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極道恋浪漫 第一章
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「さて――お客人方。お相手仕ろうか」
お役目様といわれた男は僚一の首根っこ目掛けて掴み掛かった。しばしは座敷の中で取っ組み合いが成されているような惨たらしい音が室外の廊下に響く。むろんのこと『やらせ』である。
その取っ組み合いの中で僚一は声を顰めて言った。
「飛燕――だな?」
「ああ」
「生きていたか――! さんざっぱら捜したのだぞ」
「そうか……。すまなかったな、僚一――」
男は僚一の腕を掴んだまま耳元で囁いた。
「時間がない。要点だけ伝える。明後日、子の刻に遊郭街から出された塵がこの九龍城砦の外へ運ばれる。どうにか上手く収集業者を装ってそこに居合わせて欲しい。中の塵を必ず確認してくれ」
「――分かった。必ず確かめよう」
ところで今はどこでどうしているのだと訊く。すると、飛燕は瞳を細めてこう言った。
「お前さんなら――あるいは既にお察しだろう。私のことは心配ない。それよりも――紫月のことを頼む」
時間がないというのは事実なのだろう。通常、客が暴れた程度の仲裁に、そう長々と時間を掛ける飛燕ではないからだ。あまりに遅くなれば頭目の羅辰から怪しまれるというところなのだろう。
「ではやはり――あの紫月はお前さんの――」
「ああ、その通りだ」
「そうか。彼のことは引き受けた。それからこいつを――」
飲み代に加えて暴れた分も色をつけて現金を握らせる。
「すまぬな、僚一。世話をかける」
飛燕はうなずくと、去り際、遼二を一瞥して瞳を細めた。
「遼二坊か。立派になりやがった」
クシャっとその髪を撫で、ほんのわずかに口角を上げると、
「これに懲りたら二度とツラを見せんことだ!」
今度はわざと外に聞こえるように声を張り上げて、父子の襟首を掴んで館の外へと引き摺り出した。
「主人、金はこの通り回収した。暴れた分も上乗せしてあるから案ずるな。こいつらをつまみ出せ」
僚一から奪い取った――というよりも預かったという方が正しいか、それ相応の現金を主人らに手渡すと同時に顎でしゃくってそう言い、文字通り『役目』を終えて静かに館を後にして行った。
「お役目様、ありがとうございます! ありがとうございます!」
館の主人らのそんな声を聞きながら僚一と遼二もまた、逃げるようにその場を去ったのだった。
◇ ◇ ◇
その後、万が一の補佐として同道していた源次郎とも合流すると、僚一と遼二の父子は焔の邸へと向かった。
「ご苦労だったな。それで――紫月の親父さんとは会えたのか?」
邸では焔が労いの晩膳を用意して待っていてくれた。
「ああ、お陰でこっちは予定通り飛燕と会えた」
「そうか!」
「紫月の方はどうだ」
「ああ、こっちも心配ない。特には何も憂い事は起こらなかった」
「そうか。今は椿楼か?」
「ああ、李と劉が客を装ってついてくれている」
焔側近の李と劉は精鋭中の精鋭だ。彼らに任せておけばまず心配はない。
「それで? どうだったのだ。紫月の親父さんとやらは」
焔とて経緯が気に掛かるのだろう。僚一は有り難く晩膳をいただきながら飛燕から言伝ったことを話して聞かせたのだった。
「ふむ、なるほど――。明後日の晩か。しかし遊郭街から出された塵を調べろとはどういうことなんだ? その塵の中に何かこちらに渡したい情報でも紛れ込ませようというわけか」
九龍城砦を治める焔とて、毎日のように各所から出る塵の内容まではさすがに把握していない。この地下街で集められた塵は地上世界と同様に収集車によって回収され、処理されるのみだ。
そんな塵の中を必ず確かめてくれと言うからには、よほど重要な物が混入しているとしか思えない。しかも飛燕はその中身が何なのかを告げずに立ち去ってしまったのだ。
「とにかくは明後日の晩を待つしかねえ。焔、その晩は俺たちが収集業者と代わることができるか?」
「ああ、構わん。収集業者には二日ばかり暇を出そう。俺も付き合うぞ」
