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極道恋浪漫 第一章
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九龍城、遊郭街――。
そこは大きな門によって城内との境目がはっきりと分けられている噂通りの街区だった。出入り口はこの門一ヶ所のみのようだ。九龍城内全体を碁盤の目の正方形とすれば、それを四等分した右上の一角といった位置付けにある。
焔の統治する歓楽街そのものが地下に形成されているわけだから、言い方は悪いが門を境に逃げ場は無い。特にここ遊郭街を取り囲むように高い城壁が設置されていて、それは地下の天井に当たる部分にまで一部の隙もなく到達していた。つまり城壁を乗り越えるということができないようになっている。当然か、その他の区域からは中の様子を窺い知ることさえ不可能だ。むろんのこと地上へ通じる術もないし、完全に閉ざされた世界であるのは事実といえた。
まず門番に身元を尋ねられ、客を装って門内へと案内される。ここでは例え九龍の皇帝と名高い焔であっても例外は通用しない。というよりも名乗ったところで過剰に警戒されるだけであろう。二人は素性を偽り、単なる客として潜入することにした。
門をくぐると各妓楼への案内所のような建物に通され、そこで身なりや持ち物などをザッと検閲された。次に女遊郭か男遊郭の希望を訊かれる。当然のことながら男遊郭を名指しした。
「男遊郭でございますな。御二方ともそちらでよろしゅうござんしょうか」
「ああ。頼む」
焔も遼二も容姿でいえば一八〇センチを超える長身の上、顔立ちはすこぶる端正な男前揃いだ。纏っているのは高級な絹地の中華服、加えて束にして余裕で立つほどの現金をチラつかせれば文句なしだ。ここでは小切手などの類は一切取り扱っておらず、いわゆる現生取り引き以外通用しない。ゆえに現金の札束が必要不可欠なのだ。それを有り余るほど鞄に詰めて参じた二人は、まずまずの上客と見なされ、意外にも丁寧な扱いで希望する妓楼を訊かれた。
どうやら門に近い店から上客が通う大店、奥へ行くに従って妓楼の規模も小さくなり、買える遊女男娼の値も手頃になっていくようだ。
余談だが、門の近くに大店が配置されているのは特有の理由によってのことだ。
規模の大きな店には高級遊女と高級男娼が揃っている。そこへ通ってくる客も金に余裕のある――いわば成功者揃い。訪れる目的も質の高い芸事や粋を重んじた会話を所望する者が多い。
相反して規模の小さな店で商売の要といえば一も二もなく売るのは色だ。ともすればツケ続きで、挙げ句の果てには飲み代すら踏み倒してトンズラを企む客も多くなろうし、遊女男娼とて足抜けを考える者も出てこよう。そうした危うい火種を門から遠くに置くことで、仮に問題が起こったとしても逃しにくく捕まえ易いと考えられているわけだ。
とにかくも案内所の検閲で上客と見なされた焔らは、運良く門に近い雅やかな大店へと通されることとなった。
「ふむ、門をくぐれば検閲所か。まるで江戸吉原の会所さながらだな」
立ち並ぶ建物を見渡しながら遼二がまたも溜め息まじりでいる。吉原にもここと同じで遊郭の入り口には巨大な門があり、大門と呼ばれていた。
一歩中に入れば番所と会所が待ち構えている。
客の男は比較的自由に出入りが可能だったが、女には――特に遊女の足抜けを防ぐ為――大門切手と呼ばれる通行証が無ければ出入りはできない仕様になっていたのだ。
「とにかく片っ端から当たるっきゃねえ。毎日一軒ずつ通う覚悟でいくぞ」
焔と遼二はぶらぶらと歩きながらどこの店に入ろうかと周りを見渡していた。
――と、その時だ。
まるで藤の房が揺れて、雅やかな妓楼の軒並み一面に花吹雪が舞うような錯覚が焔と遼二を襲った。
そこは大きな門によって城内との境目がはっきりと分けられている噂通りの街区だった。出入り口はこの門一ヶ所のみのようだ。九龍城内全体を碁盤の目の正方形とすれば、それを四等分した右上の一角といった位置付けにある。
焔の統治する歓楽街そのものが地下に形成されているわけだから、言い方は悪いが門を境に逃げ場は無い。特にここ遊郭街を取り囲むように高い城壁が設置されていて、それは地下の天井に当たる部分にまで一部の隙もなく到達していた。つまり城壁を乗り越えるということができないようになっている。当然か、その他の区域からは中の様子を窺い知ることさえ不可能だ。むろんのこと地上へ通じる術もないし、完全に閉ざされた世界であるのは事実といえた。
まず門番に身元を尋ねられ、客を装って門内へと案内される。ここでは例え九龍の皇帝と名高い焔であっても例外は通用しない。というよりも名乗ったところで過剰に警戒されるだけであろう。二人は素性を偽り、単なる客として潜入することにした。
門をくぐると各妓楼への案内所のような建物に通され、そこで身なりや持ち物などをザッと検閲された。次に女遊郭か男遊郭の希望を訊かれる。当然のことながら男遊郭を名指しした。
「男遊郭でございますな。御二方ともそちらでよろしゅうござんしょうか」
「ああ。頼む」
焔も遼二も容姿でいえば一八〇センチを超える長身の上、顔立ちはすこぶる端正な男前揃いだ。纏っているのは高級な絹地の中華服、加えて束にして余裕で立つほどの現金をチラつかせれば文句なしだ。ここでは小切手などの類は一切取り扱っておらず、いわゆる現生取り引き以外通用しない。ゆえに現金の札束が必要不可欠なのだ。それを有り余るほど鞄に詰めて参じた二人は、まずまずの上客と見なされ、意外にも丁寧な扱いで希望する妓楼を訊かれた。
どうやら門に近い店から上客が通う大店、奥へ行くに従って妓楼の規模も小さくなり、買える遊女男娼の値も手頃になっていくようだ。
余談だが、門の近くに大店が配置されているのは特有の理由によってのことだ。
規模の大きな店には高級遊女と高級男娼が揃っている。そこへ通ってくる客も金に余裕のある――いわば成功者揃い。訪れる目的も質の高い芸事や粋を重んじた会話を所望する者が多い。
相反して規模の小さな店で商売の要といえば一も二もなく売るのは色だ。ともすればツケ続きで、挙げ句の果てには飲み代すら踏み倒してトンズラを企む客も多くなろうし、遊女男娼とて足抜けを考える者も出てこよう。そうした危うい火種を門から遠くに置くことで、仮に問題が起こったとしても逃しにくく捕まえ易いと考えられているわけだ。
とにかくも案内所の検閲で上客と見なされた焔らは、運良く門に近い雅やかな大店へと通されることとなった。
「ふむ、門をくぐれば検閲所か。まるで江戸吉原の会所さながらだな」
立ち並ぶ建物を見渡しながら遼二がまたも溜め息まじりでいる。吉原にもここと同じで遊郭の入り口には巨大な門があり、大門と呼ばれていた。
一歩中に入れば番所と会所が待ち構えている。
客の男は比較的自由に出入りが可能だったが、女には――特に遊女の足抜けを防ぐ為――大門切手と呼ばれる通行証が無ければ出入りはできない仕様になっていたのだ。
「とにかく片っ端から当たるっきゃねえ。毎日一軒ずつ通う覚悟でいくぞ」
焔と遼二はぶらぶらと歩きながらどこの店に入ろうかと周りを見渡していた。
――と、その時だ。
まるで藤の房が揺れて、雅やかな妓楼の軒並み一面に花吹雪が舞うような錯覚が焔と遼二を襲った。
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