ストレインフルアーズ

姫楽木明日華

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宝石の涙目

しきむ歯車

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歯車が軋む。

また。まただ。また間違えた。

「ベディ!」
強く押されて体が仰け反る。それと同時に押した腕が吹き飛ぶのがわかった。自分の小さな体が地面に着く頃には腕もボトリと落ちて、うずくまるライ。
「ベディ、逃げろ!命令だ!!逃げろ!!」
自分に向かって叫ぶ。
逃げたって意味が無い事はよく知っている。だから、命令に背いた。
ライに近づく。
「ベディ?早く逃げろ!!」
小さくて細い体がライを抱きしめる。

直前で思い出して、いつも遅れる。何度も。

「ライ!ベディ!」
コールの声。
「何して。るの!こそにいたら、、、!」
音もなくコールが撃ち抜かれる。
目の前で。
「っ~~~!」
「コール!!」
激痛で歪みながらライとベディの側まで来て、力尽きた。
「コール!!返事しろ!コール!!」
疲労と激痛で動かない体を引きずってコールに近づく。あと少し、あと少しで手が届くのに、届かない。ほんの数センチがずっと遠い。

もうイイ。もうやめてください。この人達をくるしめるのは。

コールが薄目を開けてライの手をとる。
「コール!」
「ライ、、、。」
二人の手が強く握り合う。
互いを見つめる瞳は何処か悟ったようで

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

諦めたようだった。

お願いです。諦めないでください。

傷だらけの手が絡み合う手に重なって、
「死にます。死にますから、ライ様とコール様を殺さないで。」
ライが、
「ベディ、何を、、、」
『ホントにそれでいいのかい?』
ベディの前にミルラが現れた。それはライとコールには見えているようだった。
「はい。いいです。何も救えなかったから。」
『君がいいなら良いけど、彼らとすごした時間を思い出すことが無くなるよ?ホントにそれでいいの?』
ベディの目から大粒の涙がこぼれる。拭うことも無く、首を縦に振る。
「きっ、、、と、いつかも、、、また、優しくて、、、くれ、まず、から。だから、、、大丈夫、、、です、」
死んでしまったヘルドレイドもフールも、そこなら生きている。そこなら、救えるかもしれない。そんな砂の城より脆い希望に願っている。
『ふぅん。わかった。ならそうしよう。でも今回だけだよ?』
「はい。」
コールは弱々しくなった手でベディのドレスを掴む。
「コール、、、様、、、」
「ベディ。、、、ダメ。、、、だよ。何処か、行っちゃ、、、。」
引き止めるコールを見て少し揺らいでしまう。
「、、、っごめんなさい」
「ベディ、、、。ダメ。」
ミルラの手元に黒煙が出てきて大鎌の形を作る。
ライが最後の力を振り絞って、怒鳴る。
「何をする気だ!、、、っ!ベディにもコールにも手出しをするな!!」
ミルラはふっと笑って
『今のお前達に何が出来る?主人も親友ですらも見殺しにして、あまつさえ、小さな少女を運命という名の戦場へ駆り出させているのに。』
「な、にを、、、」
『ライ。コール。お前達は間違えすぎだ。そのツケが回ってきたと思ってこのベディは諦めろ。』
冷たく言い放つミルラ。そのまま黒い鎌がベディを貫く。
「がっ!、、、は!」
肺からせり上がってくる血を吐いた。
「「ベディ!!」」
突き刺さった鎌は深く入ってゆき、強烈な痛みと、生暖かな血がみぞおちから垂れてゆく。
ベディは柄の部分へよりかかった。
よたよたと、二人の絡み合った手を探して重なると、一気に鎌が引き抜かれ仰向けに倒れた。
薄れゆく意識の中、大好きな声が悲痛に自分を呼ぶ声だけが響いた。
「ベディ、、、!!」
「ベディ!!返事を、、、!しろ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ぐあぁぁぁ!!!」
ベディは自室で目を覚ました。心臓が五月蝿い。起き上がれば体からびっしょりと汗をかいていた。手が震える。
(また、夢?いや、夢じゃない?分からない。)
頭が痛い。耳鳴りのような音がずっと頭の中に響いてる。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
コンコンと、ドアが叩かれる。
「ベディ?大丈夫?すごい声聞こえたけど、、、」
ドアの向こうから顔を出したヘルドレイド。
「ヘルドレイド様、、、。」
ベディは無意識にヘルドレイドに飛びついた。
「うお!!どうしたの?」
ベディを受け止め、膝をついて抱きしめる。
「うぅ、ひっく、、、うぅ。ヘルド、、、レイド、、さまぁ。」
ヘルドレイドの胸で泣くベディを撫でながら、
「なあに?俺はここにいるよ。」
「ヘルドレイド様は死にませんよねっ!ライ様もコール様も!フール様もっ!私を、、、私を、、、置いていったり、私のために、、、消えちゃったり、、、苦しんだり、しませんよねっ!しません、、、よね?」
ヘルドレイドは肩を落として答える。
「僕が死ぬ、僕らが死ぬか、、、考えたこともなかったな。」
「え?」
ベディは頭を上げて、ヘルドレイドに泣き崩れた顔を見せる。ふっと笑って、、、タオルでベディの顔を拭う。
「いや、だってそうだろ?自分が死ぬなんて、人間ならまだしも、俺ら永久に近い時間を生きなくちゃいけない俺らにはあまり実感が湧く話じゃないんだよ。」
「うぅ。」
「また、俺らの誰かが死ぬ夢を見た?」
ベディは動けなくなった。その様子を見て確信する。
「どうして、、、?私、、、一言も、、、」
「言動見てればわかるよ。なんて言ってみるけど、確信をもてたのは昨日一昨日なんだけどね。」
もう一度出る涙。ヘルドレイド は試しに歯を尖らせてベディの涙を噛んでみた。
「ヘルドレイド様?」
分からず首を傾げる。
「もう、怖くない?」
「はい。」
「そう。良かった。」
「ヘルドレイド様、私は、凄く怖い夢を見ました。」
「うん。俺達が死んでしまう夢?」
ベディは頷く。
「そっか。すごく辛かった?」
ベディは頷く。心臓がギュッ締め付けるように痛くなった。それでも、うずくまるほどではなかった。
「でも夢だから。大丈夫。俺も、ライもコールもフールもみんな生きてる。ベディもここにいるよ。」
ベディの耳を自身の胸に押し付ける。
「ほら。ちゃんと鳴ってる。聞こえる?俺の心音。」
「はい。聞こえます。ちゃと聞こえます。」
「うん。」
頭を撫でて、抱きしめる。
「もうちょっと、このままでいようか。」
「は゛い゛」
掠れた声の返事がより愛おしくなった。
ーーーーーーーーーーーーーー
仕事の休憩時間。ライとヘルドレイドはソファーでくつろいでいた。今夜の客は多い訳では無いが、そのほかのこともありライはだいぶ心身がやられていた。
「♪♪~」
「あれ?今日はやけに上機嫌じゃんヘルドレイド。」
ライが鼻歌を歌うヘルドレイドに聞く。
ヘルドレイドは嬉しそうに
「いい事があったからね。ふふ。」
「何さいい事って。」
「うーん。教えてもいいけど、これは自分で気づいた方がいいかな?ふふ。」
「なにそれ。」
怪訝な顔をするも、ヘルドレイドの嬉しそうな顔を見るとどうでも良くなった。
「きっとすぐにわか、、、ライ?」
ヘルドレイドの肩に頭を乗せていた。
「ん?」
「肩に頭乗せて痛くないの?」
「ん~ちょっと痛い。」
「なにそれ‪‪w」
少し盛りあがって、静まり返る。
ヘルドレイドが頭の置かれてる腕をあげて、
「はい。」
「何?」
「胸くらいなら貸してあげようと思って。今朝ベディにも貸したし。」
「はは。来るのが遅かったのはそれが理由か。」
脇に潜り込むように身体を預けた。
「地味に痛いね。」
「なんだよ。じゃあ膝枕か?」
「それでいいじゃん。はい。」
「まじかよ。地味に恥ずかしいんだが、、、」
なんて、言いつつそのままヘルドレイドの膝に頭を置く。
「とか言いながらやるんだね。」
「間違ってもベディとフールには言うなよ?」
「ハイハイ。」
流していると、ライがヘルドレイドの手で遊び始める。
時折、いつも頼れる存在のライが子供になったように甘える事がある。そのこと自体はコールもフールも知っているし、下手をしたらフールより溜め込むタイプなのでそういう息抜きは執拗だと思っている。ただそれが不定期でだいたい辛いことがあった時のみという、わかりやすいんだか分かりずらいんだか分からないのだ。その度に無意味な意地を張るので少々扱いが面倒くさい。
「ライ、何かあった?」
「あったよ。あったけど、、、」
言い淀む。
「あったけど?」
「解決しなさそう。絶対しないね。少なからず俺一人じゃ無理だ」
「あらら。いっつも溜め込むライが言うならそうなんだろうね。」
「溜め込むタイプじゃないよ。そうだったとしてもフール程じゃない。」
「どっちもどっちにしか見えないよ。」
「ええー」
「ほんと、俺らはめんどくさいね。」
「ほんとだよ。面倒くさすぎ。」
「でもいいじゃん。だから集まったし、退屈しない。」
「はは、そうかもね。面倒じゃなきゃ、遊郭から足抜けなんてしないしね。」
「ホント。」
小さく笑いながら話すこの光景はきっと異様で微笑ましい。
ライの頭を撫でる。
「ヘルドレイドは頭撫でるの好きだよね。」
「フールに撫でられまくったからね。」
「成程。」
「そんなん言ったらライだって、ベディやコールの頭をよく撫でるじゃん。」
「確かに、、、無意識だった。」
「ふふ、これじゃあ多分コールもそうかな?」
「多分ね。これでベディも撫でたら、きっとフールのせいだ。」
「そうだね。アイツ、ほんとに俺らのこと好きだよねー。」
「なー。執着ないように見えて一番あるからな。ある意味夢魔と逆の事をしてると思うと、ちょっと面白いけどね。」
「俺達の中で一番上級なのにね。」
「一番人間離れしてるくせに一番人間臭い。狡いね。」
「うん。だいぶ狡い。だから好きだよ。俺は。」
ライは少し間を置いて、
「俺もだよ。」
そう答えた。
「それは良かった。」
ヘルドレイドは肯定も否定もせず、ただ自分の意見を言った。
「ドーン。」
波のない声が聞こえたと思ったら、突然コールが降ってきた。
「「ぐぁ!!」」
二人とも避けることが出来ずにコールにクッションにされた。
コールが上機嫌で上からどかない。
「コール!!さすがにキツイ!!痛い!」
ライがコールを叩く。
「あ。ごめん。」
よいしょ。とソファから退く。ライは解放されたように起き上がり背中を伸ばす。
「はぁーー。酷い目にあった。」
「ごめん。」
「別に良いけど、コールも休憩?」
「うん。今。フロア。ヘンゼルと。グレーテルと。あと。数人と。ベディで。回して。る。」
「あそ。じゃあそろそろ戻るかな。」
ライが身体を伸ばしてドアに手をかけた時、コールがねぇ。と呼び止めた。
「ライ。」
「何?」
コールはじっと、数秒見つめ、時間をとめた。
「ライ。僕ら、、、。いや。なんでもない。」
「?何だよ。」
「言いたい。こと。忘れた。」
「あっそ。じゃあ俺戻るから。なんかあったらカウンター来て。」
「うん。」
「行ってらっしゃい。」
ヘルドレイドとコールが送りだす。
「行っています。」
ドアが閉じられる。
ヘルドレイドが
「で、コール。どうしたの?」
「何。」
「コールが何か言いたそうだったから。ライには言えないことでも俺ならもしかしたら言えるかなーって。」
「・・・。別に。」
「やっぱり、何かあったね。」
「っ!!」
コールは驚いた顔を向けると、ヘルドレイドの得意げな顔があった。
「で、何があったの?」
「何も。ない。」
「流石に言い逃れできないんじゃない?」
「できる。言わない。ければ。いい。」
「うーん、そう来るか、、、。」
少し頭を悩ませると、ヘルドレイドはコールの耳元に口と手を近づけて、
「夕食のデザート。プリン。」
コールのほっぺが膨れるのを見ると確信して、
「オムライス」
「むー。」
「これでもダメ?コール。」
「だ。め。言わない。」
「え~~!」
「ムン。」
「はぁーーじゃあ、後でベディに聞くしかないかー」
ヘルドレイドは最終奥義と言わんばかりにベディの名前を出した。正直、どういう出し方をすればいいか分からないので、とりあえず適当なことを言っておいた。
「ベディ。は。ずるい。」
(意外と食いつく。)
ベディに何かしら話したんだろうと察しが着いた。
「じゃあ教えてよ。俺も聞きたいな~コール。」
「ん。わかった。」
「ありがとう。」
コールは先程までライとヘルドレイドが座っていたソファーに腰掛けた。
「たいした。こと。じゃない。」
「それでも、コールが言い淀むのは珍しいよ。」
「・・・」
「どうしたの?」
「変なの。気配。が。する。」
「気配?侵入者?」
「違う。」
即答する。口元を触りながら続ける。
「僕。と。ライ。」
意外な答えに口を開けてしまった。ヘルドレイドにはコールが何を言っているのか分からなくなって来た。
「え?それって当たり前じゃ、、、」
「その。気配。もう。ちょっと。で。消えちゃい。そう。な。」
「消えちゃいそう?」
(フールが言われたコールとライに気おつけろってまさか、違うライとコールなのか?いや、それだと意味が変わらない。なんだよ、違うコールとライって。まるでこの世に二人存在してるみたいじゃないか。そんなことはあるはずない。)
「ヘルドレイド。」
「何?」
真っ直ぐとした真剣な眼差しでヘルドレイドを見る。
「僕。に。違和感。あったら。殺して。」
「はぁ?!?!?!
何言ってんだよ!いくらなんでも言っていいことと悪いことぐらいあるだろ!両極端過ぎるんだよ!」
突拍子も無い言葉に怒鳴ってしまった。ピリピリした空気が部屋全体に漂う。
「それでも。皆が。危なく。ならない。なら。いい。」
っ!!怒りに任せてコールの胸ぐらを掴んで持ち上げる。震えているのがワイシャツ越しでもわかった。
「なんだよそれ。巫山戯んなよ。仮に俺がお前を殺して、何も無かったですなんて、、、そんなことがとおると思うのか、、、?!」
「・・・。思わない。でも。できる。」
「身勝手にも程があるだろ!お前が死ねば解決する問題だとしても、フールもそれを許さない。どれだけ回りくどくても一人も死なない方法をとる。」
「そう。だね。知ってる。僕も。そう。信じてる。ごめん。」
肩で呼吸しているヘルドレイド。胸ぐらから手を離して、
「いや、俺もごめん。取り乱した。」
「平気。でも。僕。が。変だと。思った。ら。注意。して。」
「わかった。心得るよ。」
「ありがとう。」
「コール。くれぐれもさっきみたいなことをベディ達に言わないでね。びっくりしちゃうから。」
「わかった。」
疲れたようにコールの隣に腰を落とす。
「ねぇ。ヘルドレイド。」
「何?」
「フール。は。」
「さぁね。朝早く出て行ったのを見たけど?俺は何も聞いてないよ。」
「そっか。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数時間前
隔離の孤島にて

長い階段をフールは登っていた。その隣には、帝国軍第一軍大将であるムカラ・ラベンダーがいた。
ここは幽閉の離島。時折覗く窓の外を見れば、海が広り、薄く向こうに本島が見える。
ハーフアップの髪を揺らしながらフールの隣を歩く。
「しかし、何でまた、ジョセフに会おうと思ったのよ。」
「別に。気になった事があったから。まぁ、どうせ聞いても無駄だろうけど。」
「無駄なのをわかって聞くの?相変わらず不思議ね。」
「初対面だろ、、、。」
「あら?そうだったかしら?私は貴方のことをよく知ってるわよ?」
「それは光栄だな。まさか軍のトップと同等の方に存在を知っていただけてるなんて。」
皮肉混じりに言う。ムカラはそんなことは気にならないようで笑って返す。
「皮肉を言ってるつもり??私達はそんなに高貴なものじゃないわよ?そうねぇ、例えるなら、血なまぐさいところで生まれ育った悪魔みたいなものよ。」
「全く分からない例えだな。」
「でしょうね。私も初めて聞いた時は全くわからなかったもの。」
「あっそ。悪魔に対して自分たちが悪魔だなんて言うユニークさは評価してやるよ。」
「それは良かった。」
少し沈黙が流れた。くらく長い階段はまだ続く。
「ねぇ。」
ムカラが聞く。
「なんだ。」
「あの奴隷は、どうするつもりなの?」
「奴隷?あぁ。ベディのことか。」
「そう。どうするつもりなの?」
「どうするつもりって、、、どうもしないよ。」
「ええええ!!!!!」
おののくムカラ。面倒くさそうに言うフール。
「うるっさ。」
「だって、夢魔がどうにもしないって、、、信じられないわ。」
「その辺の低級共と一緒にすんなよ、、、。お前らが思うほど、俺達は飢えてねーし。」
「そうなの??私のイメージだと一日に一人食べるものだと思っているのだけれど、、、違うのかしら?」
「最下級はそうだな。俺達上級は短くて数ヶ月、、、長くて数年食わなくてもやっていける。」
「ふーん。上級に行けば行くほど食べる量が減るのね。なるほど、、、ふぅん。」
納得いかないような返事を返すムカラ。
「なんだよ。なにか不満か?」
「不満というか、、、不思議と思って。」
「あ?何が。」
「だって、そうでしょ?力の補給量と格が反比例してるって違和感があるわ。」
「そうか?俺はそんなん思った事ねーな。」
「どうして?」
「おおよその理由が想像できるから。」
「え?!そうなの?!じゃあどういう理由なのよ。」
「やだ。」
「は?」
「だから、やだ。」
「なにそれ?!」
「教えるのが面倒臭い。」
「はぁーー?!?!アンタ、本当は予想ついてないんじゃないの?!」
「なわけ。お前らよりはよゆーでつくっつの。」
「教えてくれたっていいじゃない、、、ほら。着いたわよ。」
くだらぬ会話をしているうちに最上階へ着いた。木製の重い扉を開けた。人、2人程の石造りでできた空間に天窓から日光が差し込んで、小さな椅子がぽつんと置いてある。
フールは中にはいり、小さな穴のある壁に話しかけた。
「よォ。」
フールが椅子に座ると、壁の小さな穴を通じて裸足の足音と四本の細い鎖が引きづられる音が近づく。
「お久しぶりです。」
か細く、弱々しい声が帰ってきた。
「こうして話すのは半年ぶりか?いや、もう少し経つか、、、。なんにせよ、お元気そうで腹立たしい。もう少し衰弱してくれれば俺はだいぶ楽しめたのにな。」
怒りをはらんだ声で言うと、壁を睨みつける。その姿を見ているムカラが若干の恐怖で震えている。
「それは、、、残念でしたね。」
「大分な。お前と話してるだけで虫唾が走る。だから俺の質問に簡単に答えろ。」
「おやおや、それは悲しいですね。」
不敵に笑うジョセフが容易に想像できて、苛立ちが募ってゆく。
穴を通じなければ声が届かないほど壁があったとしても、城にいた牢屋の中の実験の子供達が脳裏に過り体の芯から震えるほどの怒りが込み上げてくる。
「ベディの売主の情報をよこせ。」
「ベディ??嗚呼、あの不愉快なゴミか。」
「ッ!!」
声にならない声が喉に突っかかる。吐きそうなくらいの怒りがフールの体を這いずり回る。無意識に拳に力が入った。
「何が、、、ゴミだ。」
「ゴミでしょう?そうでなければただの奴隷。それ以上でもそれ以下でもないでしょう?貴方は私がどうして実験に使ったっておっしゃりたいようですが、逆にお聞きします。どうして奴隷自由に使っては行けないんですか??」
「・・・。確かに。そうだな。自分の奴隷をどうしようが好きにすればいい。身分の低さをどれだけ憎もうが意味が無い。だが、、、」
「ふざけんじゃないわよ!!!!!」
フールの言葉をムカラが遮った。
壁を見る目は確実に怒りを孕んでいて、腰にぶら下げているレイピアを今にも抜きそうだった。
「何が、何が!!自分の奴隷は好きにしていいよ!!何がゴミよ!!ふざけんな!!」
ムカラの言うことはあまりにも子供じみていて、唖然としてた。
「アンタが実験に使っていたのは町の双子や、少女でしょ!!あの子達は身分が低かろうが、必死に家族たちと生きていたわ!!愛されていたわ!!仮にそうでなかったとしても、 ``奴隷だったとしても´ ´ !!あんなふうに惨たらしく苦しめていいわけが無いでしょ!!」
「・・・」
フールはムカラの言葉に黙り込んでしまった。ジョセフの笑い声が壁の向こうで響いた。
「嗚呼、失礼。そちらのお嬢さんはあまり現実が見えていないようで、、、いや、お可哀想に。私も随分夢を見ているとは思っていましたが、流石にここまでは初めてですね、、、くくっ。ほとんどの貴族の奴隷への扱いを許さないとは、、、くくっははは!!」
ムカラのように言い返せなかった自分に心底苛立ちながらムカラの言葉の先を続ける。
「確かに、お前のゆう通り、現実はそうもいかねぇな。人間だなんて傍から扱ってない奴らがほとんどだ。それを咎めるにはきっと色々なものが遅すぎた。それでもこんなバカのお花畑がこうやってここにいるなら、この国は、世界は腐りきってないって言いきれるからな。」
ベディの本当に幸せそうな笑顔を思い出していた。
可愛らしく、嬉しそうに自分に向けてくれる笑顔。
『フール様!』
そう呼んでくれるベディを、
``今の´ ´ フールは心底から守りたいと思う。
「貴方までそういうとは、、、これは私が出られる日が近いですね。このままならいずれ反乱が起こるでしょう。その時を楽しみに待っています。」
「そうなる前に俺はそいつらをねじふせる。今ここで宣言する。お前はこそ先、一生幸せになれない。殺して、なぶってきたやつらと同等、それ以上の苦しみを負う。」
「ふふ。ははは!いいですね。それは面白い。いい思いをしたので、あなたの質問に答えますよ。」
「・・・」
「あのゴミは盗賊から買い取られたそうです。その場所を見ると、拾われ当時は大きなお城が墜落したあとだということがわかりました。それを聞いて、私は興奮しましたよ!!彼女はその印を持っていましたから!!ですが、、、私の期待はハズレでした。あのゴミの``目の色´ ´ は変わってしまい、力を失ってしまった。本当に不愉快極まりない。
彼女は欲の処理すら出来ん、使えないクズ。
はぁ。
みたいなところですね。私の知っている情報は。
あ、そうそう言い忘れてました。
ゴミを拾ったのは、
ハーメルン広場だそうです。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ"あ"あ"あ"もぅ!!!いつ見ても腹立つ奴だな!!」
「ハイハイ、よく耐えました。」
「どうも!!」
ムカラの案内の元、幽閉の離島から病院への道中だった。フールの苛立ちを必死になだめていた。
「でも、本当に噂どうり、、、いや、それ以上のクズね。話していて不愉快だったわ。」
「そうだな。そういう奴だよ。俺の言ったことは全然守んねーし!!誰があんなに長く力説しろゆったツノ!!ウザってー。」
「まぁ、分かりはするけど、、、どうしてあんな不快になるのかしらね。」
「俺たちのことを下に見てんだよ。本当の格を知らないで、家柄と血だけだと思ってる。それが俺らには苛立ちにしかなんねーの。」
「・・・」
ポカンとフールを見つめる。
「なんだよ。」
「意外と分析してるのね、、、もっと頭悪いかと思ってたわ。」
「最後の一言は余計だぞ。」
「いや、だってそうじゃない?あなた達学校とか言ってないでしょ??それともそんなところがあるのかしら??」
「ねーよ!なんだそのメルヘンな世界。夢魔の産まれ方は人間と``一応´ ´ 同じなんだよ。成人するまで気づかなかったって奴もいる。悪魔だからって教育受けてないみたいに言うのやめろ。」
「あら、そうなの?それはごめんなさいね。」
病院の自動ドアを抜け、中に入る。
「ねぇ。」
ムカラがフールに静かに問う。
「なんだよ。」
「あなた達遊郭から足抜けしたんでしょ?」
「嗚呼そうだよ。」
「どうしてそうしたの?殺されるかもしれないのに。」
フールはため息をついて、
「どうでもよかった。俺はもぅあそこで縛られてるのはごめんだと思った。``彼奴らと自由になりたい´ ´ と思った。それを実行しただけだ。意外と彼奴らも乗る気だったぞ? 」
「そう、、、なの。」
「お前こそ、どうして帝国軍なんかにいるんだよ。」
「私は別に、、、ここしか居場所がなかっただけ。」
「ふうん。」
その時、前を女性が通った。薄いワンピースに金髪のポニーテールをなびかせて、こちらを見ると、立ち止まって向き直す。
「ムカラさんではありませんか。お久しぶりです。」
ワンピースの裾を摘んで体を下げる。
「ジャンヌさん!?何でここに?!」
ムカラが驚いて大声を上げた。ジャンヌと呼ばれた女性?は人差し指を立ててしっーとムカラを落ち着かせる。
「たまたま用事がありまして、、、。そちらの方は?」
フールを指さしてムカラに視線を送る。
「え?!あ、こちらは、、、」
「フールです。デッドタウンという場所でカジノを経営してます。もしよろしければこの後起こしになさいますか?当カジノは喜んで向かい入れますよ?」
「カジノ??」
分からないようで首を傾げた。
「賭け事で遊ぶ場所ですよ。私共のカジノは時々しかやっていないので、私と会えた幸運のうちに起こしくださっていただければ嬉しいですね。」
「そうですね。ですがごめんなさい。私はこのあと用事があるの。」
ジャンヌは頭を下げる。フールも会釈程度に頭を下げ、
「大丈夫ですよ。またの機会に。」
「はい。必ず。」
フールの横を通りすぎた時、ジャンヌが振り返って、
「フールさん。」
「はい。」
「名前を名乗り忘れていました。私はジャンヌ、ジャンヌ・ダルクです。以後お見知り置きを。」
「はい。お待ちしております。ジャンヌ・ダルク様。」
また互いに頭を下げて背を向ける。
ムカラとフールがエレベーターに乗り込んで、B3階を押した。
 少しの沈黙が流れていた。
「なぁ。」
破ったのはフールだった。
「何?」
「あいつ、ホントにジャンヌ・ダルク??」
「うん。この間召喚??みたいなことされてこっちに呼んできちゃった。」
(きちゃった。じゃねーよ!!やばいだろ。姐さんが言ってはいたが、、、まさか鉢合わせるとは、、、やな意味で運がいいな。)
苦虫を噛み潰したような顔をする。まだ他の人間ならば、ここまでの冷や汗をかかなかった。なにしろ、聖女と悪魔では相性が悪いのだ。相反し、対立している。きっとあちらも、こちらが悪魔である事はわかっていた。だが、それでも態度をかえずにいた寛大さは流石聖女と崇められていただけある。それでも、だいぶ警戒されていた。だから彼女は自分をジャンヌ・ダルクと言ったのだろう。
「帝国全体はこの事知ってんのか?」
「知らないわよ。知ってるのはストレインレッドのメンバーだけ。」
「ストレインレッドのメンバー知ってる事は帝国が知ってるってことじゃないのか?」
「うーん。どうかしら。上層部としているけど、表上はない組織だし、何より、ヘレナが報告を切ってる。」
「ヘレナ??」
「帝国軍全てをとりしきる総司令官よ。軍隊のトップ。」
「そいつを呼び捨てな所を見ると、お前の階級も疑えないな。」
エレベーターがついて、ドアが開く。
「何?私のこと疑ってたの??」
「いや、実感がなかっただけ。」
そのまま長い廊下を進む。
「あはは。ならお互い様ね。」
「俺はお前ほどすごいやつじゃねーよ。」
「いいえ。凄いわよ。」
「カジノのオーナーが?なわけ。おくにをまとめてる方と一緒にされたくないね。はっ。」
「ほんとに言ってるの??」
訝しげにムカラが聞いてくる。
「ほんとに決まってるだろ。」
「はぁ。そうなのね。」
「あ?」
「着いたわよ。」
透明なガラス製の扉。奥には黒い遮光カーテンがあり見えなくなっていた。
「私はここまで。様子を見たいならさっさと見て来なさい。」
「どうも。」
そう言ってガラス製の扉に手をかけて入ってゆく。遮光カーテンをくぐり抜けると、非常用の階段が避難用目印に照らされて暗い緑がぼんやりと階段を照らしていた。
(非常用階段、、、にしては短すぎないか?)
降りた先の黒い扉に手をかけて、グッと力を込めた。
「・・・」
青く光る水槽が4つほど囲むように並んでいた。真ん中にある円柱の水槽の前に白い髪の少女が座っている。頬や方にあった花が取れて代わりにガーゼが貼ってあった。フールは少女の後ろにたち、少女の名前を呼ぶ。
「よお。フローラだったけか?」
フローラは静かに振り返って、薄桃色の瞳でフールを見上げる。
「フール、、、さんでしたっけ?」
「嗚呼。そういえば、自己紹介してなかったな。」
「そうですね。でも名前わかるんでいいです。」
「そうかよ。」
フローラは顔を戻して、円柱の水槽に目を向ける。フールは目を凝らしてみるがどの水槽にも魚はいない。
「そこに何かいるのか?」
「いない。」
「何を見てるんだ?」
「魚影。」
「魚影?どこにないぞ?」
「あるよ。ほら。」
フローラは``影ひとつ無い´ ´ 水槽を指さす。
「眼科にでも言ったがいいんじゃないか?」
「酷い。本当は魚なんて居ないってわかってるよ。でも、いるって思いたいだけ。」
「魚ねぇ。居るわけないだろ。こうやって目に見えない限りはいない。本当は分かってることだろ?なんでそうやって盲目的になる。」
「影が見えるから。いるって思いたいの。」
フールは嘲笑うようにして言う。
「はっ。馬鹿じゃねーの?影だけおってホンモンは見えねーじゃねーか。」
「見えないけど、影は大きかったって言えるよ。」
「どうだかな。大概の魚は波のある海の中にいる。波のある水面の上から見ただけじゃ、目撃しただけじゃ、一切わかんねーよ。見えずらい物を狙って矢を放ったって、当たる確率の方が少ない。かと言って水槽にれることも出来ない。なのに魚影を追いかけるなんて虚しくなるだけだろ。」
「・・・そうだとしても、追いかけないと苦しくてしょうがないよ、、、。淡い幻想で綺麗な尾びれを見ることが出来なくても、夢を見ないと前を向けないよ。」
「夢な、、、それは本当に夢か?」
「え?」
「いや、違うな、夢なのは確かだ。だけど、それは幻想か?幻惑じゃないのか??」
「・・・。」
「信じるものが救われる訳じゃない。救われた奴がたまたま信じてたんだ。信仰や忠誠は心の支えにはなっても救ってはくれないんだ。」
「・・・」
「それでも魚を追いたい言ってんなら、好きにしろ。」
「それは、、、無責任なんじゃない?これだけ言っといてあとは好きにしろなんて、、、ちゃんと導いてくんなきゃわかんないよ。ちゃんとゆってくんなきゃわかんないよ。」
そう言って悔しそうにワンピースの裾を握りしめるフローラ。その姿を見てもなお、フールは現実を突きつける。
「はっ。知るか。魚に逃げてきたそいつの責任だろ。ちゃんと考えもせず、疑いもせず、そうやっていたツケが回ってきたんだよ。」
「酷い。」
「なんとでも言え。今の自分が不幸だから、今の自分じゃどうにも出来ないからって逃げて解決策を考えなかった奴が悪い。俺には、幸せと不幸なんて紙一重で比べて考えるなんてなんの意味もないことになんで気づかないのか不思議だなぁ。」
「幸せと不幸が紙一重??そんなの可笑しいよ!すごく幸せな人がいるのに、ご飯もあって、おかさあんとお父さんから愛されて、布団もあるのに!人にどれだけ優しくても、苦しめられ続けたのに!連れ去られなかった人はこんな思いしてないのに!!可笑しい!」
フローラの悲痛な叫びが地下に響いた。
 フローラの言っていることは最もで、彼女の生まれてきた世界はそう見えているのは言わずもがなわかるのだ。
彼女にとって、この世界はこの国はこの地域は苦しみに満ちている。どれだけ抗っても力の差や権力の差、貧困の差があまりにも大きくて、埋めることなど許されない。それをわかっていても、他者に優しく、温かく生きてきた。けれど、そんな謙虚で意思の強い彼女に待っていたのはジョセフという名の悪魔の拷問。
だから、最初から人間の運命は決まっていいて、苦しむ苦しまないも神によって全て決まっているのだ。だから自分は最初から不幸なことが決まっている。どう抗ったて幸福にはなれやしない。そう自分を諦めている。あの地獄は誰にも助けられず、見捨てられた彼女にあまりにもむごい仕打ちだった。いくら心優しく、自己犠牲精神のある彼女であれ、このように思わなくてはやっていられないのだ。
「だから、、、信じさせてよ、、、こんなワタシはオカシイ?」
フールは何も言えなくなりそうだった。大人としてではなく、一人の意見としてフローラに言う。
「嗚呼。おかしいよ。こんな世界。」
息切れするフローラの頭を撫でる。
「ここに産み落とされた限り狂気と不安と理不尽と悲しみに翻弄されるんだよ。魚だろうが俺らだろうがな。その中で生き方を見つけなくちゃならない。それにヘタレだとか根性無しとか弱虫とか関係ないんだよ。これだけは不平等な世界の平等なんだよ。」
どこか諦めたように、あるいは、呆れたように言うフールの口ぶりは、きっとフローラに言っていなくて、、、他の誰かの質問の問にようやく答えられたようなそんなふうに聞こえた。
「でも、そんなの信じられないよ。言葉は何もしてくれない。」
「はっ!それを言ったら魚だって何もしてねーだろ。だったら言葉にしとけ。ルーツとしてあるだけ、多少は魂が籠ってる。思いが籠ってる。 その方がくだらない集団意識よりかは幾分かマシだろ。」
「マシ、、、なのかな?」
「マシだよ。くだらない集団意識よりかはな。」
「・・・そっか。」
フローラは目を閉じて少し考え込むと、立ち上がって水槽に背を向ける。
「行こ。フールさん。ベディの所に帰ってあげなくちゃ。」
フールも立ち上がりドアを開ける。
「お気遣いどーも。」
「ふふ。あんまり独り占めしすぎるとベディに怒られちゃうからね。」
部屋を出るのを確認すると、フールも出る。
「そりゃあ」
ドアを閉める細い隙間から水槽の中に見えた一匹魚影を睨みつけた。
「いいこと聞いた。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまぁー。」
カジノに戻ったフールをベディあわあわとしたベディが出迎えた。
「あ!フール様!おかえりなさい!」
「ただいま。どうしたんだ?そんなに慌てて、、、」
「えっと、、、テュミルさんが来ていて、私を、、、」
言い淀んた時、テュミルがフールに気づいて、ズカズカと近づいてくる。
「なんだよ、、、」
無言の圧に少し気圧される。
「フールさん。」
いつになく真剣に、芯の通った声でフールを呼ぶ。
「何だ?」
フールもつられて真顔になってしまう。
「ベディちゃんと、、、」
「ベディと、、、」
互いを見つめ合う。
「お買い物させてください!!」
「却下。」
「即答!?なんでぇ!!」
フールはテュミルの額を人差し指で押して、答える。
「当たり前だろ。また連れ去られたらどうする。ベディはただでさえトラブル引き寄せるタイプなんだから。」
「ゔ!で、でも!お買い物ぐらい、いいじゃないですか!」
「ダメだろ。それで一回連れ去られてんだよ。」
「ゔ!ゔゔ、、、でも、、、。」
テュミルは頬を膨らませて、言う。
「ベディちゃんは``女の子´ ´ なんですよ!」
「・・・」
フールは黙ってしまった。
「``女の子´ ´ が、可愛い服を買ったり、アクセサリーを買ったりしてオシャレするのはいい事じゃないですか!というか、するべきです!``女の子´ ´ なんですから!」
フールはテュミルの圧にやられかけていた。というより、多少テュミルの意見に賛同している部分があった。ベディを見て、傷だらけの肌と健康的になった体を見る。「はぁ」フールはため息をついて、
「ベディはどう思う??」
「え?!」
ベディが大きな目をぱちくりとさせて視線を行き来させる。
「私は、、、」
ベディ自身、よくわかっていない。だからどうしても言い淀んで、首を傾げてしまう。フールはベディをしっかりと見て、
「ベディ。これは俺の決めることじゃなくて、ベディが決めていいことなんだよ。」
「私が、、、」
「そう。ベディが。」
その姿をヘルドレイド達が見守っていた。ライが聞こえないくらいの三人には聞こえないくらいの声で、
「これ俺ら入らない方が良さそうだね。」
コールが頷く。
「うん。僕も。そう。思う。」
「そうだねぇ。俺的にはあんまし行かせたくないけど、、、」
ヘルドレイドがつぶやくとライが小声で叱る。
「こら。ベディの成長が見えるところなんだから、邪魔しない!」
「でもさ、ライ。またあんなクズにうちの可愛い可愛いベディが捕まったらどうするの??責任取れんの??」
「責任って、、、また取り返せばいい話でしょ。ベディにまた何かあったらまた助ければいいじゃん。」
「え~。すごい投げやり。疲れてんの??ライ。」
「単純に最終手段としてだよ。」
「なるほど。本音は?」
「出したくない。なんだったら一生イデアに閉じ込めておけないかなーって思ってる。それで出たいとか言うなら檻の中に入れたい。」
「うぉ。聞かなかったことにするわ。」
「ライ。それは。ない。」
「はぁぁぁ!聞いてきたのそっちじゃん!!」
二人の引いた様子に納得のいかないライ。ヘルドレイドがその場を収めるように、
「まぁまぁ、とりあえず、このまま様子を見ましょうよ。行く行かないはベディが決めるべきで俺たちの意思は邪魔なんだから。」
二人は頷いて、ベディ達の話に耳を傾ける。
「わ、私、行きたいです!それで、、、また、フール様達と街を歩きたい!」
ベディの真っ直ぐな言葉にフールは頷いて、
「うん。」
「はぁぁぁ」大きくため息を着いて、
「お前ら異論は?」
三人へ視線を向ける。三人は肩を跳ねさせて、
「「「ない、、、です。」」」
おずおずと出てきた。
「らしいよ。」
テュミルがベディとハイタッチしながら喜ぶ。
「やったー!」
「ただし!」
フールの強い声に動きが止まる。
「二人きりはダメだ。コールとヘルドレイドを連れてくのが最低条件だ。」
「え~~~~~!!」
「え~じゃありません。」
「あと三人女の子いるのに~」
「三人??」
「うん!セライラと、エレインちゃんと、ジャンヌさん!あ、ジャンヌさんは金髪でとっても綺麗な人なんだよ!」
フールの顔が青くなってげっそりしていくのがわかる。
「フールさん??」
「いや、、、何でもない。マジで。」
「そ、そう?」
「てか、なんでそんな奴と知り合いなんだよ、、、」
「ん?セライラの家に居候してるから!」
フールはもう考えるのをやめた。
(なんでそんな奴居候させてるんだよ。つか魔女と聖女って一緒にいていいの??)
「そうか、じゃあ、楽しんで行ってこい、、、日時は??」
「明日!」
「まじかよ、、、。」
半分疲れたように言うフール。首を傾げつつも、行くのを反対しない三人。そんな姿は知らないと言わんばかりに、大はしゃぎをするテュミル。この状況を客観的に見ているベディが自分の事ながら申し訳ないと思っていた。
けれども、何処か嬉しくて口元が緩んでしまうのを感じた。
「嬉しそうだね。ベディ。」
ヘルドレイドがベディの耳ともで囁く。その甘美ともいるような低く甘い声を感じて体を高鳴らせた。
「は、はい!すごく楽しみです!でも、、、」
「でも?」
「私なんかがいいのでしょうか、、、」
ヘルドレイドはベディの薄い頬を軽くつまんで、額をつけた。「へふ」
「私なんか、じゃないよ。ベディにそうして欲しいんだよ。皆ベディの思うままに生きて欲しいって思ってるからね。」
すんだグリーンアレキサンドライトを煌めかせて嬉しそうに笑った。
「はい、、、!」
テュミルがベディに、
「ベディちゃん!明日9時に迎えに来るわ!寝坊しちゃダメよ!」
「はい!頑張ります!」
「んふふ!楽しみね!」
「はい!」
キャッキャと楽しそうにしている二人を置いておいて、ヘルドレイドがフールの耳元に話しかける。
「フール、コールに行かせるの?俺はともかく、、、ライに行かせた方がいいんじゃない?」
「まぁな。俺もそうは思うんだが、、、こないだ出てからライの様子が時々おかしい。本人はあんまり話そうとはしないし、また`やっかいなもん´ 見そうだし、念の為。」
そう言うフールをじっと見つめて、ヘルドレイドは言った。
「・・・。そう。分かった。フールに何か考えがあるなら従うよ。」
「どうも。明日、コールを見とけ。やな予感がする。」
「やな予感がするのにベディを外に出すの?」
「俺のやな予感は``お前らしか分からない´ ´ からな。ベディに対しての予感じゃないんだよ。``俺が反応してる´ ´ ってことはな。」
「ふーん。なるほどね。そっか。フールはベディのこと縛ってないんだっけ。」
「嗚呼。縛ってねぇな。」
「迷ってんの?こんなに執着しといて。」
フールは不敵に笑った。
「どうだかな。」
その笑みを見て、ヘルドレイドはため息をついた。

「ヘタレ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
黒い革手袋の握りしめる歯車が軋む。
噛み合っている歯車を無理やり軋ませて粉々に砕けた。
 廃墟と化した倉庫に月明かりが差し込みぼんやりと倉庫内を照らす。
暗い顔をした男が二人、影の中で座り込んでいた。寄り添い合うように座っているふたりは疲れ切っていて、焦点の合わない虚ろな目で虚空を見つめていた。赤い髪を肩に擦り付けて、繕いの笑顔で言う。
「もう。おしまいだね。」
黒紫の髪が赤髪の上に乗せる。
「嗚呼。」
疲れ切っていたら彼らには今ここで息をすることですら億劫で、それでも止めることを許されない。互いの微かな命の鼓動に耳を傾け、止まる瞬間を待つのだ。
けれども、止まることはない。許されない。
自分たちの犯した罪を償うまで許されない。友を見捨て、主を見捨て、小さな少女に助けられ、呆然として、何も出来なかった。
いくら自分たちを憎もうが全てが遅いこ事を嫌という程実感している。
だから、
もう、間違いたくない。
「ねぇ。」
「何?」
「変えられる。かな?」
「さぁね。でも、きっかけを与えないと、またあの子が泣いちゃうから。」
「``僕´ ´ ら。を。助ける。のかな?」
「さぁね。その``俺ら´ ´ はきっと``俺ら´ ´ じゃないんだろうな。」
「そうだね。なら。良かった。」
「嗚呼。」
「・・・」
「・・・」
帰ってくるわけのない、日々を夢見て、少女への懺悔をしながらまた、夜明けを待つ。

『皆さんがいるなら、きっと、どんな明日も幸せです。』

いつか言ってくれた言葉を思い出して、小さな手の温もりに縋り付くいて、
また一つ後悔する。

「優しいあの子は、``僕達´ ´ まで助けたいって言ってくれるんだろうね。」
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