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極道恋浪漫 第一章
34 婚姻が決まる
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その日の午後、邸へと戻った焔と遼二は、砦を出てファミリーの拠点たる香港一の高楼へと向かった。
冰が誘拐された経緯と共に、彼を救い出す算段を耳にした父の隼は、その大胆な発想に驚いたようだ。
「ふむ――、確かに策としては悪くはない。だが焔、お前は本当にそれで良いのか?」
隼とてあの遊郭街が一筋縄ではいかないことを重々承知している。婚姻という突飛な手段でもとらないことには、一度遊郭に入った者を連れ戻す術が難しいこともむろんのこと承知だ。
ただ、隼が気掛かりなのはやはり息子の将来を大きく左右することになってしまうだろうという危惧だ。如何に少年を救い出す為とはいえ、婚姻という人生の大切な決断を簡単に決めさせてしまってもいいのかと迷うのは親心だろう。
だが、焔はきっぱりとした態度で案ずるには及ばないと言い切った。
「父上のお気持ちは本当に有り難く存じます。ご心配をお掛けするだろうことも承知ですが、私自身実際にあの冰という少年に会って、この婚姻が単にあのボウズを救い出す為の策であるというだけではない思いが生じました。あのボウズは心根のやさしい人間です。ヤツとなら――夫婦という枠に捉われずとも、兄弟や肉親として人生を共にできると思えたのです」
元々、焔は自身の人生に於いて妻を娶ることを考えてこなかった男だ。今までは両親にも親友の遼二にもそんな話をしたことはなかったが、自身の気持ちの中ではそう決めていた感があった。それというのも、彼が妾腹として生まれた生い立ちに起因していたからだ。
継母と兄は妾の子である自分にこの上なく良くしてくれた。二人は妾という立場である実母のことも本当の家族だと言って仲睦まじく接してくれた。普通ならば考えられないくらい奇特な厚情をかけてくれたのだ。その多大なる恩に報いる為にも、焔は生涯ファミリーの為だけに尽くしていこうと誓って生きてきたのだ。
自分がこの世に生まれ出た意味があるとするなら、それは家族の恩に報いる為だ。例えば恋愛をしたとても妻は娶らない。妻を持てば子が生まれる可能性が高いからだ。そうなれば今以上に後継争いについて難儀な問題が持ち上がってくるのは目に見えている。
兄の風には既に妻がおり、その妻も懐妊が分かったばかりだ。次代を継ぐ頭領と姐としての未来が約束されている。もしも自分が結婚して子が出来れば、周囲は間違いなく兄夫婦の子との後継争いを想像することだろう。
ドロドロとした思惑に巻き込まれ、生まれ出た子に命の危険が迫ることとて有り得ない話ではない。挙句は周家を真っ二つに分けるほどの戦となるやも知れないのだ。
そうした諸々の可能性を鑑みても、焔は幸せな家庭を築いて妾腹の子である自身の子孫を残すことに遠慮と憂いがあったのだ。
ゆえに冰を救い出す為の策として、同性である彼を娶ることにもさして抵抗を感じなかったといえる。実際に会って言葉を交わした冰は気立ての良く、心根のやさしい性質だった。世間一般の夫婦のように愛し合う伴侶にならずとも、あの冰となら兄弟のようにして人生を共にするのも幸せなのではないかと思えるのだった。
「ふむ、あの黄が育てた息子なら確かに善良な子なのだろうが……。焔――。本当に良いのか?」
「はい」
迷いのない瞳で焔はうなずいた。
「――分かった。ではお前と共に私も遊郭街に参じるとしよう」
隼自ら頭目という男に直談判に出向くと言う。焔は父の手を煩わせることに恐縮したが、隼はそれこそ自分が出ていくのが当然だと言って同行を決めた。
ところがそんな気遣いもこの後そう時を待たずしてあっけなく解決することとなる。男遊郭を束ねる紫月が既に手を回してくれていたからだ。彼は焔らが冰を迎えにやって来る前に、いち早く遊郭街を仕切る頭目の元に馳せ参じてくれていた。
今回の策は確かに有効な案とはいえ、これが冰を救い出す為に仕組まれた偽の企てと知れては一大事だ。嘘がバレればそれこそ頭目は黙っていないだろうからだ。とにかくは頭目を納得させる為、紫月も腹を据えて説得に取り掛かったのだった。
◇ ◇ ◇
冰が誘拐された経緯と共に、彼を救い出す算段を耳にした父の隼は、その大胆な発想に驚いたようだ。
「ふむ――、確かに策としては悪くはない。だが焔、お前は本当にそれで良いのか?」
隼とてあの遊郭街が一筋縄ではいかないことを重々承知している。婚姻という突飛な手段でもとらないことには、一度遊郭に入った者を連れ戻す術が難しいこともむろんのこと承知だ。
ただ、隼が気掛かりなのはやはり息子の将来を大きく左右することになってしまうだろうという危惧だ。如何に少年を救い出す為とはいえ、婚姻という人生の大切な決断を簡単に決めさせてしまってもいいのかと迷うのは親心だろう。
だが、焔はきっぱりとした態度で案ずるには及ばないと言い切った。
「父上のお気持ちは本当に有り難く存じます。ご心配をお掛けするだろうことも承知ですが、私自身実際にあの冰という少年に会って、この婚姻が単にあのボウズを救い出す為の策であるというだけではない思いが生じました。あのボウズは心根のやさしい人間です。ヤツとなら――夫婦という枠に捉われずとも、兄弟や肉親として人生を共にできると思えたのです」
元々、焔は自身の人生に於いて妻を娶ることを考えてこなかった男だ。今までは両親にも親友の遼二にもそんな話をしたことはなかったが、自身の気持ちの中ではそう決めていた感があった。それというのも、彼が妾腹として生まれた生い立ちに起因していたからだ。
継母と兄は妾の子である自分にこの上なく良くしてくれた。二人は妾という立場である実母のことも本当の家族だと言って仲睦まじく接してくれた。普通ならば考えられないくらい奇特な厚情をかけてくれたのだ。その多大なる恩に報いる為にも、焔は生涯ファミリーの為だけに尽くしていこうと誓って生きてきたのだ。
自分がこの世に生まれ出た意味があるとするなら、それは家族の恩に報いる為だ。例えば恋愛をしたとても妻は娶らない。妻を持てば子が生まれる可能性が高いからだ。そうなれば今以上に後継争いについて難儀な問題が持ち上がってくるのは目に見えている。
兄の風には既に妻がおり、その妻も懐妊が分かったばかりだ。次代を継ぐ頭領と姐としての未来が約束されている。もしも自分が結婚して子が出来れば、周囲は間違いなく兄夫婦の子との後継争いを想像することだろう。
ドロドロとした思惑に巻き込まれ、生まれ出た子に命の危険が迫ることとて有り得ない話ではない。挙句は周家を真っ二つに分けるほどの戦となるやも知れないのだ。
そうした諸々の可能性を鑑みても、焔は幸せな家庭を築いて妾腹の子である自身の子孫を残すことに遠慮と憂いがあったのだ。
ゆえに冰を救い出す為の策として、同性である彼を娶ることにもさして抵抗を感じなかったといえる。実際に会って言葉を交わした冰は気立ての良く、心根のやさしい性質だった。世間一般の夫婦のように愛し合う伴侶にならずとも、あの冰となら兄弟のようにして人生を共にするのも幸せなのではないかと思えるのだった。
「ふむ、あの黄が育てた息子なら確かに善良な子なのだろうが……。焔――。本当に良いのか?」
「はい」
迷いのない瞳で焔はうなずいた。
「――分かった。ではお前と共に私も遊郭街に参じるとしよう」
隼自ら頭目という男に直談判に出向くと言う。焔は父の手を煩わせることに恐縮したが、隼はそれこそ自分が出ていくのが当然だと言って同行を決めた。
ところがそんな気遣いもこの後そう時を待たずしてあっけなく解決することとなる。男遊郭を束ねる紫月が既に手を回してくれていたからだ。彼は焔らが冰を迎えにやって来る前に、いち早く遊郭街を仕切る頭目の元に馳せ参じてくれていた。
今回の策は確かに有効な案とはいえ、これが冰を救い出す為に仕組まれた偽の企てと知れては一大事だ。嘘がバレればそれこそ頭目は黙っていないだろうからだ。とにかくは頭目を納得させる為、紫月も腹を据えて説得に取り掛かったのだった。
◇ ◇ ◇
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