一園木蓮

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 親父には常に組んで仕事を遂行する、表裏一体と呼ばれる相方がいた。名を柊麗ひいらぎ れいといい、幼心に酷く綺麗な人だと思ったのをよく覚えている。
 どちらかといえばガタイのよく、男臭い感じの親父に相反して、華奢で細身のその人は、人間臭さがまるで感じられないような、例えて言うなら人形のような印象の男だった。子供の俺や、俺のお袋に対してもあまり愛想の無く、口数も少ないという調子で、それが容姿の美しさと相まって、俺の中ではえらく冷たいオッサンというイメージが強烈だった。
 その独特な雰囲気に圧迫されるような感じがして、俺はそいつのことを普通に『おじさん』と呼ぶことができなかった。ガキのくせに子供らしくないが、そいつに対してはいつも名前に『さん』付けで、麗さんと呼ぶようにしていた。何故ならそう呼んだ時にだけ、無愛想なそいつがフッと表情をゆるめて微笑いかけてくれるのがうれしかったからだ。
 俺は美しく整ったその笑顔を見るたびに、なんだか良い行いをしたような心持ちになって、奇妙な優越感を感じていた。とはいえ扱いは難しく、会う度に顔色を窺うのが日課だということに変わりはなく、とにかくいつでも気を遣わせる人だったのは確かだった。
 そんな中にあって、その麗さんの一人息子である倫周りんしゅうという奴が、打って変わって人懐っこく愛くるしい性質だったのが救いだった。ヤツは俺より一つ年上で、ほぼ生活を共にしているも同然だった。住んでいるアパートも隣り合わせ、特別仕様でコネクティングになった部屋の鍵を開ければ夜中でも自由に行き来可能な間柄だ。
 同じ学校に通い、同じ武術を嗜み、俺たちは幼馴染というよりも兄弟というような間柄として育てられた。
 危険と隣り合わせの特殊な環境での厳しい稽古や教育を、左程の苦難と思わずに来れたのは、この倫周の存在が大きかったからかも知れない。常に傍にいて、苦楽を共にできる相手があるということが、幼い俺たちにとって何よりの支えであったのは確かだ。
 思春期を迎えてもそれらに変わりはなく、倫周をはじめ、麗さんら家族と共にいられることが当たり前の幸せだと実感してもいた。
 そんな境遇が崩れ始めたのは、ついぞ一年程前のこと、俺が十七歳になって間もなくのことだった。
 理由は親父の裏切りだった、とひと言では片付けられない体験をすることになろうとは、その頃の俺には想像さえ出来得ずにいた。
 家庭を崩壊し、家族それぞれの心に深い傷痕を残すことになった出来事――
 信じられないことに、俺の親父とその相方であるはずの柊麗は愛し合っていたのだ。
 同性であり、互いに妻子も持ちながらにして、何故二人がそのような関係に陥ったのかは分からない。常に死を覚悟しながらの危険な任務の中にあって、信頼が愛情へと変わったのだろうか、今となっては計り知れないことだ。
 その事実が発覚して間もなくのことだった。麗さんの妻であり、倫周の母親でもある美枝さんが自殺をした。
 もともと麗さんの『感情の起伏の無い性質』に不安を抱いていたらしい彼女は、彼の裏切りを知ると半狂乱になって錯乱状態に陥ってしまった。そして湾に身を投げた挙句、往来の激しい船舶に轢かれるという惨い亡くなり方をした。
 それまで、衝撃を受けながらも何とか理性を保っていた俺のお袋も、彼女の死を目の当たりにした頃から様子がおかしくなっていった。親父に対する怒りや絶望が、形を変えた狂気となって、お袋を苛んでいったのだ。
 その矛先が異常な愛情となって俺へと向けられるようになったのは、それから間もなくしてのことだった。
 あろうことか、お袋は俺に抱かれようとしたのだ。
 最早、親父との区別がつかなくなってしまったのだろうかと、俺は焦り、驚いた。
 年齢を重ねるごとに親父そっくりになっていく俺を、親父と勘違いしているのだろうかと、最初は本当に心配にも思った。
 だが違っていた。
 お袋の奇怪な行動は、勘違いでも区別がつかなくなったわけでもなく、俺と知った上で肉体関係を結ぶことを望んだのだ。
 今でも耳の奥にこびりついて離れない声――

 『遼二、あんただけはワタシを裏切らないわよね? あんただけは、私を見捨てたりしないわよね?』と、涙混じりに嗄れた声で迫りくる悪夢が消えない。
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