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イエローダイヤモンドの悲劇
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体が震える。立ち込める血の匂い。歩を進むにつれて強くなっていく。
震えた手でドアノブを回す。軋む音を立てながら開かれた先に見えたのは、、、血まみれになった金髪の男性だった。その人を知っている。知っている。ヘルドレイドだ。何も感じる事の出来ない自身が憎ましいと思った。いや、思ってない。この気持ちがわからない。震えた体でヘルドレイドの隣に座る。
「ベディ、、、」
焦点のあっていない瞳同士がぶつかり合う。優しく頭を洗ってくれた、血だらけの手が力なく、頬に伸ばされ、唇に触れる。
もう嫌だ。
視線を下ろすと、左脚が膝上から無くなっていた。腹部の方はスプーンか何かで抉ったようになっていた。こそから臓器が出て、血と色々な液体を垂れ流している。
自分の震えた手をヘルドレイドの胸のスーツを握り締める。
もういい。もう嫌だ。
ヘルドレイドがベディに笑いかける。
嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。
ヘルドレイドの身体に小さくヒビが入っていく。
やめて。もうやめて。
掴んでいない方の手がベディの頬を撫でる。撫でる手にもひびが大きく入り、肌がパラパラとかわいた絵の具のように落ちていき、イエローダイヤモンドの輝きが覗かせた。
やぁ。やめて。置いてかないで。
ヘルドレイドの頬に涙が伝う。この涙は、、、ベディのものだ。ベディの目からぽたぽたと大粒の涙が流れている。
「ヘルドレイド様、何ですか?これ。凄く苦しいです」
ヘルドレイドは目を瞑ると、体の力が全て抜けた。掴んでいる手を落とすまいと、強く握る。
が、
ヘルドレイドの身体はサラサラと、砂粒となって崩れてゆく。
待って。待って。なんで?なんで?ナンデ?ナンデ。ナニガワルカッタノ?!
自問自答をしているうちに自分の手の中には黄色に光る透明な砂だけが残った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚めた。息が荒い。
主人達から与えられた部屋の天井を見て、
夢であることを確信した。
「はぁ、はぁ。夢。です、、、よね?」
あまりの生々しさに過去に自分が起こったことではないかと思うほどだった。
震えが止まらない。起き上がって、心臓から震えて、体全体に伝わっているようで、震えを停めたくて押さえるても震える。
トントン、と自室のドアを叩かれる。
「入るよ。」
と言って、入って来たのは、ヘルドレイドだった。ベディはほっとした。心からホッとした。本当に夢なんだと。あんな事は起こっていないんだと。
「う、、、ぅっ」
「ベディ?!」
自分の顔を見るなりベディは目から大粒の涙をこぼしながら、嗚咽を漏らす。
「ご、ごめんなさいっ、、、ひっぐ、。」
自分の手で涙を拭いながら謝られるヘルドレイド。わけかが分からずただワタワタしてしまう。
「な、なんで泣いんでるの、かなぁ?」
「あ、っ、、、あの、ぐす、怖い、夢を見て、、、それで、ぐす、安心して、、、」
背中を優しく撫でる。ヘルドレイド。
「そっか、そっか。なるほど。」
(よかったー。泣くほど嫌われたかと思った。)
「うぅ、、、スン、ごめんなさい、泣きやみます、、、うぅ」
フールから貰ったワイシャツの袖で涙を雑に拭う。ヘルドレイドが腰巻のエプロンにかけてあるタオルで手を除けて触れる。
「目が赤くなるよ。擦らない。」
「あ゛い゛」
それでも一向に止まる気配のない涙にベディは動揺していた。ヘルドレイドは背中を押しながら、
「服、そのままでもいいから一度降りようか。」
ヘルドレイドの言葉にベディは頷いてベッドを降りる。素足のまま革靴に足を通し、部屋を出る。
食堂へ降りると、ライがコールと朝食の準備をしていた。スンスンと鼻を鳴らしながらヘルドレイドに連れてこられるベディを見て二人ともギョッとした。
「え?!ベディ、どうしたの?!」
「ベディ。泣いてる。」
ライとコールが駆け寄る。ヘルドレイドから貰ったタオルで涙を拭いながら答えようとするが嗚咽で言葉が出ない。ヘルドレイドが代わりとして答えた。
「怖い夢を見たんだって。」
「怖い。夢?」
「だってさ。」
コールが不思議そうに聞いた。ヘルドレイドは頷く。コップに水を入れてベディに渡す。
「飲んで。」
そう言うと、だいぶ喉が渇いていたらしく、小さな喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
「飲み終わったら着替えておいで。ついでにフールも起こして来て。」
飲み終わり、ベディは頭を小さく下げて、コップを流しにおいて、食堂を出た。
ベディの足跡が遠くなったこと確認すると、ヘルドレイドが糸が切れたように椅子に座った。
「ハー、疲れた。と言うかびびった。」
ライが肩を一度上下し、
「そうだな。俺もびびった。まさかベディが泣くなんて、、、前の主人の夢でも見たのかな?」
「どうだろうね。でも、ベディは前の主人についてはケロッとしてるイメージだけど。」
「そうなんだよなぁ~。てか、どんな悪夢かなんか言ってなかったの?」
ヘルドレイドは首を横に振り、肩をすくめる。
「全く。何度か、言おうとして止めてるようには見えたけど、、、何も言ってないよ。」
「そっか。ベディが感情を取り戻しつつあるってことで良いのかな?」
黙っていたコールが口を開く。
「それは。いいと思う。でも。違和感。ある。」
ライとヘルドレイドがコールを見る。
「この前。お客に。殴られてた。それでも。ベディは。何事も無かった。みたいに。謝って。落ちた。お皿。拾った。」
コールの言葉により頭を困らせる。ヘルドレイドが前日ヤヨに言われた事を思い出し、意見を述べる。
「前の主人の事も多分無いと思う。昨日、ヤヨちゃんが傷にいても何事も無かったみたいに話されて驚いたって言ってたし。」
疑問符が一向に取れないライが口をつける。
「じゃあなんだ?ベティにとっての怖い物自体が
分からない。」
「そうだよな。俺もさっぱり検討がつかない。」
そんなことを言っていると、ドタドタと足音が近づいて、ドアが良いよく開く。
「ベディの目がすごい赤いんだけどっ!!何があった?!」
ベストの前のボタンを閉めていないフールが制服に着替えたベディを脇に抱えて、息を切らしていた。ヘルドレイドが先程と同じに答える。
「怖い夢見たんだって。」
「怖い夢?」
フールがベディを下ろしながら言う。三人は万が一にフールがベディの夢の要因に心当たりがあるかもしれないと身構えるが、さっぱり分からない顔をされ、肩を落とす。フールが
「ベディ、怖い夢ってどんな夢だ?」
さらりと聞くので、三人とも運んでいた朝食を落としそうになる。
「えっと、、、その、ごめんなさい。あまり覚えていないです。」
「うーん。ベディが怖いと思うものってなんだ?」
「えっと、ごめんなさい。分かりません。でも、ご主人様達に捨てられてしまうかもしれない、そう、思うと、、、」
ベディは自分の胸を抑えて苦しそうに言う。
「ここが苦しくて、目が熱くなるのは参考になりますか?」
ベディの裏表もない純粋な気持ちに、裏ばかりを読み続け、不純な気持ちばかりを受け止めてきた夢魔達にはあまりに眩しく、来るものがあった。
全員顔を抑えて、黙り込む。
((((何この、すっごい罪悪感。))))
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
業務員用のドアが開き、二人のの男女が入ってくる。
「おはようございマース。」
「はざまっす」
荷物を運んでいたベディに挨拶をした。
「あ、おはようございます。ヘンゼルさん。グレーテルさん。」
グレーテルはベディを見つけるなり抱きついた。
「あー!ベディちゃん!!おはよぉ!今日も可愛いねぇ!!」
人形のようにされるがままのベディにヘンゼルは嫌なら抵抗していいと、忠告するが、ベディは首を傾げる。奥からフールが入って来て、ベディを奪う。
「おい!すぐベディに抱きつくのやめろっ!」
ガルルっと喉を鳴らしながら威嚇するが、全くグレーテルには通じていない。ヘンゼルがグレーテルを止めに入りつつも無視をして、小脇にかかれられたベディにうっとりしている。
そんな四人を遠くから見ているヘルドレイドとライ、懐かしそうに雑談をする。
「あの二人、すっかりベディのこと気に入ってるね。」
ライが楽しそうに言う。ヘルドレイドが首をかしげつつも、頷く。
「まぁ、そうな。ヘンゼルはよくわかんないけど、グレーテルは制服姿見た瞬間に抱きつくようになったもんな。」
グレーテルが、フールに、
「そういえば、ベディちゃんの服って、これ以外に何持ってるんですか?制服だから当たり前ですけど、、、これ以外着てるのみたことないですよ?」
「ん?うーん。寝巻き用の、ワイシャツと、姐さんがくれた着物と、後、ワンピースを、持ってるぞ。」
「え?ワンピース!!!どんなんです?!」
「フリル多めのやつ。」
フールの素っ気ない答えにベディが付け加える。
「とっても可愛いんですよ。ピンクと水色のワンピースで、とってもヒラヒラしてて、フール様から頂いた服で目を引きます。」
グレーテルが引いた目でフール見ながら、
「普段からそのような幼女ドレスを漁るのが好きなんですか??いえ、その趣味自体はいいと思いますけど、、、普段のあたなが、、、あぁなのに、、、」
「ちげーわ。はっ倒すぞ。あと普段はああってなんだよ。」
「なーんだ違うのか。つまんない。」
「質問に答えろや。おら。」
「しつこい男は嫌われますよ?」
「しつこくないし、嫌われてない。少なからずベディには好かれてるし。」
「まぁ~~~負け惜しみっ!見苦しいですわよっ!」
「お前、口調どうした??」
フールがため息を着く、腕時計に一瞬視線をやり、
「全く。ほら、ささっさと着替えてこい。もうすぐ開店だぞ。」
「「はーい!」」
ヘンゼルとグレーテルはそう言ってバッグヤードの更衣室へと向かった。
「フール様と、グレーテルさんは仲良いですね。いつも見ていて楽しそうです。」
ベディが羨ましそうに言う。フールがヤレヤレとため息を吐いて、
「仲がいいわけじゃないぞ。仲がいいように振舞ってるだけ。互いにあるのは目先の利益だよ。」
「・・・」
ベディは少し悲しそうに、首を傾げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
店が開き、少しした頃。
バーカウンターで洗ったグラスを拭くベディ。
隣でライがベディにグラスを渡しながら言う。
「ベディ、さっきのこと許してやってね。」
突然そんな事を言われたものだから、ベディは混乱した。
「え?えっと、、、さっきのことって、、、?」
「あぁ、ごめんごめん。唐突だった。フールの事だよ。さっき、だがいの利益しか見えてないって言ったの。許してやってね。」
「あぁ。えっと、」
「フールは、本当の夢魔なんだよ。俺らと違ってね。」
「え?それは、、、どういうことですか?」
「あぁ、ベディは知らないんだっけ、、、俺ら夢魔は最初は人間として産まれるんだ。」
「えぇ!」
ライの衝撃の言葉に驚きを隠せないベディ。
「あはは、そんな驚かれるとは思わなかったなぁ。俺らは人間の寝込みを襲って知らず知らずに孕ませることによって繁殖するんだよ。妖怪の類に繁殖って言葉使っていいのか、分からないけど、、、。」
「な、なるほど、、、でも、どうして、フール様は本当の夢魔なんですか?」
作業する手を一瞬止めて、もう一度動かすライ。
「・・・、俺らは、フール以外は、元々親がいたんだ。家族がいたんだ。イヤ、俺には妹がいる。ヘルドレイドは姉がいた、他の家族も、コールにだって両親がいたんだ。でも、フールは誰もいない。生まれた時からずっと一人で、一人でいたんだよ。だから、人としての気持ちなんて分からないんだよ。」
「人の、、、気持ち、、、。」
「だからあんな言い方をしてしまうことがあるんだよ。だから、許してやってね。」
ライの言葉がベディには分からなかった。
「・・・、はい。」
ベディにとって、心を教えた人物が人の気持ちが分からないと言うのだから当たり前では、あるのだが、ベディにとって、昨夜のフールの振る舞いが人の心が理解出来ない人物には見えなかった。
(・・・考える執拗は、、、ある。思考を停めちゃダメ。)
なんで?
受け入れ、思考を止めようとした自分によぎった考えに戸惑った。
(誰かに言われたような気がする。誰に言われたんだっけ?違う。言われてない。自分で思ったんだ。あれ?どうして思ったんだっけ?)
思考をめぐらせていると、ライが、
「ベディ、手が止まってるよ。」
ベディはビックとしてライの方を向く。
「ご、ごめんなさい。」
もう一度慌ただしく手を動かした。ライは笑って、
「そういえば、今度妹に会って貰えないか?」
「えっ?」
「ダメかな?」
「い、いえ、その、私の方こそ良いのでしょうか。ライ様の家族に会うなんて、、、」
「あはは、全然いいんだよ。俺たちそんな高貴な立場じゃないし。何より、アイツが君に会いたがっているんだ。俺としても、二人が仲良くするのは嬉しいし。」
「分かりました。ライ様がよろしいなら喜んでお会いします。」
「うん。ありがとう。」
そんな会話をしていると、カウンターからいつの間にか居たフールが身を乗り出して来た。
「無駄話も程々にな。ライ、ベディ。」
二人は背中をビクつかせ、
「うお、びっくりした。いきなり話しかけないでよ。うっかりグラス落としちゃうじゃないか。」
フールは溜息をつき、
「じゃあ無駄話するな。いくらこのフロアに客が居ないからって、サボっていいわけじゃないんだぞ。」
少しトゲのあるフールの言い方にベディが慌てて謝る。
「ごめんさい。」
ベディのしょんぼりした姿を見てライが茶化すようにフールに言う。
「ほらほらーフールが怖いからベディが落ち込んじゃった。」
「イヤ、俺に落ち込んだわけじゃ、、、」
ベディのしょぼんとしながらライから渡されたグラスを拭くベディを見て少し黙る。
ライは何かを察したようで、笑顔のままフールに、
「殴っていい?」
「は?!なんでだよ!!」
「今、ベディの落ち込んだ姿、見て´ ´ もうちょっといじめたいな``とか思ったろ。さいてー。ちょーさいてー。」
一言一句図星で焦るフール。
「はぁ!そ、そ、そんなわけないだろ!!何言ってんだお前は!!」
「図星じゃん。」
「違うわ!!」
ライは溜息をつき、
「なんの用で来たの?オーナー。」
「ヘルドレイドいないか?」
「ヘルドレイド?そういばさっき、お客様を個室にお連れしてたよ?」
「今日そっちの仕事あったけ?」
ライは首を傾げて
「さぁ?俺は何も聞いてないよ。」
「俺も知らん。」
「ベディ、なにか、、、」
つい先程まで隣でグラスを拭いていたベディの姿が消えていた。
「ベディ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ああぁぁぁ!!もう!しくじった。最悪だ。本当に最悪だ。
ヘルドレイドは激痛に震える右腕を抑えてうずくまっている。
真っ直ぐ前に壁に寄りかかる魔女。
ケーキのような可愛らしい、きらびやかな衣装と、チョコレートの様な色のつばの大きい帽子が、今のヘルドレイドの視界にうるさくチラつく。
部屋全体が白く霞がかり、鼻腔に入る匂いが甘ったるく痛みが走りる。
(あぁ、クソ。ぐらつく。)
視界がぐらりとズレる感覚が頭の働きを邪魔する。
(くそォ、最悪。腕痛え。匂い気持ち悪っ。)
ふらつきながら立ち上がる。
「おいおーい。無理は良くないんじゃないかい?今の君には立ち上がることも精一杯のはずだ。」
魔女が呑気に語りかける。今のヘルドレイドには苛立ちしか浮かばない。
「うるせぇよ。三流魔女が。こんな小道具使わなきゃ勝てねーのか。」
「ふふ!でもそんな三流魔女に、こんな小道具に惑わされてる君に何も言えないんじゃないかい??あはは!」
魔女が持っている小さなスプーンが大きくなりヘルドレイドに向かってくる。
(くそっ!身体に力が入らないっ!!)
あわてて体をのけぞらせるが、腹部めがけて飛んでくるスプーンには間に合わない。
一か八かで抑えるか、或いはこのまま受けて自身に幻惑を使うか、現状の劣勢を打破するにはどちらかのかけに出なければならない。
(いっそうもう、抑えてのけさせてる間に逃げた方が早いか?いや、こいつ自体をどうにかしないとダメか。じゃあ後者か?だが、受けたとして、確実に俺死にそうだし、)
スプーンが刺さる直前に腰元を思いっきり押される。
五感がスローモーションになる。視界も、聴覚も、味覚も、嗅覚も、触覚も、全てがゆっくりになる。けれど思考だけが早く回る。
「は?」
弱く、いつものなら倒れることの無い力の強さで、ヘルドレイドには直ぐに誰が自分を押したのかわかった。
ベディ。
ベディの肩にヘルドレイドに刺さるはずのスプーンが掠める。
ゆっくりとベディの肩から血が溢れ出る。
体が床につき、痛みでスローモーションが解ける。
「どうしてっ!!」
ヘルドレイドが痛みで痺れているベディを抱き、ソファーの裏に隠れた。
「よ、かった。ヘルドレイド、、、さまぁ、、ぐずっ、、、」
何故ここにいるのか、といとおうとした時、息を飲んでしまい何も言えなくなった。
ベディの目からポロポロとダイヤの涙が流れる。
指ですくうと、零れないうちに口に運ぶ。
塩とは違うしょっぱさが口に広がる。
瞳から流れ続ける涙を見据える。鋭い視線の瞳が光る。
「ヘルド、、レイド、、、さ、ま?」
ヘルドレイドがベディの瞳の下を舐める。
息が少し荒くなってることに気づくベディ。
ここから出そうと立ち上がると、立膝を着いたあたりで腕を掴まれ、止められる。
「ヘルドレイド様、早くここから、、、」
ベディが声をかけた瞬間、ヘルドレイドの目がギラつき血の流れる腕に吸い付く。驚いて叫び声をあげる前に口に太い指が入り阻止される。
ヘルドレイドの喉から、ゴグ、ゴグ、と大きく音が鳴る。
歯が立てられた圧迫で刺すような痛みが走る。
ベディの頭がぼーっとし、ヘルドレイドの肩に顔を埋める。
傷口から唇を離すと、ぐったりとしているベディを壁に置く。頬を優しく撫でると、ベディの疲れきった目を見つめた。
立ち上がり、魔女と対じする。
先程と違う雰囲気のヘルドレイドに背筋がゾッとした。
「あっれー?もしかして元気になっちゃった??」
冷や汗をかきながら、後ろに後ずさってしまう。
ヘルドレイドの拳が大きく振り上げられ、身構える。
が、
拳が下げられた場所はヘルドレイド自身の顔面だった。拳が強く入り、鼻から血がぽたぽたと垂れる。
「ほ、本格的に頭おかしくなった!!」
魔女が動揺する。ヘルドレイドの突然の行動、しっかり見据えられた目。何もかもが劣勢を強いていた先程とは違う。
全く違うのだ。
魔女には何が起こったか、何がきっかけかも分からない。ただただ弱々しい夢魔が、嘘の人間を振舞っていた魔物が、嘘をやめ、魔物として、恐怖の象徴となってしまったという事実を突きつけられるだけ。
魔物が、静かに口を開く。
「自分の血でもだいぶ匂いは掠れるんだな。ちっ
、最初からこうしとけばよかった。」
面倒臭そうに、はたまた、がったかりしたように言う魔物が魔女には怖くてしょうがない。
傲慢にも、´ ´ 弱い振りのまま倒せたら、確実に勝利していたのに``怒らせてしまった。本気を出させてしまった。
「いやほんと。この間に何がそんなに元気にさせたのやら。」
軽口を叩いてみせるが、身体全体が痒くなるくらいの鳥肌がたっていた。無意識に後ずさる。体が震え始め、杖であるスプーンを握りしめる。
ギラりと月よりも黄色く光る目が魔女を見つめる。
「あぁ、お前この香のせいで見えてないのか。ならいいや。」
ヘルドレイドの中の魔物が、獣が言う。
(あぁ、もっと早く食べればよかった。もっと早く飲めばよかった。娘は、´ ´ 自分たちに似た味がする。``)
自分を睨みつける魔女があまりにもちっぽけに見えてしょうがない。馬鹿らしくてしょうがない。
ヘルドレイドが踵を一回鳴らす。魔女は驚いて体をビクつかせた。刹那。
魔女が吹き飛ぶ。何が起きたか魔女は分からない。い。
(は?おかしい。だってずっとあの夢魔は、動いていなかった。気配も無かった。)
「驚いてるな。魔女。」
ヘルドレイドは足たった今、蹴ったを下ろした。
「な、んで、魔法の、気配なんて、、、無かったはずなのに、、、」
背中の痛みで震えながら立ち上がる。
その瞬間、ヘルドレイドにスプーンで切りかかるが、あっさりとかわされ、後ろに周りまれ、腕を拘束されてしまう。
が、ローファーのから刃物を出しアクロバティックに切りかかる。
「くっ、そ、、、はっ!魔法を使えよ!魔女なんだろ!ド三流!夢魔としての力を使ってやってんだ、、、そっちも本気で来いよ。」
ヘルドレイドは多少よろつきながら、言った。
魔女は笑って答えた。
「そうね!私も使う気でいるけど!でも、夢魔なら女の子に優しくあるべきなんじゃない?!」
互いに切りかかる。
ベディがふらつく体に力を入れ、寄りかかりながら立ち上がる。壁伝いに隠れながら部屋の奥へと進む。
ベディ自身どうして進もうとしているのか、分からなかった。それでも進んで、部屋のちょうど角に当たるガラステーブルに隠す様に置かれた香炉があった。
それから部屋の煙と、甘い匂いがしているようで、ベディはその香炉を倒し、煙が出ないようにした。
近くの窓の鍵を開け、そのまま開けた。
二人の魔法の使わない乱闘は互いが互いを止めめいた。一瞬それを確認すると、一目散に魔女の後ろを通り抜けた。
ヘルドレイドもベディの突然の行動に冷や汗が垂れた。
(バカァァァァ!!!何してんねん!!今ので一気に肝と頭冷えたわ!!)
ヘルドレイドは焦って、魔女を投げ飛ばしてしまった。魔女はチャンスと言わんばかりに構えた。
(あっやべ。)
大きなスプーンがひかりの線を描きながらヘルドレイドを襲う。
陽炎となったヘルドレイド体には全く持って効果がなかった。
それどころか、前髪を掴まれ、腹に一発蹴りをくらった。
「、、、がっ、はっ!!」
(はっ?幻惑しか使えないんじゃ、、、まさか、実体自体を幻に近づけたの?!)
また吹き飛ばされしまう。ヘルドレイドは呆れたように言った。
「はぁ、夢魔を全くわかってないな。いいか。俺たちにとって、人間だの、魔女だの、悪魔でさえも俺達にとってただの食材。人間として育てられても、どこかで必ずその冷淡さがある。
だから夢魔(俺ら)は
厄介なの。」
魔女から見えた目は獲物を狙う獣の様に見えた。
「グミのうさぎが導くのはお菓子の王国、ラズベリーが教えてくれるのは恋の味、マドレーヌが教えてくれるの幸せの味、歌を教えるのは味替わりのキャンディー、私が教えるのはスパイス、悪いヤギ達におしおきて!私のお菓子たち!」
周りからフォークを持ったお菓子達がポンポンと音を立てて出てくる。その数は多く、ヘルドレイドは少し後悔した。
(使い魔かよ!)
ベディは窓を開けると、逆にあった香炉を倒し、煙をとめた。
さすがの魔女も視界がだんだんクリアになってきていることに気づき、周りを見渡した。一人用ソファーからドレスの裾が見え、使い魔の一匹がソファーをどかすと、長いブラウンの髪を編み込みハーフアップされた傷だらけの少女がいた。
「はぁ?!どうして!?お菓子たち!」
ベディに使い魔のお菓子が襲いかかる。
「ベディ!!こっちだ!来い!!」
ベディはヘルドレイドの言う通りに、壁をそるように走り、ヘルドレイドが伸ばしている腕の中に飛び込む。見事にキャッチし、フールが持っている長針を投げる。使い魔はぽんむ、と、可愛らしく爆発して、金平糖になる。半分以上居なくなっているが、
(ちっ!針が、もう無い!)
使い魔はのこっている。襲いに飛びかかった、その時、
銃声と共に使い魔たちが爆発して金平糖になってゆく。
「ヘルドレイド!ベディ!」
ライの声に顔を上げると、重々しい拳銃か投げられる。
ヘルドレイドは受け取ると、直ぐに安全装置を外し、使い魔たちを撃つ。使い魔たちがどんどん減っていく中魔女は子供の癇癪のようにスプーンをブンブンと振り回す。
「きぃー!ふざけないで!!今までこんなことは無かったのに!!ベディはなんの感情も無いゴミだったくせに!!なんで!なんでなんでなんでなんで!!変わってるの!!そんな目をしてるの!!嫌い!嫌い!消えろ!居なくなってしまえ!!」
と顔を上げた時、
二つの拳が魔女の顔面を殴る。
「「ふざけんな。」」
ヘルドレイドとライの怒りの拳が魔女を吹き飛ばす
「がっ、、、!!」
(何回吹き飛ばされてんのよ!!いや、それより、夢魔が二体?!どうして!?ダメだ!?勝てない!?どうして?!なんで?!)
そんな思考を繰り返しているうちに、ガチャっと自分の頭に拳銃を突きつけられている音がした。恐る恐る顔を上げると、
青筋の立てたライとヘルドレイドがたっていた。
絶対に外さないように銃口を定めている。
ライが口を開く。
「命乞いなら今のうちにしときな。聞き入れるかは、別問題だけどね。」
魔女は荒れていた思考を止めて、ベディを見た。諦めたように笑い、両手を上げた。
「いいや。しない。もういいよ。ボクはもう、お役御免なんだよ。」
「そう。じゃあ遠慮なく。」
ライがそう言うと、二人はトリガーに手を掛けた。
後ろから肌の溶けた傷だらけの小さな手が伸びて、二人の服の裾を掴んだ。
驚いて、三人はベディを見る。
「ま、待ってください。こ、殺さないで下さい。殺しちゃダメです。」
身体を震わせながら立つベディは限界で、銃を下ろしたヘルドレイドが腕を掴んで支えてた。
「殺しちゃ、ダメです。どれだけ、無慈悲な心があっても、ダメです。殺しちゃったら、お二人は、、、人でなくなってしまう。ダメです。」
たとえ今、自分の掴んでいる服の裾が、過去に沢山人を殺したとしても、とんでもない大悪魔だったとしても、今は、ダメだと思った。今、二人の手を離してはならないと、思った。
ライとヘルドレイドはため息をついて、銃をしまった。
魔女はボロボロと涙を零す。
ベディは限界の足を前に出して、可愛らしいお菓子のドレスに倒れ込む。
「魔女、さ、ん。´ ´ 私``は、たしかに、」
魔女はベディの言葉を遮る。
「わかってる。ごめんなさい。さっきの言葉はちゃんと取り消す。」
魔女はベディの頭を撫でる。
「魔女、さん?」
「意地張っちゃっただけなのよ。許して。ベディ。」
二人は顔を見合わせ、しっかりと互いを瞳に映す。
魔女は手の中から黄色い金平糖をコロンと出して、ベディの口に放り込んだ。
ベディの口の中に甘い砂糖と、優しい酸っぱさのレモンの味が広がる。
ヘルドレイドとライは驚いて、ベディをひきもどす。
魔女はケタケタ笑いながら
「あはは!安心しなよ!毒じゃないから!効果的には、逆だから!安心しなよ!べー!」
魔女はボンッ!と煙を立てて姿やドレスのように可愛らしく消えていった。
「はぁ?!なんなんだよアイツ!!いきなり殺しかかりに来たと思ったら変な和解しましたみたいな顔して逃げてって!!」
ヘルドレイドがギャンギャン言う。ライはなだめながら言う。
「まぁまぁ、落ち着いて。ヘルドレイド、怪我は?」
「無い。それより、ベディの方を、、、」
「はいはい。わかってるよ。大丈夫。そんな焦んなって。」
表では冷静を装っているものの、内心では死んでしまうのではないかと、落ち着けない。
ライは、ため息を着きつつもテキパキとベディの傷の手当を進める。
「やばかったら入ろうと思ったが、、、大丈夫そうだったな。」
ドアに寄りかかるフール。ヘルドレイドは皮肉混じりに言った。
「わかっていたんたなら、早く入ってくれませんかね??」
フールはため息を吐いて、
「無理だな。俺が気づいたのはベディがいなくなってから、探し回ってたら、、、お望みのタイミングには無理だ。」
ヘルドレイドは驚いたように目を見開いて、
「え?!ベディはフールが、支持したんじゃないの?!」
フールは当たり前のように、
「違う。ベディ自身の意思でここに来て、お前を助けた。」
「べ、ベディは、自分の意思での行動は、、、」
「しないな。正確にはあまりに薄すぎて気付かない。だがな。」
「・・・。」
「ベディに救われたな。」
「あぁ。」
フールと、ヘルドレイドの間には確実に温度差があった。それはベディに対するものなのか、今の自分達のものなのか、判断が付かず、淡白な答えと質問を提示するしかないのだ。
フールのよりかかっていたドアがいき良いよく開き、グレーテルが出てくる。
「うわっ!!」
「ベディ!!!大丈夫だった?!、、、って、怪我してるじゃん!!」
涙目で近づくグレーテル。グレーテルの入ってきた勢いでヘルドレイドに抱きしめられる形になったフール。ヘルドレイドもよく分からず抱きしめている。というか、二人とも頭の中で宇宙を展開している。
「ブフッ!」
(カオス、、、)
部屋全体を見て、思わず笑ってしまう、ライ。
グレーテルに抱きしめられながら、ベディは謝罪する。
「ごめんなさい。仕事を投げ出してしまって。そのうえ、手当まで、、、本当にごめんなさい。」
グレーテルと、ライは首を振る。グレーテルが頬を擦り付けながら、
「いーのいーの!フールによく押付けられる仕事に比べれば全然だから!なーにーよーりー!ベディちゃんの仕事だったらいくらでもやってあげちゃう!!」
そろそろ離れろ、と、ライがグレーテルにデコピンする。
「ぎゃあ!」
「そんな声あげるほど痛くないだろ。全く、、、ベディ、仕事を投げ出したことは別に何も言わないけど、こういう状況になるのとは言って。いきなり居なくならないで。入ってきてだいぶ肝を冷やしたよ。」
「ごめんなさい。」
しょんぼりとするベディを見て、ため息を吐く。
「ベディ。俺は責めてるわけじゃない。怒ってるんだよ。」
膝を着いてベディに視線を合わせる。しっかりと手を持って、子供に言い聞かせるように言う。
「ヘルドレイドもそうだけど、君自身に何かあってもダメなんだよ。現に、怪我をしてるしね。ベディは俺らの事を守ること出来ればそれでいいかもしれないけど、俺達だって君を``守りたいと思ってる´ ´ んだよ。」
ベディはライのアメシストの瞳をじっと見つめた。
守りたいと思ってる。
ベディの10数年の人生の中で無縁だった言葉。嬉しかった。そう思ってくれる人が、誰かが、何かが、出来たのだと、嬉しかった。たったそれだけで、無意識の地獄から開放されたような気がした。
「ごめんなさい。」
「次から、しっかり言うこと。」
「はい。」
しっかり反省していることを確認したライは1番気になっていることを聞いた。
「・・・何で、ヘルドレイドが危険だってわかったの?」
「それは、、、ッ!」
ベディが口篭りながら答えようとした時、魔女の食べさせた金平糖のおかげで回復してきた体が悲鳴をあげ始めた。
心臓が握られるように痛い。周りの肋ごと握っているようで痛みは広がっていくばかり。
「がっ、、、ッ!、、、」
ベディは前に倒れ、うずくまる。
突然の出来事にライも、グレーテルも呆然としてしまった。
脳がようやく理解し、行動に移す。
「ベディ!!」
フールとヘルドレイドも異変に気づき駆け寄る。
「ベディ!どうした?!ベディ!!」
「返事しぃ!ベディ!!」
体の奥が熱い。骨が痛い。心臓が脈打つたびに痛い。体に力が入らない。口が動かない。
(言わないと、大丈夫って、言わないと、、、)
そう思いながらベディの瞼がゆっくりと下ろされた。
「ベディ!!」
震えた手でドアノブを回す。軋む音を立てながら開かれた先に見えたのは、、、血まみれになった金髪の男性だった。その人を知っている。知っている。ヘルドレイドだ。何も感じる事の出来ない自身が憎ましいと思った。いや、思ってない。この気持ちがわからない。震えた体でヘルドレイドの隣に座る。
「ベディ、、、」
焦点のあっていない瞳同士がぶつかり合う。優しく頭を洗ってくれた、血だらけの手が力なく、頬に伸ばされ、唇に触れる。
もう嫌だ。
視線を下ろすと、左脚が膝上から無くなっていた。腹部の方はスプーンか何かで抉ったようになっていた。こそから臓器が出て、血と色々な液体を垂れ流している。
自分の震えた手をヘルドレイドの胸のスーツを握り締める。
もういい。もう嫌だ。
ヘルドレイドがベディに笑いかける。
嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌。
ヘルドレイドの身体に小さくヒビが入っていく。
やめて。もうやめて。
掴んでいない方の手がベディの頬を撫でる。撫でる手にもひびが大きく入り、肌がパラパラとかわいた絵の具のように落ちていき、イエローダイヤモンドの輝きが覗かせた。
やぁ。やめて。置いてかないで。
ヘルドレイドの頬に涙が伝う。この涙は、、、ベディのものだ。ベディの目からぽたぽたと大粒の涙が流れている。
「ヘルドレイド様、何ですか?これ。凄く苦しいです」
ヘルドレイドは目を瞑ると、体の力が全て抜けた。掴んでいる手を落とすまいと、強く握る。
が、
ヘルドレイドの身体はサラサラと、砂粒となって崩れてゆく。
待って。待って。なんで?なんで?ナンデ?ナンデ。ナニガワルカッタノ?!
自問自答をしているうちに自分の手の中には黄色に光る透明な砂だけが残った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚めた。息が荒い。
主人達から与えられた部屋の天井を見て、
夢であることを確信した。
「はぁ、はぁ。夢。です、、、よね?」
あまりの生々しさに過去に自分が起こったことではないかと思うほどだった。
震えが止まらない。起き上がって、心臓から震えて、体全体に伝わっているようで、震えを停めたくて押さえるても震える。
トントン、と自室のドアを叩かれる。
「入るよ。」
と言って、入って来たのは、ヘルドレイドだった。ベディはほっとした。心からホッとした。本当に夢なんだと。あんな事は起こっていないんだと。
「う、、、ぅっ」
「ベディ?!」
自分の顔を見るなりベディは目から大粒の涙をこぼしながら、嗚咽を漏らす。
「ご、ごめんなさいっ、、、ひっぐ、。」
自分の手で涙を拭いながら謝られるヘルドレイド。わけかが分からずただワタワタしてしまう。
「な、なんで泣いんでるの、かなぁ?」
「あ、っ、、、あの、ぐす、怖い、夢を見て、、、それで、ぐす、安心して、、、」
背中を優しく撫でる。ヘルドレイド。
「そっか、そっか。なるほど。」
(よかったー。泣くほど嫌われたかと思った。)
「うぅ、、、スン、ごめんなさい、泣きやみます、、、うぅ」
フールから貰ったワイシャツの袖で涙を雑に拭う。ヘルドレイドが腰巻のエプロンにかけてあるタオルで手を除けて触れる。
「目が赤くなるよ。擦らない。」
「あ゛い゛」
それでも一向に止まる気配のない涙にベディは動揺していた。ヘルドレイドは背中を押しながら、
「服、そのままでもいいから一度降りようか。」
ヘルドレイドの言葉にベディは頷いてベッドを降りる。素足のまま革靴に足を通し、部屋を出る。
食堂へ降りると、ライがコールと朝食の準備をしていた。スンスンと鼻を鳴らしながらヘルドレイドに連れてこられるベディを見て二人ともギョッとした。
「え?!ベディ、どうしたの?!」
「ベディ。泣いてる。」
ライとコールが駆け寄る。ヘルドレイドから貰ったタオルで涙を拭いながら答えようとするが嗚咽で言葉が出ない。ヘルドレイドが代わりとして答えた。
「怖い夢を見たんだって。」
「怖い。夢?」
「だってさ。」
コールが不思議そうに聞いた。ヘルドレイドは頷く。コップに水を入れてベディに渡す。
「飲んで。」
そう言うと、だいぶ喉が渇いていたらしく、小さな喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
「飲み終わったら着替えておいで。ついでにフールも起こして来て。」
飲み終わり、ベディは頭を小さく下げて、コップを流しにおいて、食堂を出た。
ベディの足跡が遠くなったこと確認すると、ヘルドレイドが糸が切れたように椅子に座った。
「ハー、疲れた。と言うかびびった。」
ライが肩を一度上下し、
「そうだな。俺もびびった。まさかベディが泣くなんて、、、前の主人の夢でも見たのかな?」
「どうだろうね。でも、ベディは前の主人についてはケロッとしてるイメージだけど。」
「そうなんだよなぁ~。てか、どんな悪夢かなんか言ってなかったの?」
ヘルドレイドは首を横に振り、肩をすくめる。
「全く。何度か、言おうとして止めてるようには見えたけど、、、何も言ってないよ。」
「そっか。ベディが感情を取り戻しつつあるってことで良いのかな?」
黙っていたコールが口を開く。
「それは。いいと思う。でも。違和感。ある。」
ライとヘルドレイドがコールを見る。
「この前。お客に。殴られてた。それでも。ベディは。何事も無かった。みたいに。謝って。落ちた。お皿。拾った。」
コールの言葉により頭を困らせる。ヘルドレイドが前日ヤヨに言われた事を思い出し、意見を述べる。
「前の主人の事も多分無いと思う。昨日、ヤヨちゃんが傷にいても何事も無かったみたいに話されて驚いたって言ってたし。」
疑問符が一向に取れないライが口をつける。
「じゃあなんだ?ベティにとっての怖い物自体が
分からない。」
「そうだよな。俺もさっぱり検討がつかない。」
そんなことを言っていると、ドタドタと足音が近づいて、ドアが良いよく開く。
「ベディの目がすごい赤いんだけどっ!!何があった?!」
ベストの前のボタンを閉めていないフールが制服に着替えたベディを脇に抱えて、息を切らしていた。ヘルドレイドが先程と同じに答える。
「怖い夢見たんだって。」
「怖い夢?」
フールがベディを下ろしながら言う。三人は万が一にフールがベディの夢の要因に心当たりがあるかもしれないと身構えるが、さっぱり分からない顔をされ、肩を落とす。フールが
「ベディ、怖い夢ってどんな夢だ?」
さらりと聞くので、三人とも運んでいた朝食を落としそうになる。
「えっと、、、その、ごめんなさい。あまり覚えていないです。」
「うーん。ベディが怖いと思うものってなんだ?」
「えっと、ごめんなさい。分かりません。でも、ご主人様達に捨てられてしまうかもしれない、そう、思うと、、、」
ベディは自分の胸を抑えて苦しそうに言う。
「ここが苦しくて、目が熱くなるのは参考になりますか?」
ベディの裏表もない純粋な気持ちに、裏ばかりを読み続け、不純な気持ちばかりを受け止めてきた夢魔達にはあまりに眩しく、来るものがあった。
全員顔を抑えて、黙り込む。
((((何この、すっごい罪悪感。))))
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
業務員用のドアが開き、二人のの男女が入ってくる。
「おはようございマース。」
「はざまっす」
荷物を運んでいたベディに挨拶をした。
「あ、おはようございます。ヘンゼルさん。グレーテルさん。」
グレーテルはベディを見つけるなり抱きついた。
「あー!ベディちゃん!!おはよぉ!今日も可愛いねぇ!!」
人形のようにされるがままのベディにヘンゼルは嫌なら抵抗していいと、忠告するが、ベディは首を傾げる。奥からフールが入って来て、ベディを奪う。
「おい!すぐベディに抱きつくのやめろっ!」
ガルルっと喉を鳴らしながら威嚇するが、全くグレーテルには通じていない。ヘンゼルがグレーテルを止めに入りつつも無視をして、小脇にかかれられたベディにうっとりしている。
そんな四人を遠くから見ているヘルドレイドとライ、懐かしそうに雑談をする。
「あの二人、すっかりベディのこと気に入ってるね。」
ライが楽しそうに言う。ヘルドレイドが首をかしげつつも、頷く。
「まぁ、そうな。ヘンゼルはよくわかんないけど、グレーテルは制服姿見た瞬間に抱きつくようになったもんな。」
グレーテルが、フールに、
「そういえば、ベディちゃんの服って、これ以外に何持ってるんですか?制服だから当たり前ですけど、、、これ以外着てるのみたことないですよ?」
「ん?うーん。寝巻き用の、ワイシャツと、姐さんがくれた着物と、後、ワンピースを、持ってるぞ。」
「え?ワンピース!!!どんなんです?!」
「フリル多めのやつ。」
フールの素っ気ない答えにベディが付け加える。
「とっても可愛いんですよ。ピンクと水色のワンピースで、とってもヒラヒラしてて、フール様から頂いた服で目を引きます。」
グレーテルが引いた目でフール見ながら、
「普段からそのような幼女ドレスを漁るのが好きなんですか??いえ、その趣味自体はいいと思いますけど、、、普段のあたなが、、、あぁなのに、、、」
「ちげーわ。はっ倒すぞ。あと普段はああってなんだよ。」
「なーんだ違うのか。つまんない。」
「質問に答えろや。おら。」
「しつこい男は嫌われますよ?」
「しつこくないし、嫌われてない。少なからずベディには好かれてるし。」
「まぁ~~~負け惜しみっ!見苦しいですわよっ!」
「お前、口調どうした??」
フールがため息を着く、腕時計に一瞬視線をやり、
「全く。ほら、ささっさと着替えてこい。もうすぐ開店だぞ。」
「「はーい!」」
ヘンゼルとグレーテルはそう言ってバッグヤードの更衣室へと向かった。
「フール様と、グレーテルさんは仲良いですね。いつも見ていて楽しそうです。」
ベディが羨ましそうに言う。フールがヤレヤレとため息を吐いて、
「仲がいいわけじゃないぞ。仲がいいように振舞ってるだけ。互いにあるのは目先の利益だよ。」
「・・・」
ベディは少し悲しそうに、首を傾げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
店が開き、少しした頃。
バーカウンターで洗ったグラスを拭くベディ。
隣でライがベディにグラスを渡しながら言う。
「ベディ、さっきのこと許してやってね。」
突然そんな事を言われたものだから、ベディは混乱した。
「え?えっと、、、さっきのことって、、、?」
「あぁ、ごめんごめん。唐突だった。フールの事だよ。さっき、だがいの利益しか見えてないって言ったの。許してやってね。」
「あぁ。えっと、」
「フールは、本当の夢魔なんだよ。俺らと違ってね。」
「え?それは、、、どういうことですか?」
「あぁ、ベディは知らないんだっけ、、、俺ら夢魔は最初は人間として産まれるんだ。」
「えぇ!」
ライの衝撃の言葉に驚きを隠せないベディ。
「あはは、そんな驚かれるとは思わなかったなぁ。俺らは人間の寝込みを襲って知らず知らずに孕ませることによって繁殖するんだよ。妖怪の類に繁殖って言葉使っていいのか、分からないけど、、、。」
「な、なるほど、、、でも、どうして、フール様は本当の夢魔なんですか?」
作業する手を一瞬止めて、もう一度動かすライ。
「・・・、俺らは、フール以外は、元々親がいたんだ。家族がいたんだ。イヤ、俺には妹がいる。ヘルドレイドは姉がいた、他の家族も、コールにだって両親がいたんだ。でも、フールは誰もいない。生まれた時からずっと一人で、一人でいたんだよ。だから、人としての気持ちなんて分からないんだよ。」
「人の、、、気持ち、、、。」
「だからあんな言い方をしてしまうことがあるんだよ。だから、許してやってね。」
ライの言葉がベディには分からなかった。
「・・・、はい。」
ベディにとって、心を教えた人物が人の気持ちが分からないと言うのだから当たり前では、あるのだが、ベディにとって、昨夜のフールの振る舞いが人の心が理解出来ない人物には見えなかった。
(・・・考える執拗は、、、ある。思考を停めちゃダメ。)
なんで?
受け入れ、思考を止めようとした自分によぎった考えに戸惑った。
(誰かに言われたような気がする。誰に言われたんだっけ?違う。言われてない。自分で思ったんだ。あれ?どうして思ったんだっけ?)
思考をめぐらせていると、ライが、
「ベディ、手が止まってるよ。」
ベディはビックとしてライの方を向く。
「ご、ごめんなさい。」
もう一度慌ただしく手を動かした。ライは笑って、
「そういえば、今度妹に会って貰えないか?」
「えっ?」
「ダメかな?」
「い、いえ、その、私の方こそ良いのでしょうか。ライ様の家族に会うなんて、、、」
「あはは、全然いいんだよ。俺たちそんな高貴な立場じゃないし。何より、アイツが君に会いたがっているんだ。俺としても、二人が仲良くするのは嬉しいし。」
「分かりました。ライ様がよろしいなら喜んでお会いします。」
「うん。ありがとう。」
そんな会話をしていると、カウンターからいつの間にか居たフールが身を乗り出して来た。
「無駄話も程々にな。ライ、ベディ。」
二人は背中をビクつかせ、
「うお、びっくりした。いきなり話しかけないでよ。うっかりグラス落としちゃうじゃないか。」
フールは溜息をつき、
「じゃあ無駄話するな。いくらこのフロアに客が居ないからって、サボっていいわけじゃないんだぞ。」
少しトゲのあるフールの言い方にベディが慌てて謝る。
「ごめんさい。」
ベディのしょんぼりした姿を見てライが茶化すようにフールに言う。
「ほらほらーフールが怖いからベディが落ち込んじゃった。」
「イヤ、俺に落ち込んだわけじゃ、、、」
ベディのしょぼんとしながらライから渡されたグラスを拭くベディを見て少し黙る。
ライは何かを察したようで、笑顔のままフールに、
「殴っていい?」
「は?!なんでだよ!!」
「今、ベディの落ち込んだ姿、見て´ ´ もうちょっといじめたいな``とか思ったろ。さいてー。ちょーさいてー。」
一言一句図星で焦るフール。
「はぁ!そ、そ、そんなわけないだろ!!何言ってんだお前は!!」
「図星じゃん。」
「違うわ!!」
ライは溜息をつき、
「なんの用で来たの?オーナー。」
「ヘルドレイドいないか?」
「ヘルドレイド?そういばさっき、お客様を個室にお連れしてたよ?」
「今日そっちの仕事あったけ?」
ライは首を傾げて
「さぁ?俺は何も聞いてないよ。」
「俺も知らん。」
「ベディ、なにか、、、」
つい先程まで隣でグラスを拭いていたベディの姿が消えていた。
「ベディ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ああぁぁぁ!!もう!しくじった。最悪だ。本当に最悪だ。
ヘルドレイドは激痛に震える右腕を抑えてうずくまっている。
真っ直ぐ前に壁に寄りかかる魔女。
ケーキのような可愛らしい、きらびやかな衣装と、チョコレートの様な色のつばの大きい帽子が、今のヘルドレイドの視界にうるさくチラつく。
部屋全体が白く霞がかり、鼻腔に入る匂いが甘ったるく痛みが走りる。
(あぁ、クソ。ぐらつく。)
視界がぐらりとズレる感覚が頭の働きを邪魔する。
(くそォ、最悪。腕痛え。匂い気持ち悪っ。)
ふらつきながら立ち上がる。
「おいおーい。無理は良くないんじゃないかい?今の君には立ち上がることも精一杯のはずだ。」
魔女が呑気に語りかける。今のヘルドレイドには苛立ちしか浮かばない。
「うるせぇよ。三流魔女が。こんな小道具使わなきゃ勝てねーのか。」
「ふふ!でもそんな三流魔女に、こんな小道具に惑わされてる君に何も言えないんじゃないかい??あはは!」
魔女が持っている小さなスプーンが大きくなりヘルドレイドに向かってくる。
(くそっ!身体に力が入らないっ!!)
あわてて体をのけぞらせるが、腹部めがけて飛んでくるスプーンには間に合わない。
一か八かで抑えるか、或いはこのまま受けて自身に幻惑を使うか、現状の劣勢を打破するにはどちらかのかけに出なければならない。
(いっそうもう、抑えてのけさせてる間に逃げた方が早いか?いや、こいつ自体をどうにかしないとダメか。じゃあ後者か?だが、受けたとして、確実に俺死にそうだし、)
スプーンが刺さる直前に腰元を思いっきり押される。
五感がスローモーションになる。視界も、聴覚も、味覚も、嗅覚も、触覚も、全てがゆっくりになる。けれど思考だけが早く回る。
「は?」
弱く、いつものなら倒れることの無い力の強さで、ヘルドレイドには直ぐに誰が自分を押したのかわかった。
ベディ。
ベディの肩にヘルドレイドに刺さるはずのスプーンが掠める。
ゆっくりとベディの肩から血が溢れ出る。
体が床につき、痛みでスローモーションが解ける。
「どうしてっ!!」
ヘルドレイドが痛みで痺れているベディを抱き、ソファーの裏に隠れた。
「よ、かった。ヘルドレイド、、、さまぁ、、ぐずっ、、、」
何故ここにいるのか、といとおうとした時、息を飲んでしまい何も言えなくなった。
ベディの目からポロポロとダイヤの涙が流れる。
指ですくうと、零れないうちに口に運ぶ。
塩とは違うしょっぱさが口に広がる。
瞳から流れ続ける涙を見据える。鋭い視線の瞳が光る。
「ヘルド、、レイド、、、さ、ま?」
ヘルドレイドがベディの瞳の下を舐める。
息が少し荒くなってることに気づくベディ。
ここから出そうと立ち上がると、立膝を着いたあたりで腕を掴まれ、止められる。
「ヘルドレイド様、早くここから、、、」
ベディが声をかけた瞬間、ヘルドレイドの目がギラつき血の流れる腕に吸い付く。驚いて叫び声をあげる前に口に太い指が入り阻止される。
ヘルドレイドの喉から、ゴグ、ゴグ、と大きく音が鳴る。
歯が立てられた圧迫で刺すような痛みが走る。
ベディの頭がぼーっとし、ヘルドレイドの肩に顔を埋める。
傷口から唇を離すと、ぐったりとしているベディを壁に置く。頬を優しく撫でると、ベディの疲れきった目を見つめた。
立ち上がり、魔女と対じする。
先程と違う雰囲気のヘルドレイドに背筋がゾッとした。
「あっれー?もしかして元気になっちゃった??」
冷や汗をかきながら、後ろに後ずさってしまう。
ヘルドレイドの拳が大きく振り上げられ、身構える。
が、
拳が下げられた場所はヘルドレイド自身の顔面だった。拳が強く入り、鼻から血がぽたぽたと垂れる。
「ほ、本格的に頭おかしくなった!!」
魔女が動揺する。ヘルドレイドの突然の行動、しっかり見据えられた目。何もかもが劣勢を強いていた先程とは違う。
全く違うのだ。
魔女には何が起こったか、何がきっかけかも分からない。ただただ弱々しい夢魔が、嘘の人間を振舞っていた魔物が、嘘をやめ、魔物として、恐怖の象徴となってしまったという事実を突きつけられるだけ。
魔物が、静かに口を開く。
「自分の血でもだいぶ匂いは掠れるんだな。ちっ
、最初からこうしとけばよかった。」
面倒臭そうに、はたまた、がったかりしたように言う魔物が魔女には怖くてしょうがない。
傲慢にも、´ ´ 弱い振りのまま倒せたら、確実に勝利していたのに``怒らせてしまった。本気を出させてしまった。
「いやほんと。この間に何がそんなに元気にさせたのやら。」
軽口を叩いてみせるが、身体全体が痒くなるくらいの鳥肌がたっていた。無意識に後ずさる。体が震え始め、杖であるスプーンを握りしめる。
ギラりと月よりも黄色く光る目が魔女を見つめる。
「あぁ、お前この香のせいで見えてないのか。ならいいや。」
ヘルドレイドの中の魔物が、獣が言う。
(あぁ、もっと早く食べればよかった。もっと早く飲めばよかった。娘は、´ ´ 自分たちに似た味がする。``)
自分を睨みつける魔女があまりにもちっぽけに見えてしょうがない。馬鹿らしくてしょうがない。
ヘルドレイドが踵を一回鳴らす。魔女は驚いて体をビクつかせた。刹那。
魔女が吹き飛ぶ。何が起きたか魔女は分からない。い。
(は?おかしい。だってずっとあの夢魔は、動いていなかった。気配も無かった。)
「驚いてるな。魔女。」
ヘルドレイドは足たった今、蹴ったを下ろした。
「な、んで、魔法の、気配なんて、、、無かったはずなのに、、、」
背中の痛みで震えながら立ち上がる。
その瞬間、ヘルドレイドにスプーンで切りかかるが、あっさりとかわされ、後ろに周りまれ、腕を拘束されてしまう。
が、ローファーのから刃物を出しアクロバティックに切りかかる。
「くっ、そ、、、はっ!魔法を使えよ!魔女なんだろ!ド三流!夢魔としての力を使ってやってんだ、、、そっちも本気で来いよ。」
ヘルドレイドは多少よろつきながら、言った。
魔女は笑って答えた。
「そうね!私も使う気でいるけど!でも、夢魔なら女の子に優しくあるべきなんじゃない?!」
互いに切りかかる。
ベディがふらつく体に力を入れ、寄りかかりながら立ち上がる。壁伝いに隠れながら部屋の奥へと進む。
ベディ自身どうして進もうとしているのか、分からなかった。それでも進んで、部屋のちょうど角に当たるガラステーブルに隠す様に置かれた香炉があった。
それから部屋の煙と、甘い匂いがしているようで、ベディはその香炉を倒し、煙が出ないようにした。
近くの窓の鍵を開け、そのまま開けた。
二人の魔法の使わない乱闘は互いが互いを止めめいた。一瞬それを確認すると、一目散に魔女の後ろを通り抜けた。
ヘルドレイドもベディの突然の行動に冷や汗が垂れた。
(バカァァァァ!!!何してんねん!!今ので一気に肝と頭冷えたわ!!)
ヘルドレイドは焦って、魔女を投げ飛ばしてしまった。魔女はチャンスと言わんばかりに構えた。
(あっやべ。)
大きなスプーンがひかりの線を描きながらヘルドレイドを襲う。
陽炎となったヘルドレイド体には全く持って効果がなかった。
それどころか、前髪を掴まれ、腹に一発蹴りをくらった。
「、、、がっ、はっ!!」
(はっ?幻惑しか使えないんじゃ、、、まさか、実体自体を幻に近づけたの?!)
また吹き飛ばされしまう。ヘルドレイドは呆れたように言った。
「はぁ、夢魔を全くわかってないな。いいか。俺たちにとって、人間だの、魔女だの、悪魔でさえも俺達にとってただの食材。人間として育てられても、どこかで必ずその冷淡さがある。
だから夢魔(俺ら)は
厄介なの。」
魔女から見えた目は獲物を狙う獣の様に見えた。
「グミのうさぎが導くのはお菓子の王国、ラズベリーが教えてくれるのは恋の味、マドレーヌが教えてくれるの幸せの味、歌を教えるのは味替わりのキャンディー、私が教えるのはスパイス、悪いヤギ達におしおきて!私のお菓子たち!」
周りからフォークを持ったお菓子達がポンポンと音を立てて出てくる。その数は多く、ヘルドレイドは少し後悔した。
(使い魔かよ!)
ベディは窓を開けると、逆にあった香炉を倒し、煙をとめた。
さすがの魔女も視界がだんだんクリアになってきていることに気づき、周りを見渡した。一人用ソファーからドレスの裾が見え、使い魔の一匹がソファーをどかすと、長いブラウンの髪を編み込みハーフアップされた傷だらけの少女がいた。
「はぁ?!どうして!?お菓子たち!」
ベディに使い魔のお菓子が襲いかかる。
「ベディ!!こっちだ!来い!!」
ベディはヘルドレイドの言う通りに、壁をそるように走り、ヘルドレイドが伸ばしている腕の中に飛び込む。見事にキャッチし、フールが持っている長針を投げる。使い魔はぽんむ、と、可愛らしく爆発して、金平糖になる。半分以上居なくなっているが、
(ちっ!針が、もう無い!)
使い魔はのこっている。襲いに飛びかかった、その時、
銃声と共に使い魔たちが爆発して金平糖になってゆく。
「ヘルドレイド!ベディ!」
ライの声に顔を上げると、重々しい拳銃か投げられる。
ヘルドレイドは受け取ると、直ぐに安全装置を外し、使い魔たちを撃つ。使い魔たちがどんどん減っていく中魔女は子供の癇癪のようにスプーンをブンブンと振り回す。
「きぃー!ふざけないで!!今までこんなことは無かったのに!!ベディはなんの感情も無いゴミだったくせに!!なんで!なんでなんでなんでなんで!!変わってるの!!そんな目をしてるの!!嫌い!嫌い!消えろ!居なくなってしまえ!!」
と顔を上げた時、
二つの拳が魔女の顔面を殴る。
「「ふざけんな。」」
ヘルドレイドとライの怒りの拳が魔女を吹き飛ばす
「がっ、、、!!」
(何回吹き飛ばされてんのよ!!いや、それより、夢魔が二体?!どうして!?ダメだ!?勝てない!?どうして?!なんで?!)
そんな思考を繰り返しているうちに、ガチャっと自分の頭に拳銃を突きつけられている音がした。恐る恐る顔を上げると、
青筋の立てたライとヘルドレイドがたっていた。
絶対に外さないように銃口を定めている。
ライが口を開く。
「命乞いなら今のうちにしときな。聞き入れるかは、別問題だけどね。」
魔女は荒れていた思考を止めて、ベディを見た。諦めたように笑い、両手を上げた。
「いいや。しない。もういいよ。ボクはもう、お役御免なんだよ。」
「そう。じゃあ遠慮なく。」
ライがそう言うと、二人はトリガーに手を掛けた。
後ろから肌の溶けた傷だらけの小さな手が伸びて、二人の服の裾を掴んだ。
驚いて、三人はベディを見る。
「ま、待ってください。こ、殺さないで下さい。殺しちゃダメです。」
身体を震わせながら立つベディは限界で、銃を下ろしたヘルドレイドが腕を掴んで支えてた。
「殺しちゃ、ダメです。どれだけ、無慈悲な心があっても、ダメです。殺しちゃったら、お二人は、、、人でなくなってしまう。ダメです。」
たとえ今、自分の掴んでいる服の裾が、過去に沢山人を殺したとしても、とんでもない大悪魔だったとしても、今は、ダメだと思った。今、二人の手を離してはならないと、思った。
ライとヘルドレイドはため息をついて、銃をしまった。
魔女はボロボロと涙を零す。
ベディは限界の足を前に出して、可愛らしいお菓子のドレスに倒れ込む。
「魔女、さ、ん。´ ´ 私``は、たしかに、」
魔女はベディの言葉を遮る。
「わかってる。ごめんなさい。さっきの言葉はちゃんと取り消す。」
魔女はベディの頭を撫でる。
「魔女、さん?」
「意地張っちゃっただけなのよ。許して。ベディ。」
二人は顔を見合わせ、しっかりと互いを瞳に映す。
魔女は手の中から黄色い金平糖をコロンと出して、ベディの口に放り込んだ。
ベディの口の中に甘い砂糖と、優しい酸っぱさのレモンの味が広がる。
ヘルドレイドとライは驚いて、ベディをひきもどす。
魔女はケタケタ笑いながら
「あはは!安心しなよ!毒じゃないから!効果的には、逆だから!安心しなよ!べー!」
魔女はボンッ!と煙を立てて姿やドレスのように可愛らしく消えていった。
「はぁ?!なんなんだよアイツ!!いきなり殺しかかりに来たと思ったら変な和解しましたみたいな顔して逃げてって!!」
ヘルドレイドがギャンギャン言う。ライはなだめながら言う。
「まぁまぁ、落ち着いて。ヘルドレイド、怪我は?」
「無い。それより、ベディの方を、、、」
「はいはい。わかってるよ。大丈夫。そんな焦んなって。」
表では冷静を装っているものの、内心では死んでしまうのではないかと、落ち着けない。
ライは、ため息を着きつつもテキパキとベディの傷の手当を進める。
「やばかったら入ろうと思ったが、、、大丈夫そうだったな。」
ドアに寄りかかるフール。ヘルドレイドは皮肉混じりに言った。
「わかっていたんたなら、早く入ってくれませんかね??」
フールはため息を吐いて、
「無理だな。俺が気づいたのはベディがいなくなってから、探し回ってたら、、、お望みのタイミングには無理だ。」
ヘルドレイドは驚いたように目を見開いて、
「え?!ベディはフールが、支持したんじゃないの?!」
フールは当たり前のように、
「違う。ベディ自身の意思でここに来て、お前を助けた。」
「べ、ベディは、自分の意思での行動は、、、」
「しないな。正確にはあまりに薄すぎて気付かない。だがな。」
「・・・。」
「ベディに救われたな。」
「あぁ。」
フールと、ヘルドレイドの間には確実に温度差があった。それはベディに対するものなのか、今の自分達のものなのか、判断が付かず、淡白な答えと質問を提示するしかないのだ。
フールのよりかかっていたドアがいき良いよく開き、グレーテルが出てくる。
「うわっ!!」
「ベディ!!!大丈夫だった?!、、、って、怪我してるじゃん!!」
涙目で近づくグレーテル。グレーテルの入ってきた勢いでヘルドレイドに抱きしめられる形になったフール。ヘルドレイドもよく分からず抱きしめている。というか、二人とも頭の中で宇宙を展開している。
「ブフッ!」
(カオス、、、)
部屋全体を見て、思わず笑ってしまう、ライ。
グレーテルに抱きしめられながら、ベディは謝罪する。
「ごめんなさい。仕事を投げ出してしまって。そのうえ、手当まで、、、本当にごめんなさい。」
グレーテルと、ライは首を振る。グレーテルが頬を擦り付けながら、
「いーのいーの!フールによく押付けられる仕事に比べれば全然だから!なーにーよーりー!ベディちゃんの仕事だったらいくらでもやってあげちゃう!!」
そろそろ離れろ、と、ライがグレーテルにデコピンする。
「ぎゃあ!」
「そんな声あげるほど痛くないだろ。全く、、、ベディ、仕事を投げ出したことは別に何も言わないけど、こういう状況になるのとは言って。いきなり居なくならないで。入ってきてだいぶ肝を冷やしたよ。」
「ごめんなさい。」
しょんぼりとするベディを見て、ため息を吐く。
「ベディ。俺は責めてるわけじゃない。怒ってるんだよ。」
膝を着いてベディに視線を合わせる。しっかりと手を持って、子供に言い聞かせるように言う。
「ヘルドレイドもそうだけど、君自身に何かあってもダメなんだよ。現に、怪我をしてるしね。ベディは俺らの事を守ること出来ればそれでいいかもしれないけど、俺達だって君を``守りたいと思ってる´ ´ んだよ。」
ベディはライのアメシストの瞳をじっと見つめた。
守りたいと思ってる。
ベディの10数年の人生の中で無縁だった言葉。嬉しかった。そう思ってくれる人が、誰かが、何かが、出来たのだと、嬉しかった。たったそれだけで、無意識の地獄から開放されたような気がした。
「ごめんなさい。」
「次から、しっかり言うこと。」
「はい。」
しっかり反省していることを確認したライは1番気になっていることを聞いた。
「・・・何で、ヘルドレイドが危険だってわかったの?」
「それは、、、ッ!」
ベディが口篭りながら答えようとした時、魔女の食べさせた金平糖のおかげで回復してきた体が悲鳴をあげ始めた。
心臓が握られるように痛い。周りの肋ごと握っているようで痛みは広がっていくばかり。
「がっ、、、ッ!、、、」
ベディは前に倒れ、うずくまる。
突然の出来事にライも、グレーテルも呆然としてしまった。
脳がようやく理解し、行動に移す。
「ベディ!!」
フールとヘルドレイドも異変に気づき駆け寄る。
「ベディ!どうした?!ベディ!!」
「返事しぃ!ベディ!!」
体の奥が熱い。骨が痛い。心臓が脈打つたびに痛い。体に力が入らない。口が動かない。
(言わないと、大丈夫って、言わないと、、、)
そう思いながらベディの瞼がゆっくりと下ろされた。
「ベディ!!」
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