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極道恋浪漫 第一章
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逆に考えれば、飛燕が引退する頃には紫月の方が年頃に育ってきていることになる。父親の後を継ぐ形で、今は紫月が高級男娼としての役目を担っているということになるのか――。
とにかく僚一はすぐにも紫月に会って事情を聞きたいと言った。
「分かりました。では紫月に連絡を取ってここへ呼びましょう」
焔が手配をしてくれると言った矢先だった。なんとその紫月が謝罪という名目で焔邸を訪ねて来たと言って家令が報告にやって来たのだ。
「紫月が? そいつぁちょうどいい!」
皆は――とかく僚一は――逸る気持ちで対面を待ったのだった。
◇ ◇ ◇
焔邸、応接室――。
当の紫月は焔と遼二の他にも隼や僚一といった見慣れない人物が顔を揃えていることに驚いたようだったが、それぞれの父親たちだと聞いて納得した様子だった。
「紫月といったな。此度は黄の息子の件について、たいそう世話になった。私からもこの通り礼を申し上げる」
香港マフィアのトップである周隼から丁寧な言葉を掛けられて、紫月は恐縮していた。
「滅相もございません。この度のことは当方の手落ちでございましたゆえ」
まさかディーラーの黄氏のご子息だったとはと言って、紫月もまた丁重に詫びの言葉を口にした。
「ところで紫月――。この僚一がお前さんに二、三尋ねたいことがあると言ってな」
隼はそう言って僚一を紹介した。
僚一もまた、この紫月という男を感慨深げに見つめながら挨拶を口にした。
「私は鐘崎僚一という。遼二の父だ。先頃は息子たちが世話になった」
「いえ――こちらこそご子息方のお陰であの冰君を無事にお返しできたことに安堵いたしております」
「ふむ。それもこれもお前さんの尋常ならぬ理解のお陰だ。実はな、お前さんに少々尋ねたいことがあるのだ。お前さんは幼い頃からあの遊郭街で育ったそうだな?」
「はい、左様で」
「尋ねたいことというのは親御さんのことだ。差し支えなければどのようにしてあの遊郭街に住み着くことになったのかを教えて欲しいのだ」
それを聞いて紫月はわずか言葉を飲み込んだようであった。
「……私は物心ついた時には既に遊郭街で暮らしておりましたゆえ、どういった経緯であの街に来たのかということは……残念ながらよく分かりません。母は私が生まれて間もなく病で他界したと聞きましたし」
「――ではお父上はご健勝であられるのかな?」
「父……でございますか?」
「そう、お父上だ」
「ええ、まあ……」
「では、今はお父上と二人で暮らしていると?」
「……いえ。私は男遊郭の雑務を束ねる身の上、住んでいる邸は別々でございます」
「別邸か。だがお父上も遊郭街には居るのだな?」
「はい――」
なぜにそんなことを訊くのか――と、紫月は戸惑ったように視線を泳がせた。
構わずに僚一が続けた。
「お父上の名は何と申される」
「……父の名でございますか?」
「そうだ。不躾な質問と思われるかも知れまいが、差し支えなければ教えていただけないだろうか」
「は……、父は……フェイェン――と申します」
「苗字は?」
「……苗字はございません。私ども遊郭街に住む者にとって、苗字というのは必要ないのだと教えられて育ちましたゆえ」
もしかしたら本来は苗字があるのかも知れないが、遊郭街で暮らすようになって以来、苗字というものは不要と教えられていたそうだ。つまり紫月自身は苗字そのものが何というのかすら知らないで育ったということらしい。
とにかく僚一はすぐにも紫月に会って事情を聞きたいと言った。
「分かりました。では紫月に連絡を取ってここへ呼びましょう」
焔が手配をしてくれると言った矢先だった。なんとその紫月が謝罪という名目で焔邸を訪ねて来たと言って家令が報告にやって来たのだ。
「紫月が? そいつぁちょうどいい!」
皆は――とかく僚一は――逸る気持ちで対面を待ったのだった。
◇ ◇ ◇
焔邸、応接室――。
当の紫月は焔と遼二の他にも隼や僚一といった見慣れない人物が顔を揃えていることに驚いたようだったが、それぞれの父親たちだと聞いて納得した様子だった。
「紫月といったな。此度は黄の息子の件について、たいそう世話になった。私からもこの通り礼を申し上げる」
香港マフィアのトップである周隼から丁寧な言葉を掛けられて、紫月は恐縮していた。
「滅相もございません。この度のことは当方の手落ちでございましたゆえ」
まさかディーラーの黄氏のご子息だったとはと言って、紫月もまた丁重に詫びの言葉を口にした。
「ところで紫月――。この僚一がお前さんに二、三尋ねたいことがあると言ってな」
隼はそう言って僚一を紹介した。
僚一もまた、この紫月という男を感慨深げに見つめながら挨拶を口にした。
「私は鐘崎僚一という。遼二の父だ。先頃は息子たちが世話になった」
「いえ――こちらこそご子息方のお陰であの冰君を無事にお返しできたことに安堵いたしております」
「ふむ。それもこれもお前さんの尋常ならぬ理解のお陰だ。実はな、お前さんに少々尋ねたいことがあるのだ。お前さんは幼い頃からあの遊郭街で育ったそうだな?」
「はい、左様で」
「尋ねたいことというのは親御さんのことだ。差し支えなければどのようにしてあの遊郭街に住み着くことになったのかを教えて欲しいのだ」
それを聞いて紫月はわずか言葉を飲み込んだようであった。
「……私は物心ついた時には既に遊郭街で暮らしておりましたゆえ、どういった経緯であの街に来たのかということは……残念ながらよく分かりません。母は私が生まれて間もなく病で他界したと聞きましたし」
「――ではお父上はご健勝であられるのかな?」
「父……でございますか?」
「そう、お父上だ」
「ええ、まあ……」
「では、今はお父上と二人で暮らしていると?」
「……いえ。私は男遊郭の雑務を束ねる身の上、住んでいる邸は別々でございます」
「別邸か。だがお父上も遊郭街には居るのだな?」
「はい――」
なぜにそんなことを訊くのか――と、紫月は戸惑ったように視線を泳がせた。
構わずに僚一が続けた。
「お父上の名は何と申される」
「……父の名でございますか?」
「そうだ。不躾な質問と思われるかも知れまいが、差し支えなければ教えていただけないだろうか」
「は……、父は……フェイェン――と申します」
「苗字は?」
「……苗字はございません。私ども遊郭街に住む者にとって、苗字というのは必要ないのだと教えられて育ちましたゆえ」
もしかしたら本来は苗字があるのかも知れないが、遊郭街で暮らすようになって以来、苗字というものは不要と教えられていたそうだ。つまり紫月自身は苗字そのものが何というのかすら知らないで育ったということらしい。
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