46 / 112
極道恋浪漫 第一章
44
しおりを挟む
逆に考えれば、飛燕が引退する頃には紫月の方が年頃に育ってきていることになる。父親の後を継ぐ形で、今は紫月が高級男娼としての役目を担っているということになるのか――。
とにかく僚一はすぐにも紫月に会って事情を聞きたいと言った。
「分かりました。では紫月に連絡を取ってここへ呼びましょう」
焔が手配をしてくれると言った矢先だった。なんとその紫月が謝罪という名目で焔邸を訪ねて来たと言って家令が報告にやって来たのだ。
「紫月が? そいつぁちょうどいい!」
皆は――とかく僚一は――逸る気持ちで対面を待ったのだった。
◇ ◇ ◇
焔邸、応接室――。
当の紫月は焔と遼二の他にも隼や僚一といった見慣れない人物が顔を揃えていることに驚いたようだったが、それぞれの父親たちだと聞いて納得した様子だった。
「紫月といったな。此度は黄の息子の件について、たいそう世話になった。私からもこの通り礼を申し上げる」
香港マフィアのトップである周隼から丁寧な言葉を掛けられて、紫月は恐縮していた。
「滅相もございません。この度のことは当方の手落ちでございましたゆえ」
まさかディーラーの黄氏のご子息だったとはと言って、紫月もまた丁重に詫びの言葉を口にした。
「ところで紫月――。この僚一がお前さんに二、三尋ねたいことがあると言ってな」
隼はそう言って僚一を紹介した。
僚一もまた、この紫月という男を感慨深げに見つめながら挨拶を口にした。
「私は鐘崎僚一という。遼二の父だ。先頃は息子たちが世話になった」
「いえ――こちらこそご子息方のお陰であの冰君を無事にお返しできたことに安堵いたしております」
「ふむ。それもこれもお前さんの尋常ならぬ理解のお陰だ。実はな、お前さんに少々尋ねたいことがあるのだ。お前さんは幼い頃からあの遊郭街で育ったそうだな?」
「はい、左様で」
「尋ねたいことというのは親御さんのことだ。差し支えなければどのようにしてあの遊郭街に住み着くことになったのかを教えて欲しいのだ」
それを聞いて紫月はわずか言葉を飲み込んだようであった。
「……私は物心ついた時には既に遊郭街で暮らしておりましたゆえ、どういった経緯であの街に来たのかということは……残念ながらよく分かりません。母は私が生まれて間もなく病で他界したと聞きましたし」
「――ではお父上はご健勝であられるのかな?」
「父……でございますか?」
「そう、お父上だ」
「ええ、まあ……」
「では、今はお父上と二人で暮らしていると?」
「……いえ。私は男遊郭の雑務を束ねる身の上、住んでいる邸は別々でございます」
「別邸か。だがお父上も遊郭街には居るのだな?」
「はい――」
なぜにそんなことを訊くのか――と、紫月は戸惑ったように視線を泳がせた。
構わずに僚一が続けた。
「お父上の名は何と申される」
「……父の名でございますか?」
「そうだ。不躾な質問と思われるかも知れまいが、差し支えなければ教えていただけないだろうか」
「は……、父は……フェイェン――と申します」
「苗字は?」
「……苗字はございません。私ども遊郭街に住む者にとって、苗字というのは必要ないのだと教えられて育ちましたゆえ」
もしかしたら本来は苗字があるのかも知れないが、遊郭街で暮らすようになって以来、苗字というものは不要と教えられていたそうだ。つまり紫月自身は苗字そのものが何というのかすら知らないで育ったということらしい。
とにかく僚一はすぐにも紫月に会って事情を聞きたいと言った。
「分かりました。では紫月に連絡を取ってここへ呼びましょう」
焔が手配をしてくれると言った矢先だった。なんとその紫月が謝罪という名目で焔邸を訪ねて来たと言って家令が報告にやって来たのだ。
「紫月が? そいつぁちょうどいい!」
皆は――とかく僚一は――逸る気持ちで対面を待ったのだった。
◇ ◇ ◇
焔邸、応接室――。
当の紫月は焔と遼二の他にも隼や僚一といった見慣れない人物が顔を揃えていることに驚いたようだったが、それぞれの父親たちだと聞いて納得した様子だった。
「紫月といったな。此度は黄の息子の件について、たいそう世話になった。私からもこの通り礼を申し上げる」
香港マフィアのトップである周隼から丁寧な言葉を掛けられて、紫月は恐縮していた。
「滅相もございません。この度のことは当方の手落ちでございましたゆえ」
まさかディーラーの黄氏のご子息だったとはと言って、紫月もまた丁重に詫びの言葉を口にした。
「ところで紫月――。この僚一がお前さんに二、三尋ねたいことがあると言ってな」
隼はそう言って僚一を紹介した。
僚一もまた、この紫月という男を感慨深げに見つめながら挨拶を口にした。
「私は鐘崎僚一という。遼二の父だ。先頃は息子たちが世話になった」
「いえ――こちらこそご子息方のお陰であの冰君を無事にお返しできたことに安堵いたしております」
「ふむ。それもこれもお前さんの尋常ならぬ理解のお陰だ。実はな、お前さんに少々尋ねたいことがあるのだ。お前さんは幼い頃からあの遊郭街で育ったそうだな?」
「はい、左様で」
「尋ねたいことというのは親御さんのことだ。差し支えなければどのようにしてあの遊郭街に住み着くことになったのかを教えて欲しいのだ」
それを聞いて紫月はわずか言葉を飲み込んだようであった。
「……私は物心ついた時には既に遊郭街で暮らしておりましたゆえ、どういった経緯であの街に来たのかということは……残念ながらよく分かりません。母は私が生まれて間もなく病で他界したと聞きましたし」
「――ではお父上はご健勝であられるのかな?」
「父……でございますか?」
「そう、お父上だ」
「ええ、まあ……」
「では、今はお父上と二人で暮らしていると?」
「……いえ。私は男遊郭の雑務を束ねる身の上、住んでいる邸は別々でございます」
「別邸か。だがお父上も遊郭街には居るのだな?」
「はい――」
なぜにそんなことを訊くのか――と、紫月は戸惑ったように視線を泳がせた。
構わずに僚一が続けた。
「お父上の名は何と申される」
「……父の名でございますか?」
「そうだ。不躾な質問と思われるかも知れまいが、差し支えなければ教えていただけないだろうか」
「は……、父は……フェイェン――と申します」
「苗字は?」
「……苗字はございません。私ども遊郭街に住む者にとって、苗字というのは必要ないのだと教えられて育ちましたゆえ」
もしかしたら本来は苗字があるのかも知れないが、遊郭街で暮らすようになって以来、苗字というものは不要と教えられていたそうだ。つまり紫月自身は苗字そのものが何というのかすら知らないで育ったということらしい。
40
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
瞳の代償 〜片目を失ったらイケメンたちと同居生活が始まりました〜
Kei
BL
昨年の春から上京して都内の大学に通い一人暮らしを始めた大学2年生の黒崎水樹(男です)。無事試験が終わり夏休みに突入したばかりの頃、水樹は同じ大学に通う親友の斎藤大貴にバンドの地下ライブに誘われる。熱狂的なライブは無事に終了したかに思えたが、……
「え!?そんな物までファンサで投げるの!?」
この物語は何処にでもいる(いや、アイドル並みの可愛さの)男子大学生が流れに流されいつのまにかイケメンの男性たちと同居生活を送る話です。
流血表現がありますが苦手な人はご遠慮ください。また、男性同士の恋愛シーンも含まれます。こちらも苦手な方は今すぐにホームボタンを押して逃げてください。
もし、もしかしたらR18が入る、可能性がないこともないかもしれません。
誤字脱字の指摘ありがとうございます
極道恋事情
一園木蓮
BL
極道、マフィアといった裏社会に生きる男たちが心底惚れ込んだ恋人を溺愛する恋模様。
事件あり、恋の横槍ありの紆余曲折の中、最愛の恋人と最高の友と共に難題を切り開いていくエピソード毎の読み切り連作です。
香港マフィア頭領の次男坊(周焔白龍)×天才ディーラーに育てられた天涯孤独の青年(雪吹冰)のカップリングと、腕の達つ始末屋として日本の裏社会に生きる極道(鐘崎遼二)×道場経営者の一人息子(一之宮紫月)という2組のカップルたちの恋模様と友情を綴っていきます。
※表紙イラスト:芳乃 カオル様
※裏社会といってもBL&MLファンタジーの世界観での話として妄想しています。すべてフィクションで、実在の地名、人物名、役職名とは全く関係がございません。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
裏切りの蜜は甘く 【完結】
Toys
BL
極道の家の次男は、幼い頃から完璧と言われる兄がいる為誰にも見向きもされなかった。
将来は兄を支えろと人生のレールを敷かれ彼は一人留学させられた。
大学生になり、日本に戻って早3年。
来年には盃を交わし極道の道へ入れられる。
常に誰にも媚びる事をせず、どんな事があっても顔色一つ変えず対処してしまう彼を組員の中には実際は憧れる者も多くいた。
そんな淡々と繰り返す日々に終止符が降りたのは、若頭の兄が一人の少年を連れてきた事だった
※暴力 グロい表現有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる