた。お前さんを男遊郭の頭にして事務方をやらせることで、実際には客を取ったり色を売ったりしなくていいようにと、飛燕さんと頭目の間でそうした条件のようなものを交わしていたんじゃねえかって。でなけりゃお前さんほどの抜きん出た容姿の男を男娼として本格的に売らずにいるわけがねえ。金に強欲な者なら例えどんなに逆らおうが抵抗しようが有無を言わさずそうしたはずだ。だが、飛燕さんは自分が病に罹った遊女や男娼たちの始末という――いわば黒い部分の仕事を引き受けることで頭目を黙らせ、ひいてはお前さんの安全を守ってきたのかも知れねえと」
自分たち父子が日本人であることも、二十四年前に拉致に遭ったことも、苗字すら持たないことにし、何もかもを伏せ続けることで息子の安泰を守っていこうとしていたのだと――。
「なら……そうならそうと言ってくれりゃいいのによ。俺だけナンも知らねえで……のうのうとしてたなんて。そんなに俺、信用ねえのかってさ」
スンと小さく鼻をすする。潤み出した涙を懸命に堪える紫月の肩に、そっと手を掛けた。
38
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた異国の貴族の子供であるレイナードは、人質としてアドラー家に送り込まれる。彼の目的は、内情を探ること。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイどころか悪役令息続けられないよ!そんなファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
真面目で熱血漢。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。
受→レイナード
斜陽の家から和平の関係でアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
万華の咲く郷 ~番外編集~
四葩
BL
『万華の咲く郷』番外編集。
現代まで続く吉原で、女性客相手の男役と、男性客相手の女役に別れて働く高級男娼たちのお話です。
各娼妓の過去話SS、番外編まとめ。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切、関係ございません。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる