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未来への招待状
6話
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バルコニーの扉を開ければ、中庭が望める。手入れの行き届いた芝の絨毯に月明かりが差し込んでいる。周囲には木々が涼風を受けて、葉音が心地好かった。
隣の部屋には遼二と紫月、そのまたひとつ隣に帝斗が泊っている。遼二らもバルコニーの扉を開けているのか、時折楽しげな笑い声が聞こえてきていた。二人でじゃれ合ってでもいるのだろうか、普段はあまりはしゃいでいるところなどは見たことがない紫月の朗らかな笑い声に、冰はホッと胸を撫で下ろす心持ちでいた。
結果的には未遂だったとはいえ、高瀬に拉致され、服を破かれ拘束されたりと、紫月には本当に気の毒な思いをさせてしまった。皆の前では平静を装ってはいても、本当は傷付いていたりしやしないか、気持ちの奥底ではトラウマになったりしていないかと気になっていたのだ。
紫月には勿論のこと、遼二にもどれ程心配を掛けただろう。彼らの気持ちを想像すると、申し訳なさが募ると共に、これからは二度とこんなことが起こらないように細心の注意を払っていかなければと、気持ちの引き締まる思いだった。
そんな彼らも転居の提案を快く受け入れてくれた。冰は今回の恩をしっかりと胸に刻むと共に、これから始まる新しい生活が彼らにとって幸多いものとなるよう、自分にできることを精一杯やっていこうと心に誓うのだった。そして、静かに扉を閉めると、ひとつだけ気に掛かっていたことを氷川へと投げ掛けた。
「な、龍――あのさ」
「ん?」
「遼二と紫月のことなんだけど……。その、これから彼らと隣同士で暮らすに当たって……話しておいた方がいいのかなとも思うんだけど……どうだろうか」
少々遠慮がちの冰の問い掛けに、氷川は一瞬不思議そうに彼を見やった。――が、すぐにその言わんとしていることが分かったのか、クスッと軽快な笑みを浮かべてみせた。
ショットグラスに注がれたバーボンのロックを一口含みながら、言う。
「俺の家のことか?」
「あ、うん。別に言わなくていいことなのかも知れないけど……今までは他の皆と同じように、ただスタッフとして勤めてくれていたわけだからいいとして……。これからはもっと近しい関係になるわけだろう? だから、ちょっとそんなふうに思ったんだ」
冰の言いたいことはよく分かった。氷川の家はマフィアである。自分たちにとっては特別なことではなくても、世間一般的に考えれば、マフィアと聞けば驚くと思うわけだろう。同じフロアの隣の部屋で、ほぼ一緒に住むような感覚になるわけだから、最初に話しておいた方がよくはないか――氷川にはそんな冰の気持ちが手に取るようだった。
隣の部屋には遼二と紫月、そのまたひとつ隣に帝斗が泊っている。遼二らもバルコニーの扉を開けているのか、時折楽しげな笑い声が聞こえてきていた。二人でじゃれ合ってでもいるのだろうか、普段はあまりはしゃいでいるところなどは見たことがない紫月の朗らかな笑い声に、冰はホッと胸を撫で下ろす心持ちでいた。
結果的には未遂だったとはいえ、高瀬に拉致され、服を破かれ拘束されたりと、紫月には本当に気の毒な思いをさせてしまった。皆の前では平静を装ってはいても、本当は傷付いていたりしやしないか、気持ちの奥底ではトラウマになったりしていないかと気になっていたのだ。
紫月には勿論のこと、遼二にもどれ程心配を掛けただろう。彼らの気持ちを想像すると、申し訳なさが募ると共に、これからは二度とこんなことが起こらないように細心の注意を払っていかなければと、気持ちの引き締まる思いだった。
そんな彼らも転居の提案を快く受け入れてくれた。冰は今回の恩をしっかりと胸に刻むと共に、これから始まる新しい生活が彼らにとって幸多いものとなるよう、自分にできることを精一杯やっていこうと心に誓うのだった。そして、静かに扉を閉めると、ひとつだけ気に掛かっていたことを氷川へと投げ掛けた。
「な、龍――あのさ」
「ん?」
「遼二と紫月のことなんだけど……。その、これから彼らと隣同士で暮らすに当たって……話しておいた方がいいのかなとも思うんだけど……どうだろうか」
少々遠慮がちの冰の問い掛けに、氷川は一瞬不思議そうに彼を見やった。――が、すぐにその言わんとしていることが分かったのか、クスッと軽快な笑みを浮かべてみせた。
ショットグラスに注がれたバーボンのロックを一口含みながら、言う。
「俺の家のことか?」
「あ、うん。別に言わなくていいことなのかも知れないけど……今までは他の皆と同じように、ただスタッフとして勤めてくれていたわけだからいいとして……。これからはもっと近しい関係になるわけだろう? だから、ちょっとそんなふうに思ったんだ」
冰の言いたいことはよく分かった。氷川の家はマフィアである。自分たちにとっては特別なことではなくても、世間一般的に考えれば、マフィアと聞けば驚くと思うわけだろう。同じフロアの隣の部屋で、ほぼ一緒に住むような感覚になるわけだから、最初に話しておいた方がよくはないか――氷川にはそんな冰の気持ちが手に取るようだった。
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