一園木蓮

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 は――、どんな趣向だろうがはっきり言って気色悪いだけだ。野郎が野郎にマワされるところなんざ、想像するのも食欲が失せる。ましてやこんな昼飯時だ。そろそろこの手の話題は勘弁願いたいと思った瞬間だった。
「ぜってー逃してなんかもらえねえし、やめてくれなんつったらもっと酷えことされるしな? 最低サイアクっての……?」
 そんな台詞にどう相槌ちを返せばいいというのだ。
「携番とメアド教えろよ。よかったらコレ、送ってやる。ちょっとしたオカズになんだろ?」
 未だひと言も発せずにいる俺の肩先に艶めいた黒髪をなすり付けるようにしながらヤツはそう言った。まるで流暢にベラベラと、こちらの思惑などお構いなしの押し付け口調でそう言った。

「携帯、持ってねえの?」

「……いや、持って……っけど……」

「じゃ、アドレス言えよ」

 器用に画像をチェックしながら、どれがいいかなとでもいうような調子で画面を見つめる表情は、ひょうひょうとしていて悪びれた様子もない。
 やはり大した意味はないのか。俺も含めてだが、背伸びして見せたところで、実際はただの高坊の早熟興味の好奇心、それで当たりだろう。
 だったら俺はそんな画像に用はないし、大して興味もない。せっかくの好意に申し訳ないが、ここははっきり断っておくのが賢明だ。いや待て、それとも軽いノリで受け取るべきなのか。迷いあぐねていたその時だった。

「実はさ――これ、俺なの」

 臆面のかけらもなくつぶやかれたその言葉に、俺は一瞬、息を呑んだ。



◇    ◇    ◇



 どういうわけか、俺には他人の感情の起伏が読めてしまう――
 おそらくはこれも幼少の頃からの奇異な環境の裏返しなのだろうが、当時と違って平穏な今現在に於いては、そんな習性がうっとうしく思えてならない。

 いきなり突き付けられた卑猥な写真、
 それを見つめながらつぶやかれた信じ難いひと言、
 『これは俺なんだ』と、平然と言い放った男の瞳を見た瞬間に、無意識にさらけ出された彼の真意を垣間見た気がしていた。
 ニヤけた口元に挑戦的な笑みを浮かべて、試すようにこちらを窺っている様は、からかい半分と受け取れなくもない。相手の驚く顔を見たいが為に少々きわどい台詞を投げつけて、楽しんでいるのだと言えなくもない。

――冷やかしや冗談ではない、そう思った。
 平穏な学園生活の中にあって、半ばうっとうしいと思っていた過去の習性が本能的にそう感じ取ったからだ。
 と同時に、見事な程の無表情の下に隠された悲痛な叫びが、俺の肩先に寄り添うこの男から伝わってきたように思えて、どうしようもなく胸が騒ぐ気がしていた。
 無数の傷に掻きむしられた心の痛みを持て余し、それはまるで誰かに助けてくれと訴えているようでもあって、何事にも無関心なふうなのはその裏返しなのだろうか。デカ過ぎる苦痛を抱えきれなくて軽い放心状態に陥っているとでもいうのか、深い傷の中でさまよいもがくこいつの姿が鮮明に浮かびあがっては、一瞬で脳裏を埋め尽くした。
 縄で拘束され、薬を嗅がされていかがわしい行為を無理強いされて――
 そして望みもしない苦痛と快楽に翻弄されて、のたうつ姿が一コマ一コマのパズルのように頭の中で組み合わされていく。

『やめろ…ッ、よせっ……よせ……! いっ――ッ!』

 顔をゆがめ、抵抗し、その時の叫び声までもが鮮明に聞こえてくるようだ。
 一瞬で浮かび上がったそんな想像に、俺はすべてをブチ壊したいような嫌悪感に駆られた。
 こいつにこんなことを強要している誰か――見知らぬその誰かのこめかみに銃口を突き付けて、きっと俺なら簡単に仕留められるはずだ。裏社会の凄腕と称賛された親父の息子であり、その血を受け継ぐこの俺ならば、例え相手がどんなに汚い闇に手を染めている奴であろうが比ではない。
 遠い昔から当たり前のように目にしてきたもの、ずっしりとした独特の重みを伴った鈍く光るそのトリガーに指をかけて、そいつの顔面めがけて突き付けて……。
 恐怖に震える醜いツラを見下ろしながら、口元に笑みをたずさえる自分自身の姿が脳裏に浮かんだ瞬間に、冷たい何かが心臓付近をよぎったような気がして、俺はハッと我に返った。
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