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極道恋浪漫 第一章
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「遊郭は初めてか? ここへは観光で?」
対面で優雅に脚を組みながら小首を傾げる仕草も妖艶だ。肩に掛かる絹糸のような髪は薄茶を通り越したヘーゼルナッツのような色合いだ。アジア人にしては珍しい。
思わず見とれてしまうような美しいその髪に、調度の雅なボンボリから差し込むライトが反射してキラキラと眩い。真近で見る彼の顔は先程店先で覗った印象を遥かに超えるほどに整っていて、まさに生きた人形を見ているかのようだった。
まずは何から話そうか――焔も遼二も目の前の男の整い過ぎた美しさに半ば唖然としながらも、会話のきっかけを探していた。
ところが、そんな奇妙な緊張感を一瞬で突き崩すように彼から飛び出した言葉に驚かされることとなる。
「あんた、皇帝様だろ? 皇帝周焔」
名乗る前から言い当てられてギョッとさせられる。
こうなれば素性を隠すのはかえってまずい。焔は降参とばかりに素直に認めた。
「――! 知っていたのか……」
「まあね。この城内を治める皇帝様の顔くらいは知ってるさ」
男はまたもフランクにニヤっと笑む。
「そうか――。バレちまってるなら隠す必要もねえか。察しの通り、俺は周焔だ」
やれやれとお手上げよろしく肩をすくめて焔は溜め息をついた。
「ああ、それからこいつは俺の友で――」
遼二を紹介しようとした矢先だった。
「鐘崎組若頭、鐘崎遼二――だろ?」
再び先を越されて唖然。
「こいつのことまで……知っているのか」
そう訊くのがやっとだった。
「知ってる――ってよりも会うのは初めてだけどね。皇帝様が友と言うなら、それは台湾マフィアの楊礼偉か、あるいは日本の極道・鐘崎組の一人息子あたりだろうと思っただけだ。あんたらはさっき日本語で話していたし、だったら日本の極道の方だろうって思ってさ」
驚いた。こちらが名乗る前に何もかもを見透かされているような気分に陥ってしまう。
「あんた――大したもんだな。俺を周焔と見破っただけでなく、こいつのことも言い当てちまうとは」
焔はほとほと感心といったふうに大きな溜め息を隠せない。
「まあね。ここじゃ情報ってのは命に等しいからな」
確かに高級男娼なら相手にするのは富も名声も備わった上客だろうから、知識や情報はどれだけ持っていても損はない。というよりも必須というところなのだろう。それにしてもほんのわずかな情報だけで素性すら苦も無く見破るとは感心を通り越して驚愕なくらいだ。今後どのようにこの男と駆け引きができるだろう――と、内心ヒクつかされる。
「そういうあんたは――この店の御職男娼か?」
「御職? ああ、トップっていう意味か?」
男は笑う。
「まあそんなところだね。ああ、すまねえ。名乗りがまだだったな」
男はそう言って白魚のような手を懐に忍ばせると、名刺らしき一枚の紙を差し出してよこした。そこには美しい玉虫色の文字で『椿楼・紫月』と書かれていた。
「椿――か。珍しい字を当てたものだ。普通『椿』といえばここ香港でいうなら『茶花』と記すはずだが?」
渡された名刺に視線をやりながら焔はチラリと目の前の男を見つめた。
対面で優雅に脚を組みながら小首を傾げる仕草も妖艶だ。肩に掛かる絹糸のような髪は薄茶を通り越したヘーゼルナッツのような色合いだ。アジア人にしては珍しい。
思わず見とれてしまうような美しいその髪に、調度の雅なボンボリから差し込むライトが反射してキラキラと眩い。真近で見る彼の顔は先程店先で覗った印象を遥かに超えるほどに整っていて、まさに生きた人形を見ているかのようだった。
まずは何から話そうか――焔も遼二も目の前の男の整い過ぎた美しさに半ば唖然としながらも、会話のきっかけを探していた。
ところが、そんな奇妙な緊張感を一瞬で突き崩すように彼から飛び出した言葉に驚かされることとなる。
「あんた、皇帝様だろ? 皇帝周焔」
名乗る前から言い当てられてギョッとさせられる。
こうなれば素性を隠すのはかえってまずい。焔は降参とばかりに素直に認めた。
「――! 知っていたのか……」
「まあね。この城内を治める皇帝様の顔くらいは知ってるさ」
男はまたもフランクにニヤっと笑む。
「そうか――。バレちまってるなら隠す必要もねえか。察しの通り、俺は周焔だ」
やれやれとお手上げよろしく肩をすくめて焔は溜め息をついた。
「ああ、それからこいつは俺の友で――」
遼二を紹介しようとした矢先だった。
「鐘崎組若頭、鐘崎遼二――だろ?」
再び先を越されて唖然。
「こいつのことまで……知っているのか」
そう訊くのがやっとだった。
「知ってる――ってよりも会うのは初めてだけどね。皇帝様が友と言うなら、それは台湾マフィアの楊礼偉か、あるいは日本の極道・鐘崎組の一人息子あたりだろうと思っただけだ。あんたらはさっき日本語で話していたし、だったら日本の極道の方だろうって思ってさ」
驚いた。こちらが名乗る前に何もかもを見透かされているような気分に陥ってしまう。
「あんた――大したもんだな。俺を周焔と見破っただけでなく、こいつのことも言い当てちまうとは」
焔はほとほと感心といったふうに大きな溜め息を隠せない。
「まあね。ここじゃ情報ってのは命に等しいからな」
確かに高級男娼なら相手にするのは富も名声も備わった上客だろうから、知識や情報はどれだけ持っていても損はない。というよりも必須というところなのだろう。それにしてもほんのわずかな情報だけで素性すら苦も無く見破るとは感心を通り越して驚愕なくらいだ。今後どのようにこの男と駆け引きができるだろう――と、内心ヒクつかされる。
「そういうあんたは――この店の御職男娼か?」
「御職? ああ、トップっていう意味か?」
男は笑う。
「まあそんなところだね。ああ、すまねえ。名乗りがまだだったな」
男はそう言って白魚のような手を懐に忍ばせると、名刺らしき一枚の紙を差し出してよこした。そこには美しい玉虫色の文字で『椿楼・紫月』と書かれていた。
「椿――か。珍しい字を当てたものだ。普通『椿』といえばここ香港でいうなら『茶花』と記すはずだが?」
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