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極道恋浪漫 第一章
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それは今から四半世紀ほど前のことだったそうだ。
「あれは遼二が三歳になってすぐの頃だった。俺の懇意にしていた男が突然失踪するという事件が起こったんだ」
「失踪? 親父の知り合いが――か?」
「そうだ。ヤツは非常に腕の達つ男でな。家が代々寺を護っていて、親父さんも爺さんも住職をしていた」
「住職――ってーと、その人も坊さんだったわけか?」
「いや。ヤツは坊さんになるつもりはないようだった。腕の達つ男だったと言ったろう? 当時、寺では近所の子供たちを集めて武道を教えていたんだが、ヤツは師範としてそっちの方に尽力していたんだ。ゆくゆくは独り立ちして本格的な道場を構えたいというのがヤツの口癖だったな」
鐘崎家はその寺の檀家だった為、彼のことは学生時代から知っていたそうだ。歳は僚一のひとつ下で、同年代だったことから自然と懇意になっていったらしい。
「俺もこの稼業だ。武道には興味があったからな。話も合って、よく一緒に稽古をしたもんだ」
そんな彼がやはり檀家だった家の娘を娶ったのは遼二が生まれてすぐの頃だったという。数年の後には彼にも息子ができて、いよいよ道場を開く夢を実現せんと張り切っていた矢先に妻が病で亡くなってしまったのだそうだ。
「奥さんが亡くなったのは赤子を生んで間もなくのことだった。ヤツは酷く悲しんで、俺は掛ける言葉も見つからなかった」
彼は妻と新婚旅行で訪れた香港の地を赤子にも見せてやりたい、それが妻と過ごした一番幸せな時期の思い出だったからと言って香港への旅行を決めたそうだ。そしてそれきり帰って来なかったという。
「俺は香港に飛び、方々を捜して歩いた。何かの事件に巻き込まれた可能性も考えて、仕事の合間に香港以外の近隣諸国も回った。だが一向にヤツの消息は掴めなかった」
僚一の情報網は広い。裏の世界での人脈も然りで、そんな彼の捜索を以てしても捜し出せなかったとなれば相当なものだ。
「十中八九、ヤツは事件に巻き込まれたんだと思った。数年経つ頃には――既にこの世にはいない可能性も脳裏を過るようになったものだ……」
それでも僚一は、未だに仕事で各国を回る際には必ず彼を捜して歩くのだと言った。懐に忍ばせていた写真はその為だ。つまり写っているのは紫月ではなく、紫月の父親の方だということになる。
「じゃあ……もしかして、その人の息子ってのが紫月だとでも……いうわけか?」
確かに顔立ちはよく似ている。言われなければ遼二も焔も紫月だと思ったくらいだから、他人の空似とは程遠いだろう。写真の彼が紫月本人でないなら親子という他ない。
「実はな、ヤツが赤子につけた名が『紫月』といったんだ。それに――紫月が生まれた日、寺の境内には見事なほどの紅椿の花が咲き誇っていてな」
椿楼、紫月――。それゆえ僚一は名刺を見て思うところがあったのだそうだ。
「あれは遼二が三歳になってすぐの頃だった。俺の懇意にしていた男が突然失踪するという事件が起こったんだ」
「失踪? 親父の知り合いが――か?」
「そうだ。ヤツは非常に腕の達つ男でな。家が代々寺を護っていて、親父さんも爺さんも住職をしていた」
「住職――ってーと、その人も坊さんだったわけか?」
「いや。ヤツは坊さんになるつもりはないようだった。腕の達つ男だったと言ったろう? 当時、寺では近所の子供たちを集めて武道を教えていたんだが、ヤツは師範としてそっちの方に尽力していたんだ。ゆくゆくは独り立ちして本格的な道場を構えたいというのがヤツの口癖だったな」
鐘崎家はその寺の檀家だった為、彼のことは学生時代から知っていたそうだ。歳は僚一のひとつ下で、同年代だったことから自然と懇意になっていったらしい。
「俺もこの稼業だ。武道には興味があったからな。話も合って、よく一緒に稽古をしたもんだ」
そんな彼がやはり檀家だった家の娘を娶ったのは遼二が生まれてすぐの頃だったという。数年の後には彼にも息子ができて、いよいよ道場を開く夢を実現せんと張り切っていた矢先に妻が病で亡くなってしまったのだそうだ。
「奥さんが亡くなったのは赤子を生んで間もなくのことだった。ヤツは酷く悲しんで、俺は掛ける言葉も見つからなかった」
彼は妻と新婚旅行で訪れた香港の地を赤子にも見せてやりたい、それが妻と過ごした一番幸せな時期の思い出だったからと言って香港への旅行を決めたそうだ。そしてそれきり帰って来なかったという。
「俺は香港に飛び、方々を捜して歩いた。何かの事件に巻き込まれた可能性も考えて、仕事の合間に香港以外の近隣諸国も回った。だが一向にヤツの消息は掴めなかった」
僚一の情報網は広い。裏の世界での人脈も然りで、そんな彼の捜索を以てしても捜し出せなかったとなれば相当なものだ。
「十中八九、ヤツは事件に巻き込まれたんだと思った。数年経つ頃には――既にこの世にはいない可能性も脳裏を過るようになったものだ……」
それでも僚一は、未だに仕事で各国を回る際には必ず彼を捜して歩くのだと言った。懐に忍ばせていた写真はその為だ。つまり写っているのは紫月ではなく、紫月の父親の方だということになる。
「じゃあ……もしかして、その人の息子ってのが紫月だとでも……いうわけか?」
確かに顔立ちはよく似ている。言われなければ遼二も焔も紫月だと思ったくらいだから、他人の空似とは程遠いだろう。写真の彼が紫月本人でないなら親子という他ない。
「実はな、ヤツが赤子につけた名が『紫月』といったんだ。それに――紫月が生まれた日、寺の境内には見事なほどの紅椿の花が咲き誇っていてな」
椿楼、紫月――。それゆえ僚一は名刺を見て思うところがあったのだそうだ。
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