こうして皆は飛燕から託された何かを待つ形となったのだった。
◇ ◇ ◇
お役目様といわれた男は僚一の首根っこ目掛けて掴み掛かった。しばしは座敷の中で取っ組み合いが成されているような惨たらしい音が室外の廊下に響く。むろんのこと『やらせ』である。
その取っ組み合いの中で僚一は声を顰めて言った。
「飛燕――だな?」
「ああ」
「生きていたか――! さんざっぱら捜したのだぞ」
「そうか……。すまなかったな、僚一――」
男は僚一の腕を掴んだまま耳元で囁いた。
「時間がない。要点だけ伝える。明後日、子の刻に遊郭街から出された塵がこの九龍城砦の外へ運ばれる。どうにか上手く収集業者を装ってそこに居合わせて欲しい。中の塵を必ず確認してくれ」
「――分かった。必ず確かめよう」
ところで今はどこでどうしているのだと訊く。すると、飛燕は瞳を細めてこう言った。
「お前さんなら――あるいは既にお察しだろう。私のことは心配ない。それよりも――紫月のことを頼む」
時間がないというのは事実なのだろう。通常、客が暴れた程度の仲裁に、そう長々と時間を掛ける飛燕ではないからだ。あまりに遅くなれば頭目の羅辰から怪しまれるというところなのだろう。
「ではやはり――あの紫月はお前さんの――」
「ああ、その通りだ」
「そうか。彼のことは引き受けた。それからこいつを――」
飲み代に加えて暴れた分も色をつけて現金を握らせる。
「すまぬな、僚一。世話をかける」
飛燕はうなずくと、去り際、遼二を一瞥して瞳を細めた。
「遼二坊か。立派になりやがった」
クシャっとその髪を撫で、ほんのわずかに口角を上げると、
「これに懲りたら二度とツラを見せんことだ!」
今度はわざと外に聞こえるように声を張り上げて、父子の襟首を掴んで館の外へと引き摺り出した。
「主人、金はこの通り回収した。暴れた分も上乗せしてあるから案ずるな。こいつらをつまみ出せ」
僚一から奪い取った――というよりも預かったという方が正しいか、それ相応の現金を主人らに手渡すと同時に顎でしゃくってそう言い、文字通り『役目』を終えて静かに館を後にして行った。
「お役目様、ありがとうございます! ありがとうございます!」
館の主人らのそんな声を聞きながら僚一と遼二もまた、逃げるようにその場を去ったのだった。
◇ ◇ ◇
その後、万が一の補佐として同道していた源次郎とも合流すると、僚一と遼二の父子は焔の邸へと向かった。
「ご苦労だったな。それで――紫月の親父さんとは会えたのか?」
邸では焔が労いの晩膳を用意して待っていてくれた。
「ああ、お陰でこっちは予定通り飛燕と会えた」
「そうか!」
「紫月の方はどうだ」
「ああ、こっちも心配ない。特には何も憂い事は起こらなかった」
「そうか。今は椿楼か?」
「ああ、李と劉が客を装ってついてくれている」
焔側近の李と劉は精鋭中の精鋭だ。彼らに任せておけばまず心配はない。
「それで? どうだったのだ。紫月の親父さんとやらは」
焔とて経緯が気に掛かるのだろう。僚一は有り難く晩膳をいただきながら飛燕から言伝ったことを話して聞かせたのだった。
「ふむ、なるほど――。明後日の晩か。しかし遊郭街から出された塵を調べろとはどういうことなんだ? その塵の中に何かこちらに渡したい情報でも紛れ込ませようというわけか」
九龍城砦を治める焔とて、毎日のように各所から出る塵の内容まではさすがに把握していない。この地下街で集められた塵は地上世界と同様に収集車によって回収され、処理されるのみだ。
そんな塵の中を必ず確かめてくれと言うからには、よほど重要な物が混入しているとしか思えない。しかも飛燕はその中身が何なのかを告げずに立ち去ってしまったのだ。
「とにかくは明後日の晩を待つしかねえ。焔、その晩は俺たちが収集業者と代わることができるか?」
「ああ、構わん。収集業者には二日ばかり暇を出そう。俺も付き合うぞ」
こうして皆は飛燕から託された何かを待つ形となったのだった。
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