一園木蓮

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 お袋が正気を保った上で俺を求めているのが分かった時、当然のことながら俺は拒絶した。最初はやさしく、なるべく傷を押し広げたりすることのないようにと精一杯の言葉で宥め、慰めようと努力した。
 だがダメだった。
 俺にまで拒絶されたと思い込んだお袋は、俺が寝入るのを見計らって催淫系の薬を盛り、思いを遂げんとまでした。
 何かがのしかかってくるような鈍い重みで目が覚めた俺が見たものは、言葉にできないような地獄絵図だった。
 素っ裸に薄い下着をまとっただけの姿で、髪を振り乱しながらお袋が腹の上にまたがっているのを知った時、全身に鳥肌が立ちのぼるのを感じた。
 だが、催淫剤の効果は瞬く間に望まない欲情となって俺を惑わせ、その変化に歓喜するように、俺の太股へとうずめられたお袋の顔、頭、乱れた髪――
 あまりのことに、気付けば俺は、お袋を突き飛ばしていた。
 その弾みで狭い部屋の中の物がガラガラと音を立てて散乱する。テーブルから落ちて割れた花瓶の破片が、お袋の腕や頬に飛び散っては血痕まみれにし、その姿はまるで夜叉か何かのようで、凄まじい。
 だが当の本人はそんなことにはおかまいなしで、再びベッドをよじ登り、俺を求めて迫りくる。肉欲に満ちた狂気の姿が恐ろしくてたまらなかった。
 正直、腰が抜けそうになった。
 だが、驚愕だったのはそれだけじゃなかった。心とは裏腹に、どんどん勢いを増す欲情の感覚が信じられずに、気が狂いそうになった。
 少しでも気を許せば、目の前で乱れる女に手を伸ばし、醜い欲をぶちまけてしまいそうになる自分が恐ろしくて堪らなかった。
 色欲に支配された俺にとって、目の前にいるのは母親でも何でもなく、ただの性欲処理の為の道具にしか映らない。
 ベッド脇に降り立ち、突き飛ばされた女の腕を掴み、引き寄せて、もうどうなってもいいとさえ思った。頭は朦朧とし、思考は回らない。床の木目模様が歪んで眩暈がする。
 そんな時だ。ふと、よろけて踏みつけたガラスの破片が足の裏に突き刺さって、俺は一瞬の正気を取り戻した。
 俺は咄嗟にそれを拾い上げて、僅かな正気を失わない為にと、破片で自らの腕を突き刺した。
 狂気のようなお袋の叫び声が脳天をつんざき、ドクドクとあふれ出す血の痕に意識が遠のいていく――
 朦朧とする中で俺が最後に目にしたものは、扉口で驚き立ち尽くす親父の姿だった。
 ちょうど帰宅したところだったのか、寸でのところでそれ以上の過ちに至ることは避けられ、安心した俺はそのまま意識を失ってしまった。

 そのことに責任を感じたというわけか、両親が事故死したのは、それからしばらくして後のことだった。死因は銃撃による即死、いつもの通り、裏組織の密売隠滅という仕事中の出来事だった。
 あれ程、腕利きと称賛されていた親父が、そんなヘマをするだなんて信じられないと、殆どの人間がそう思ったに違いない。仕事を依頼した側は唖然だっただろう。しかもその日に限って親父は傍らに相方の麗さんではなく、お袋を伴っていたのだから、皆が驚くのも無理はなかった。
 わざと目に付きやすい遊歩道で狙撃されているという点から考えても、どうにも理解し難い行動に首を傾げさせられる。俺にはこれが親父の無理心中なのではないかと思わずにはいられなかった。
 それは、その後の麗さんの行動からも窺えた。
 妻が自殺し、相方夫婦が不審な事故死を遂げたことで独りになった麗さんは、親父たちの葬儀を手厚く済ませると、息子の倫周と俺に莫大な資産を託して行方知れずとなった。
 驚いた俺たちは生前の親父達の仕事仲間などのツテを頼みに、懸命にその行方を捜したが、まるで手掛かりはつかめなかった。
 親父の後を追って自ら命を絶ったのか、あるいはどこかで生きているのか、生死さえ分からずじまいだ。若干十七歳の俺たちには、どんなに手を尽くせども、その道のプロである彼の所在を突き止めるなど不可能に等しかった。
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