12 / 35
焔
12
しおりを挟む
いとも簡単に誰かを手にかける想像が浮かぶだなんて、やはり俺にはそんな血が流れているのかと思うと、苦笑いがとまらなかった。
平穏に包まれた普通の学生としての生活がしてみたい、裏だの闇だのと言われるような世界じゃなく、堂々と陽の光の下で人生を歩んでみたい、そんな希望を抱いて生まれ育った香港を後にした。これからは親父とは異なる俺の道を探してみたいと、まだ見ぬ世界に夢を馳せた。
だが、どんなに格好を取り繕ったところで、変えようのない熱い血が俺の身体の中には確かに流れているのだと、今この時に思い知らされたようで、動揺がとめどない。
そして、この激情こそが親父と俺をつなぐ唯一つの形なのだと自覚すれば、今は亡き親父との思い出があふれるように胸を埋め尽くしては、苦しくて、悲しくて、涙が出そうになった。
その親父をいつも心のどこかで厄介に思っていたこと、幼い自分に課せられた過酷な日常をうとんだことなどが次々と浮かび上がっては胸を締め付ける。
そんな中に入り混じり、浮かんでは消える親父の笑顔、そして幼き日に俺を抱き上げたお袋の匂いなどが思い起こされれば、堪らない気持ちでいっぱいになった。
二度と還らない日々が頭の中で渦を巻く。
苦しいのは俺も一緒だ。本当は寂しくて悲しくて堪らなくて、独りになんかなりたくなくて、誰かに傍にいて欲しくて仕方ない。
そんな気持ちを封じ込めて平静を装うことの方が当たり前になってしまった今現在、ヤツの痛みが引き金となって俺の中の深いところでくすぶる何かに共鳴したのかも知れない。
会ったばかりの俺を相手に、この男が何故こんなことを暴露したのか、理由などどうでもいいと思えた。
◇ ◇ ◇
俺は胸ポケットから携帯を取り出し、ヤツへと差し出した。
「これ、俺の番号とアドレス」
それを目にした瞬間、少し驚いたように瞳を丸め、だが直後にヤツの墨色の瞳からほんの僅かに険がゆるんだように感じられた。粋がって挑戦的に笑みまでたずさえたいた口元が、その強がりから解放されたように穏やかさを取り戻す。
「へぇ、サンキュ……」
ヤツはそれだけ言うと、画面に映し出された番号を自分の携帯へと記憶させた。
器用な手つきで、指先をボタンの上で流麗に泳がせて、記録する。何気ないそんな行動が胸を締め付けるようで、気付けば俺もヤツの方へと身を乗り出していた。
「お前のも教えてくれよ。電話番号と……それから名前も」
「え――?」
「まだ聞いてねえし、お前の名前」
そう言った俺の言葉にまたもや驚いたようにこちらを見つめ、そしてすぐにフッと軽い笑みをもらした。
「そういやまだ言ってなかったっけ」
「さっき紫月から聞いたには聞いたけど……よ?」
「はは、そーだっけ?」
結局、ヤツは例の画像を俺に送信しなかった。
すぐに届いた一通のメールを開けば、そこには『雪吹 冰』と、ヤツの名前だけが記されていた。
ダブルブリザード――最初に”音”だけで聞いた時に脳裏に浮かんだ印象の通り、凍てつく氷のような名前だった。俺はひと言、『サンキュ』と言って携帯を胸ポケットへとおさめ、ヤツもまた、自らのを制服のポケットへと仕舞った。
その後、格別の会話もしないままで、俺たちはただ近付け合った肩を並べて紫月が戻ってくるのを待った。
時折、視線を感じて隣りへと目をやれば、少し細められたヤツの瞳が穏やかな午後の陽ざしの中で眠たげに揺れていた。
安堵とも苦渋ともつかない静かな瞳が墨色にゆるんで、それは少し哀しそうでもあり、あるいは幸せそうでもあって、酷く曖昧で強烈な印象となって脳裏を揺する。
俺はこの時に見たヤツの感情を、そして図らずも掘り起こされた自らの激情を、きっと忘れることはないだろうと思った。
- FIN -
平穏に包まれた普通の学生としての生活がしてみたい、裏だの闇だのと言われるような世界じゃなく、堂々と陽の光の下で人生を歩んでみたい、そんな希望を抱いて生まれ育った香港を後にした。これからは親父とは異なる俺の道を探してみたいと、まだ見ぬ世界に夢を馳せた。
だが、どんなに格好を取り繕ったところで、変えようのない熱い血が俺の身体の中には確かに流れているのだと、今この時に思い知らされたようで、動揺がとめどない。
そして、この激情こそが親父と俺をつなぐ唯一つの形なのだと自覚すれば、今は亡き親父との思い出があふれるように胸を埋め尽くしては、苦しくて、悲しくて、涙が出そうになった。
その親父をいつも心のどこかで厄介に思っていたこと、幼い自分に課せられた過酷な日常をうとんだことなどが次々と浮かび上がっては胸を締め付ける。
そんな中に入り混じり、浮かんでは消える親父の笑顔、そして幼き日に俺を抱き上げたお袋の匂いなどが思い起こされれば、堪らない気持ちでいっぱいになった。
二度と還らない日々が頭の中で渦を巻く。
苦しいのは俺も一緒だ。本当は寂しくて悲しくて堪らなくて、独りになんかなりたくなくて、誰かに傍にいて欲しくて仕方ない。
そんな気持ちを封じ込めて平静を装うことの方が当たり前になってしまった今現在、ヤツの痛みが引き金となって俺の中の深いところでくすぶる何かに共鳴したのかも知れない。
会ったばかりの俺を相手に、この男が何故こんなことを暴露したのか、理由などどうでもいいと思えた。
◇ ◇ ◇
俺は胸ポケットから携帯を取り出し、ヤツへと差し出した。
「これ、俺の番号とアドレス」
それを目にした瞬間、少し驚いたように瞳を丸め、だが直後にヤツの墨色の瞳からほんの僅かに険がゆるんだように感じられた。粋がって挑戦的に笑みまでたずさえたいた口元が、その強がりから解放されたように穏やかさを取り戻す。
「へぇ、サンキュ……」
ヤツはそれだけ言うと、画面に映し出された番号を自分の携帯へと記憶させた。
器用な手つきで、指先をボタンの上で流麗に泳がせて、記録する。何気ないそんな行動が胸を締め付けるようで、気付けば俺もヤツの方へと身を乗り出していた。
「お前のも教えてくれよ。電話番号と……それから名前も」
「え――?」
「まだ聞いてねえし、お前の名前」
そう言った俺の言葉にまたもや驚いたようにこちらを見つめ、そしてすぐにフッと軽い笑みをもらした。
「そういやまだ言ってなかったっけ」
「さっき紫月から聞いたには聞いたけど……よ?」
「はは、そーだっけ?」
結局、ヤツは例の画像を俺に送信しなかった。
すぐに届いた一通のメールを開けば、そこには『雪吹 冰』と、ヤツの名前だけが記されていた。
ダブルブリザード――最初に”音”だけで聞いた時に脳裏に浮かんだ印象の通り、凍てつく氷のような名前だった。俺はひと言、『サンキュ』と言って携帯を胸ポケットへとおさめ、ヤツもまた、自らのを制服のポケットへと仕舞った。
その後、格別の会話もしないままで、俺たちはただ近付け合った肩を並べて紫月が戻ってくるのを待った。
時折、視線を感じて隣りへと目をやれば、少し細められたヤツの瞳が穏やかな午後の陽ざしの中で眠たげに揺れていた。
安堵とも苦渋ともつかない静かな瞳が墨色にゆるんで、それは少し哀しそうでもあり、あるいは幸せそうでもあって、酷く曖昧で強烈な印象となって脳裏を揺する。
俺はこの時に見たヤツの感情を、そして図らずも掘り起こされた自らの激情を、きっと忘れることはないだろうと思った。
- FIN -
1
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる