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ベディ
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ジリリ!ジリリリリ!
頭の上からなるけたたましい目覚まし時計の音に苛立つ。
「ん~。むにゃ」
ベッドの棚に手を伸ばし、目覚まし時計のスイッチを押す。そのままぐったりとしまた夢の世界へ旅立とうとした時、部屋のドアが行き良いよく開き、コールがダイブしてきた。
「ぐぁぁ!ー~!」
ベッドのギシギシという音ともに自身の背中も同時に海老反りのような形になる。ベッドがバウンドし、圧迫感から開放されるともう一度腰に重みが乗る。
「ぶがっ!っー」
唐突な衝撃と痛みで頭がさえ、上に乗っているコールを見上げると、コールは楽しそうに笑って
「フール。おはよう!。朝だよ。ライがご飯。できたって。」
「お、おう。ありがとう。」
「うん。」
「・・・」
「・・・コール。」
「何?」
「そろそろ降りて欲しいんだけど、、、」
コールは、ハッとして、よいしょと下りる。
「んじゃおやすみ。」
掛け布団を頭からかぶるり、団子になるフール。
コールはフールがそうしたことに驚き慌てて団子を揺さぶる。
「フール!フール!起きて。起きて。朝ごはん。冷めちゃうよ。ライにだって。怒られる。ヘルドレイドにだって、、、」
突然団子の中から腕が伸び、そのまま捕まれ引きずり込まれるコール。
「うわぁ!フール!」
布団の中で前からコールを抱きしめる形になり、背中をリズムを一定にして叩く。
「ほーら、眠れ眠れ。」
コールはただでさえ眠そうにぽやりとしている目をより眠そうにし始めた。
「うむぅ。」
フールはしめしめ狙い通り!とでも言わんばかりの笑みを浮かべて自身も寝ようと目を瞑る。刹那
団子にしていたかけ布団が宙に舞い、ぬくぬくとした熱が一度に鳥肌がたつの冷たい空気と入れ替わる。
「さぶ!」
「はーい。お二人さん、そろそろご飯冷めるから出ようなー。」
問答無用で布団を取られ遮光カーテンがで開けられ光で痛くなった瞼を開けるとヘルドレイドがいつも通りついた笑みでこちらを見る。
「ヘルド~起きなきゃダメか?」
「ダメ。あと勝手に略すな。人の名前を」
フールが起きたくないと駄々をこねているとコールがダメだよ。起きて。とゆする。
「ほらほらーコールもゆぅとるんやから、おきぃ」
「ヘルドレイド、言葉。」
「おっと、ごめんごめん。」
ヘルドレイドは口を自分の指先で抑える。
「ヘルドレイド。おはよう。」
「おはよう。コール、起こしてって言ったよね?」
「ゔっごめんなさい。きよつける。ます。」
「うん。よろしい。ライが手伝いが欲しいって言ってたから行ってきて。」
「うん。」
「ちょっとまって。」
「うゆ。」
コールの曲がったチョーカーを直す。直った、とヘルドレイドが呟くと、コールは子供のような足取りで部屋を出た。フールがワイシャツに腕を通して、呼びかける。
「ヘルドレイド、大丈夫か?」
「ん?何が?」
「いや、なんか、、、顔色が悪いなって。思った。」
ヘルドレイドは少し多めに息を吐いて、
「そんな事ないよ。ほら。」
そう言ってヘルドレイドはフールの手を取って自分の顔につけると、フールの手にはヘルドレイドの体温がじんわりと伝わる。フールは親指で眼球の下をなぞるように涙袋に触れた。
「うん。確かに。体温は平気そうだな。」
そう呟くと、フールはヘルドレイドの頬から手を離し、シャツの前のボタンを締め始める。
「具合が悪くなったらすぐ報告な。お前はうちの大切なディーラーなんだから。」
「うん。」
深刻そうに頷くヘルドレイドを見て、普段より声を低くして
「何かあるなら言えよ。隠されるのは好きじゃない。」
「わかってるよ。ちゃんと。」
言い聞かせるように頷いたヘルドレイド。
「ほら、行くぞ。腹減った。」
何も気づいていないように出口へ招くフール。
「うん。早くいこう。」
ーーーーーーーーーーーーーー食堂。
六人がけのテーブルにパンと野菜スープ、ワッフルとイチゴジャムが並べられ、右端の席にちょこんとコール座っていた。ライがスプーンを出しながらフールとヘルドレイドを怒鳴る。
「あー遅い!!支度にどれだけかかってるんだ!」
フールは流すように謝る。
「ごめんごめん。」
「全く!これでスープが冷めてても文句言うなよ!」
それぞれの位置に座りがらライをフールとヘルドレイドが慰める。
「全くもう!」
とそれでもへそを曲げ続けるライ。ふぐのように膨らむので思わずフールが吹き出してしまった。コールも笑い始め、つられてライも笑う。ヘルドレイドはやれやれと笑い、手を叩く。
「食べようか。本当に冷めてしまうよ。」
全員が頷き食べ始める。
「ふぁ、ほうほう、ひょうひんひんふぁいふぁいれひほはふるらひいへ。(あ、そうそう、今日人身売買で人来るらしいね。)」
食べ始めてからある程度たった頃ライがジャムをつけたワッフルを口につめながら話す。ヘルドレイドが注意する。
「ライ飲み込んでから喋りなさい。」
ライはむっぐんと飲み込む。フールが
「人身売買のやつって確か毎度毎度なんか、よくわかんない臓器だのなんだの売ってくるやつか?」
ライが頷く。呆れながらパンを口に突っ込むフール。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙。めんどくさい。うちは臓器いらないっての。」
「でも、雇用の仲介をして貰ってるし、無下には出来ないんだよね」
「ライ、現実言わないで。」
そう。人身売買なんて言ってはいるが、やっている事、契約していること自体は派遣会社とほぼ同じ。お小遣い稼ぎと言わんばかりに臓器を渡してきて腹の立つやつである。だがこと辺りでは数少ない仕事ちゃんとやってくれるやつであるため、ウザイからと切ることも出来ないという面倒なつなのだ。ヘルドレイドが思い出したようにいう
「確か今日はちょっとお願いがあるとかなんとか言ってたよ。頑張れ。」
頑張れ、と言いつつ顔はめんどう事を起こすんじゃねーぞと、黒い笑みを浮かべている。
「ヘルドレイド。顔。怖い。」
コールが代表するように言う。
「そんなことは無いよ、コール。」
(((こわ)))
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カジノ裏口、表には劣るもののこちらから客を迎え入れても問題ないくらいの豪華な装飾がされているにもかかわらず、昼間だからか、そのネオンの電光チューブには一切の光は通されておらず、廃墟のような趣になってい待っていた。それを見てボロボロのゴミ同然と捨てられた子供の鎖をもって近づく男が一人。男はニヤリと口を歪ませると楽しそうに銀色のアタッシュケースを担ぎ、走り出した。フールは近づいてくる様子を見ると、怪しさ、、、と言うよりは、危機感を煽ってくるような雰囲気を出してくるので自分のカジノにまた変な噂が増えてしまうと、ため息をついてしまう。中からコールひょこりとでてきて裏門(ネオンの装飾がされている)によりかかり、走ってくる取引相手を遠い目で見ているフールの横に立つ。フールは気づいたが気にする必要は無いと、無言でいた。
「やぁ!フール!!コール!!久しぶりだね!いつもお出迎えありがとぉ!」
近づいてきた来客ともい、取引相手が楽しそうにフールとコールに挨拶をする。2人は5mほどになったあたりで軽く提げていた頭を上げ、フールはいつも通りのお決まりの言葉を言う。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。こちらへどうぞ。」
左手を上げてカジノの中へ案内する。客人は楽しそうに導かれてゆく。カラカラと愉快そうに客人は言う。
「相変わらず、フールの外面は見ていて虫唾が走るほど気持ち悪い!ねーフール、そうしてる時ってどんな気分?」
カジノ裏口のドアが完全に閉じるとフールは何かの糸が切れたように表情を変える。
「藪から棒になんだよ。後、虫唾が走るとか知らないから。どうでもいい!」
客人はフールの姿に満足したらしくまた壊れた人形のようにカラカラ笑い出す。
「やっぱり、そちらの方がいい。君らしくて好きだよ。無駄に媚びを売らず、そちらのキャラで売った方が面白いのに、、、くっくっく。」
VIP用の個室のドアを開けながらフールは言う。
「面白い面白くないで生きていけるかっ!全く。俺はお前みたいに変人じゃないんだよ。テーゼ。」
フールが所々で豹変し、うちと表面を一致させないのはフールが培って来た戦略であり、冷淡さであり、自身の仇であった。元の性格では無いものの、こればかりは身についてしまっていた。
テーゼは楽しそうにカラカラ笑いながらローブを脱ぎ捨てる。コールとは違う可愛らしいピンク色の髪、縦じまのタンクトップに破れたTシャツ、細いライディングパンツ、4個ほどつけられたウォレットチェーン(ズボンにつけるチェーンのこと。)
「変人だなんて失礼な。``人``じゃないよ。変なのは君たちにとってで僕からすれば何も変ではないよ。あ、人じゃないのは君たちにも言えることなのか!くっくっく!」
わざとらしく言ってくるテーゼに苛立ちが募るフールを横目にコールは1人がけのソファを部屋の隅に置き、テーゼが持ってきた``ゴミ``を無表情で見つめる。するとコールは何を思ったのか``ゴミ``が着ていボロ布と言えるか分からない布をめくる。``ゴミ``の体を見てコールの一瞬体が硬直して``ゴミ``のホコリや砂だらけの肌を撫でた。話がある程度進んでいたフールがちらりと視線をよこす。コールの行動に首を傾げつつ視線を戻した。2時間ほどたった頃、話が終わり、テーゼがそうそう、と指を立ててゴミを指して言った。
「先程からコールが遊んでいるそのゴミ、いります?あ、ゴミなのでお代は要らないよ。」
カラカラと楽しそうにするテーゼの胸ぐらをコールが怒りの形相で掴み上げる。フールは珍しく動揺した。普段は感情を出さないコールが怒りをしっかりと表していることにも驚いたが間にここまで怒りを表す程のことがあったように思えない。動揺した口調で離すように言うと、自分とテーゼを視線で行き来する。コールは言う通り胸ぐらをゆるめ、その分の収まらない怒りを抑えるように歯と拳に力を入れ震わせる。そして喋らなかったコールが口を開いた。
「お前。あの子供。どこから持ってきたっ!あの。子の。体を。ああしたのはっ!お前かっ!!」
コールの怒号にテーゼはわかっていた反応だったのか静かに言った。
「あれは、ゴミですよ。オークション会場の売れ残り。誰一人欲しがらなかったいらないゴミ。働き手どころか性的吐き場所にすらならない死んでも邪魔しかならない正真正銘の生きたガラクタ。ゴミ。」
フールはそこまで聞いて、ゴミの前に視線を合わせるよう屈む。先程のコールと同じようにじっと見る。来てから一言も喋らず、いや、来る時にテーゼに引きずられた時も痛いすら言わない。それはおかしい。証拠に枷の下の肌はめくられており血が流れている。足の甲からもどこかの小石ですったのかそこからも痛々しく肌がめくれていた。そんな状態で枷を引っ張られたらいくら奴隷と言えど無意識に枷を気にするような行動はするのだ。だが`これ`はそんな行動を一切していない。人形のように一切動かない。恐る恐る服とも言えぬようなお粗末な布をめくる。
フールは固まった。
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
父親に怒られ拳をくらった子供のような顔になった。言葉が出て来ず、ゆっくりとめくった布を下げる。
テーゼはコールの言ってることが理解できたことを確認すると
「2回オークションに出されて、1回目に落札した奴は有名なサディストでね。奴隷を買っては壊して返してくるものだから困っているらしいんですよ。」
テーゼの胸ぐらからようやくコールの手が離れる。テーゼは続ける。
「俺はそいつがどうなろうが知ったこっちゃない。売れ残っていても同じこと。だが、悪魔の僕でさえも、同情してしまった。」
フールは疲れたように言った。
「それがこいつをここに連れてきた理由か?」
「・・・」
テーゼは沈黙する。そして再び口を開く。
「生かすも殺すも好きにしろ。その、、、`子供`は置いていく。」
そう言ってローブを肩にかけ、出ていった。
「コール、見送ってくれ。」
フールに頷くとテーゼの後を追って出ていった。今度は立って見下ろすようにじっと置いていった子供を見て、そして子供のほほを撫でた。かつての自分が希望の魔女にしてもらったように、子供を重ね合わせ要らぬ思いを懐かしんだ。ドアがノックされ、ギィーと音を立てて開くとライとヘルドレイドがコールに連れてこられていた。ヘルドレイドが焦った面持ちで
「フール、どうしたの?すごいコールが怒ってるし、それその子、、、」
「新しいうちの社員。自己紹介してやって。」
フールが子供をさして言った。ライとヘルドレイドは何かを察したように前に出た。
「俺はライ。ここでバーテンダーをしてる。ホールの仕事とかについては、多分俺が教えることになると思うからこれからよろしく。」
視線を合わせるようにひざまずいて前に手を出す。子供は首を少し傾げて少し考える仕草をしたあと、恐る恐るライの手を握った。ライも弱々しく握られる手を優しく握り返した。
「よろしくね。」
改めてそういった後手を離した。
「僕はヘルドレイド。ディーラーだよ。僕から教えられることは、、、多分ライ全部教えると思うから分からないこととかあったら聞いてくれればいいから。あと、赤髪の鈴をつけていた女顔ぽっいやつはコール。」
ヘルドレイドの後ろから顔を出してお辞儀をするコール。
「ライと同じでホールを基本やってるよ。あとは、、、接客が仕事だからまぁ、あまり、、、ついて回らないように。」
「よ、よろしく。ね。」
先程怒鳴ってしまったことを気にしているのか、怖がらないようにヘルドレイドの背中から出てこない。
「最後は俺だな。俺はフール。ここの支配人でホールとか経理とか色々やってる。一応この中で一番偉い!」
えへんと胸を張るフール。
「君を正式にこのカジノの社員と認める事を、宣言する。だから、それはもう要らない。」
そう言ってフールは指も鳴らした。刹那子供に着いていた鉄の首輪と枷が弾けた。痛々しい傷があらわになってライとヘルドレイドはコールが怒った理由にあらかたの仮説がついた。
フールはうーん、どうなっていると思いたったように
「あ、そうだ!名前だ!名前。」
「名前?」
コールが子供の頭を恐る恐る撫でながら言った。フールは頷いて
「そう!名前がなくちゃ不便だからな!ネーミングセンスには自信ある!」
ライがメジャーを出しながら懐かしそうに言った。
「まぁ、そうだな。確かヘルドレイドの昔の名前もフールが考えたんだっけ?懐かしいなぁ。」
ヘルドレイドは不機嫌そうに
「やめろ。昔の話は。というか、今のこのヘルドレイドって名前もフールがつけたよ。」
「そうだっけ?」
ライが首を傾げているとフールがぽつりと呟いた。
「ベディヴィア」
「「「・・・」」」
「なんだよ。」
三人がフールを呆れた目で見る。
「なんだよ!」
「「「・・・」」」
「なんか言えよ!せめてさぁ!!」
ヘルドレイドがコホンっとわざとらしい咳払いをして、フールの頭に手を置き、指先で締め上げた。
「女の子に、男の名前つけんなや。」
「いダダダダだァ!!いや、案案!!提案だよ!!」
「提案で言い逃れ出来ると思うんか?」
ギリギリと締める。
「いたたたたたたたたたたたた!!!」
ヘルドレイドはこれぐらいでいいか、と手を離した。フールは余韻の残る頭を抑えながら言う。
「ベディヴィアって俺の名付け親なんだよ。だから出てきてしまったというわけで。」
ライがひらめいて
「そうだ!ベディは?!これなら女の子の名前だし、フールの意見も取り入れられる!」
「いや、ちょっと待ってライ。ベディヴィアについて別に、、、」
「よし!じゃあ決定!!」
ライはフールの言葉を聞かず、2人それでいいと賛成した。フールは自分の言葉を聞かなかったことに肩を落として隣にいるベディにいった。
「君の名前はこれからベディになるからよろしく。俺らも他のやつもそう呼ぶから、君の唯一無二のもので誰も奪わない。・・・慣れていいからな。」
慣れていい。その言葉を聞いたベディは初めて表情を見せた。泣きそうな、でも嬉しくてたまらないようなそんな顔だった。砕けて粉々になって砂のようになった心が少しだけ水を得て形を形成していくのがわかった。フールは笑って頭を撫でた。ベディは肩を一瞬びくつかせたが力を抜いて受け入れた。ヘルドレイドが、
「お風呂入れようか。いい加減汚れた姿でいさせるのが我慢できないよ。フール。」
「そうだな!じゃあ、ヘルドレイド頼む!ライ、採寸終わったか?」
「OKだよ。」
「ヘルドレイド、頼んだ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大浴場。
「痛かったら言ってね。ベディ」
「・・・」
ヘルドレイドは極力ベディに話しかけ、語尾や語頭にベディと呼ぶようにした。名前を呼ばれる事に慣れるのが大変なのは自分が身をもって知っているからであった。
ベディは泡だらけのまま何も言わず瞬きすらしてないのではとおもうほど動かない。
(何回か洗わないと落ちないな、、、。)
そんなふうに思っているとベディの小さな口が開いた。
「ベディ。ベディは、わ、私。なんです、、、ね。」
ヘルドレイドは眼をぱちぱちして、笑った。
「ふふ。嗚呼。そうだよ。君だよ。ベディ。」
あまり教えられていない言葉で下手くそながらも意志を示した。
「ベディ、流すから目を閉じて。」
ベディはぎゅっと目を閉じた。先程とは打って変わって感情がある様に見えた。ぬるま湯を肩から優しくかけお湯がベディの華奢で細く骨ばった身体をつたい泡共にタイルの床に流れ落ちてゆく。
泡で隠れたからだを露わにし、ホコリと砂で隠れた傷跡を見せる。
(屑どもがやることは変わらない、、、か。)
ヘルドレイドの桶を持つ手に無意識に力が入った。背中を完全に流すと、火傷と鞭と切られたあとがはっきりと見えるようになった。
ヘルドレイドの頭に記憶がよぎる。自分と同じ色の髪と目の少女が手当のされていない傷だらけの体で自分を抱きしめ、殺される。血の匂い、力の抜けた体の重み。いくら呼びかけても笑いかけない口元。
「様っ、ご主人様っ、ご主人様っ!」
ベディの声に引き戻される。
「あ、えっと、、、」
少し頭が混乱した。ベディが泡だらけの手で自分の手を握って見上げている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ご主人様。」
「いや、違うよベディ。ベディが謝ることは何もない。僕が、、、変なこと思い出しちゃっただけだから。」
ヘルドレイドはなんでもないと首を振るが、ベディはそれでも謝り続ける。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。ベディが、悪いの。ベディがこんな体だから。」
「そんな事ないっ!君だって好きでこんな傷だらけじゃないだろ!」
先程より生気の入った目がヘルドレイドに向けられた。
「・・・」
「・・・」
ヘルドレイドは深く息を吐いて泡でベディの顔に触れた。
「目、閉じて。」
ベディは言われた通りに目を閉じた。まぶたの上を泡と暖かいヘルドレイドの親指が乗る。
少し戸惑ったが、ただ優しく擦られるだけなので無意識に入った力が抜けた。
「ベディ、痛いところはある?」
「な、無いです。」
そう答えた時、首の皮が剥けたところに触れ、一瞬体を強ばらせるが直ぐにとけた。
「そ。ベディ、怖いだろうけどもう少しそのままにしてて。流すから。」
ベディは沈黙してヘルドレイドは行くよと、優しくお湯を顔にかけた。優しく、細かくできるだけしみないように細心の注意をはらった。
「ベディ、いいよ。目を開けて。」
ベディは目を開ける。ヘルドレイドが泡を全部流し、もう一度シャンプーをつけいた。
「ベディ、もう一度頭洗うよ。」
「・・・」
ヘルドレイドのゴツゴツとした手がベディの頭をもう一度洗い始める。先程よりは力が強かったが、痛くはなかった。ベディは自分に気を使われることがあまりにも慣れておらず、何を言えばいいかわからないでいた。
10年だか15年だか数えるのを辞めた年月見下され、蔑ろにされてきたのだから当然といえば当然であるが、しかしベディも大分に困っていた。ベディである資格、名前、居場所を提供されて安堵と少ない嬉しさに心踊っていたが、少し話しただけでもわかる優しい人たちと一緒にいていいのかと言う自分への問にいちさな頭を悩ませる。お風呂に入っていることすらおこがましい行為なのに入れてもらっているどころか、こうして体を洗わせてしまっている。
(さ、先程のお顔、きっと機嫌を損ねたに違いない。でも、、、どうして殴らないの?躾は?折檻は?どうして頭を優しく洗うの?どうしてお湯を使うの?)
考えれば考えるほど分からなくなっていく。それでもご主人様の思いどうりに動くしか出来ない。どうしたものかとぐるぐる考えていると、
「ベディ、流すからのまた目を閉じて。」
優しく後ろから声をかけられる。また言われた通りに目をぎゅっと閉じるとなにかおかしかったのか、笑いだした。
「ぷ、ふふ、あはははははは!」
何故そんなに笑うのか分からず、ずっとぎゅっと目を閉じたままでいる。
「あはは、あぁ、ごめんごめん。つい。」
(つい?)
「流すね。ベディ。」
桶で優しくお湯をかける。
(ふふ。やっぱり面白いなぁ。)
フール達と一緒にいた時は壊れた人形としか思えなかった、ベディが喋っただけでも驚きだというのに、目の前で歳相応、、、よりも幼い顔をするものだからヘルドレイドは予想以上にベディの心が形のままでいることが安心した。それで思わず笑ってしまったのだ。自分よりは難題では無さそうだと。
トリートメントを塗りながら
「ベディ、後で髪を整えても良いかい?」
「は、、、い。」
「うん。ベディの髪は整えがいがありそうだから楽しみにしてるよ。」
荒く切られ、バラバラになっている毛先を見ながら言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー脱衣場。
ヘルドレイドがベディの髪を乾かしていると脱衣場のドアが開き、ライがワイシャツと救急セットを持って入って来た。
「あ、終わってたねー。ワイシャツ大丈夫そうだったりする?」
「しないよ。執拗。」
ヘルドレイドはドライヤーを切ってライに言う。鏡台の横に治療道具広げているとベディのボサボサの髪が3.40センチほど短くなっていることに気づいた。
「ベディ、髪短くなってない?」
「んあ?嗚呼。だいぶバラついてたんで整えた。あとちょっとだけ量も減らしたよ。」
「ふーん。」
(違和感はほぼほぼ無いけど、、、やっぱりまだ乱雑に切られた跡は分かるな。)
持ってきたワイシャツをベディが着ようとするのをライは止めた。
「待って待って。傷手当したいからまだ着ないで。」
着るのをやめて、脱ぐと所々溶けた跡のある肌が晒される。
(おいおい。想像5倍は傷だらけじゃねーかよ。人間、どう扱ったらここまでボロボロになるんだよ。)
意図せずともフールたちの言っていた腹部に目が行く。ベディの元の主に虫唾が走ったせいで一瞬ライの表情が歪んだ。ヘルドレイドは目を逸らしてうつむいている。ライはできるだけ怖がらせないように屈んで手当する。
「ベディ、しみる?」
「ぁ、、、し、しみないです。」
ライの動きが一瞬止まった。ベディが喋った事に、言葉が理解出来ることに驚いた。ライがヘルドレイドを見ても相変わらずそっぽを向いている。
「そう。なら良かった。」
ベディは不器用に頷いて、またもごもごと口を動かす。
「?」
首を傾げるライに戸惑ってベディはヘルドレイドを一瞬見る。視線に気づいてベディを笑顔で見つめ返す。意をけしたように、
「あ、あり、が、とうご、ざ、います。ご主人様。」
と、不器用に言う。ライもヘルドレイドに視線を移すがヘルドレイドはただニコニコしているだけだった。まったく、とベディに視線を戻すと少し困り顔で
「うん。どういたしまして。でも、ご主人様じゃなくて、ライって呼んで欲しいなぁ。そっちも、ご主人様じゃなくてヘルドレイドって呼んでね。」
ライの言葉にベディは2人の顔を行き来させる。
(難しいか、、、まぁ、直になれるでしょ。素直だし。)
「は、は、い。が、頑張り、ます。ら、ライ様」
「うーん。まぁ、その調子。はい!終わり服きていいよ。」
ベディの手足、首、胸、腹部、太ももが包帯で巻かれて、それでも覆うことが出来ないところはガーゼを貼って何とか傷を隠している。持ってきたワイシャツを着せ、脱衣場を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
支配人室
細ふち眼鏡をかけたフールが書類と睨めっこをしていた。邪魔なのか前髪を上げバレッタで止めて横髪をハーフアップにして後ろで結んでいる。3人に気づくと書類を置いて、眼鏡とバレッタをとりなが待ってましたと上機嫌に立ち上がる。コールはふわぁとあくびを1つして立ち上がった。
「うわぁー予想以上に包帯だらけだねベディ。一番背が小さい俺のシャツでもワンピースみたくなるね。」
楽しそうに笑うフール。コールもかわいいかわいいとしゃがんで見ている。フールが
「でも、やっぱそれだとダメだな。可愛くてもっと見ていたいが、、、」
そう言って指を鳴らした。どこからともなく5.6匹の蝶が現れた。赤紫に光る鱗粉を撒きながらベディの周りを飛び回る。マーガレットやポピー、紫苑などの色とりどりの花がベディに当たって消える。やがて体が光に包まれてワイシャツがオフショルのドレスになって煌めくのを辞める。最後の1匹の蝶が服と一緒にハーフの編み込みされた髪に止まり緑色の細いリボンに形を変える。
「仕上げにこれを、、、っと。」
握っていた黄色い2つのヘヤピンを前髪の両端につける。
ベディの二つのブルーアレキサンドライトの瞳が現れる。
四人がじーっとみる。ベディは自分の状況にあまり整理がつかず、視線に耐えられず目を逸らしてしまう。
ヘルドレイドが
「こんなヘヤピン持ってたっけ??」
と聞くと、フールは言いずらそうにハーフアップされた髪を解き、ガシガシとかく。
「えーっと、その、セライラに貰った。いらないって押し付けられて、俺も要らないし。」
「なるほど。」
フールは突然うつむいていたベディの顎を持ち上げ、グリーンアレキサンドライトをまじまじと見る。だんだん近づいてきて、フールの鼻先がベディの頬につき、唇どうしがあと一センチ程のところで二つの手が入ってきてフールの顔面を掴み引き剥がす。
「「何しとんねん」」
ヘルドレイドが十字固めで上半身を締め上げ、ライは四の字固めで下半身を締め上げる。
コールはベディを守るように前で手を出して、後ろでベディは顔を行き来させアワアワとしている。
「ぐぁぁぁぁっっ!!!待ってマジ死ぬまじ死ぬって!!ギブキブギブ!!ギブって!!ギブっって!!ちょ、マジギブ!長くない?!長くない?!」
ヘルドレイドとライがふぅ、と息を着くと、
「「これぐらい最初にしておいた方がいいかと思って。」」
「そこハモる?お前達から見て俺ってどうなってんの??」
3人の会話を他所にコールがベディに、
「フールに何かされたらすぐ僕らに言うんだよ」
「コール!!ベディに何吹き込んでる!?」
「さぁね。」
イタズラっ子のように舌を出すコール。分からず頷くベディのお腹が小さく鳴る。全員がいっせいにベディを見るとベディは分かっていないようで首をコテンと傾ける。コールが
「ベディ。ご飯。最後。いつ。食べた?」
ベディは困惑したようではあるが記憶を必死に遡る。
「き、昨日、ここに、連れてきて、くださった方が、パン、を、、、。」
続いてフールが質問する。
「その前は?」
「あ、えっと、、、えっと、、、」
「答えられる範囲でいい。」
「よ、四日前で、、、あ、だったと、思い、ます」
幼くも少し掠れた声で答えられフールとコールは胸が苦しくなった。フールはライに目で合図し、受け取ったライはヘルドレイドにそっと耳打ちしヘルドレイドが二回頷く。フールはそれを確認するとベディを抱き上げる。
「あっ、、、ご、ご主人様っ!?」
(かっっっっっっるっ!!!綿じゃん!屋台で売ってる綿あめより軽いわ。いや、それは言い過ぎたわ。それじゃあガチで死ぬ。)
フールがベディの顔を見上げる形になり、フールのペリドットの瞳とベディのグリーンアレキサンドライトの瞳がぶつかり合う。
(やっぱり、青緑だよな??)
フールは再確認する。
「ライ、腹減った。朝の材料残ってるだろ?なんか作って。ついでにベディの分も。」
「はいはい。別にいいけど、なんで俺なん?」
「言葉。ヘルドレイドもだが気が抜けたらすぐそっち使うのやめろっていつもいってるだろ。」
「やっべ。ごめんごめん。」
「まったく。」
ベディを持ち直す。瞬発的にベディはフールの首に腕を回す。顔が近くなって額と頬がぶつかり、
ベディはハッとして、
「あ、ごめんなさいッ!」
回した腕を引っ込めようとする腕を掴んで、もう一度回させるフール。
「だーめ。捕まってないと危ないだろ?それに、、、もっと近くで可愛い顔を見ていたい。」
ととびきり甘い声囁く。感情の起伏が少ないベディでも顔を赤らめて、目を蕩けさせてしまう。
コールがベディを後ろから抱き抱え、
「ぐぁぁぁぁっ!」
ライが四の字固めで下半身を締め上げ、ヘルドレイドがチョークスリーパーで首を絞める。
「「誘惑すんな。馬鹿夢魔」」
「お前らだって夢魔じゃん!!しかも同じ上級じゃん!!」
気持ちよく目が覚め山々の空気を肺いっぱいに取り込んだような素敵な笑顔でライが言う。
「そうだけど、従業員を誘惑する支配人はどうかと思うよ。」
ライの四の字固めから足を逃がそうと腰を浮かすができる訳もなく、当然のように締められる。フール。
「いぎぎぎぎぎぎぎ!!!」
ヘルドレイドも草原を駆け巡るそよ風を浴びながら日光浴で楽しんでいる様な顔をして、
「そうな~従業員に、ベディに、うちの可愛い可愛い妹に、手出されちゃァ困るなぁ」
「いつからベディがお前の妹になった!!」
「ついさっき。」
そんな事実は全くもってない。
「しるかっ!そろそ、そ、、うでぇ、、、」
フールはカクッと気絶した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食堂。
ワッフルを口にほうばりながらフール疲れたように呟いた。
「あ~酷い目にあった」
ライが水を入れながら呆れたようすで
「あれば自業自得だよ。ベディを誘惑しようとしたんだから。そんな事しなくたって、ベディは僕達の物だろ?なぁ?ベディ。」
少なめのパスタを小さく口に運ぶベディ。食べてる最中にもかかわらず激しく頷く。そんな様子が可愛らしいと思いフールは頭を撫でる。
「ありがとうな。ベディ。」
ライの低い声がフールの耳に囁かれる。
「まだあの人間の子に執着するの?自分で道具とか言っておいて。」
その言葉にフールはピクリ体を反応させ黙り込むが少ししてベディに絶対に聞こえない子で言う。
「で?ベディとあれは違う。」
声と殺気に全身に悪寒が走り鳥肌が立つが、ライは安心したように笑った。
「そう、なら良かった。区別着いんてんだね。」
2人の水を間に置く。
(そう。その意気だ。フール。ベディ、君は良くも悪くもパンドラの箱なんだよ、或いはその鍵か。それは彼女次第だけど。面白くなってき
た。)
そんな胸の高ぶりが、ライを襲う。
(これから、楽しみだ。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これが、私とあの人達の出会いよ。」
レモンティーをおいたエレインは手を合わせて
「とっても素敵ね!貴方の名前がとっても好きになった!」
むー、と頬を膨らませる。
「元から好きではないの?!」
亜麻色の髪を揺らして首を振る
「そんなことないよ!元々好きよ。けれどもっと好きになったの。私は、名前も顔も知らない人から付けられた名前だから、愛してる人からつけて貰えて羨ましい!」
「そう。確かにそうね。」
悲しい面持ちで話を進めようとする。それをエレインは止める。
「ダメよ!そんな顔をしては!大好きな人の子を話すのなら、笑って居なくちゃ!その人達が悲しんでしまう!」
「うん。そうね。私はご主人様達が大大大好きだからっ!、、、笑っていなくてはダメよね。怒ってしまうわ」
エレインは満面の笑みで笑い、レモンティーを入れ直した。
「さぁ!続きを聞かせて!」
強い風邪が吹き、編み込みのされた髪に着いたフールから貰ったリボンとヘアピンが風に揺れるのを押さえた。
「ベディ!」
グリーンアレキサンドライトの瞳がエレインを映す。その瞳には確かに希望が宿っていた。生きる力が宝石よりも煌めいて、かつてのゴミ同然の少女ではなくなっていた。
「ええ、聞かせるわ。ゴミでしか無かった私が、どうやって心の魔女になったのか、、、」
頭の上からなるけたたましい目覚まし時計の音に苛立つ。
「ん~。むにゃ」
ベッドの棚に手を伸ばし、目覚まし時計のスイッチを押す。そのままぐったりとしまた夢の世界へ旅立とうとした時、部屋のドアが行き良いよく開き、コールがダイブしてきた。
「ぐぁぁ!ー~!」
ベッドのギシギシという音ともに自身の背中も同時に海老反りのような形になる。ベッドがバウンドし、圧迫感から開放されるともう一度腰に重みが乗る。
「ぶがっ!っー」
唐突な衝撃と痛みで頭がさえ、上に乗っているコールを見上げると、コールは楽しそうに笑って
「フール。おはよう!。朝だよ。ライがご飯。できたって。」
「お、おう。ありがとう。」
「うん。」
「・・・」
「・・・コール。」
「何?」
「そろそろ降りて欲しいんだけど、、、」
コールは、ハッとして、よいしょと下りる。
「んじゃおやすみ。」
掛け布団を頭からかぶるり、団子になるフール。
コールはフールがそうしたことに驚き慌てて団子を揺さぶる。
「フール!フール!起きて。起きて。朝ごはん。冷めちゃうよ。ライにだって。怒られる。ヘルドレイドにだって、、、」
突然団子の中から腕が伸び、そのまま捕まれ引きずり込まれるコール。
「うわぁ!フール!」
布団の中で前からコールを抱きしめる形になり、背中をリズムを一定にして叩く。
「ほーら、眠れ眠れ。」
コールはただでさえ眠そうにぽやりとしている目をより眠そうにし始めた。
「うむぅ。」
フールはしめしめ狙い通り!とでも言わんばかりの笑みを浮かべて自身も寝ようと目を瞑る。刹那
団子にしていたかけ布団が宙に舞い、ぬくぬくとした熱が一度に鳥肌がたつの冷たい空気と入れ替わる。
「さぶ!」
「はーい。お二人さん、そろそろご飯冷めるから出ようなー。」
問答無用で布団を取られ遮光カーテンがで開けられ光で痛くなった瞼を開けるとヘルドレイドがいつも通りついた笑みでこちらを見る。
「ヘルド~起きなきゃダメか?」
「ダメ。あと勝手に略すな。人の名前を」
フールが起きたくないと駄々をこねているとコールがダメだよ。起きて。とゆする。
「ほらほらーコールもゆぅとるんやから、おきぃ」
「ヘルドレイド、言葉。」
「おっと、ごめんごめん。」
ヘルドレイドは口を自分の指先で抑える。
「ヘルドレイド。おはよう。」
「おはよう。コール、起こしてって言ったよね?」
「ゔっごめんなさい。きよつける。ます。」
「うん。よろしい。ライが手伝いが欲しいって言ってたから行ってきて。」
「うん。」
「ちょっとまって。」
「うゆ。」
コールの曲がったチョーカーを直す。直った、とヘルドレイドが呟くと、コールは子供のような足取りで部屋を出た。フールがワイシャツに腕を通して、呼びかける。
「ヘルドレイド、大丈夫か?」
「ん?何が?」
「いや、なんか、、、顔色が悪いなって。思った。」
ヘルドレイドは少し多めに息を吐いて、
「そんな事ないよ。ほら。」
そう言ってヘルドレイドはフールの手を取って自分の顔につけると、フールの手にはヘルドレイドの体温がじんわりと伝わる。フールは親指で眼球の下をなぞるように涙袋に触れた。
「うん。確かに。体温は平気そうだな。」
そう呟くと、フールはヘルドレイドの頬から手を離し、シャツの前のボタンを締め始める。
「具合が悪くなったらすぐ報告な。お前はうちの大切なディーラーなんだから。」
「うん。」
深刻そうに頷くヘルドレイドを見て、普段より声を低くして
「何かあるなら言えよ。隠されるのは好きじゃない。」
「わかってるよ。ちゃんと。」
言い聞かせるように頷いたヘルドレイド。
「ほら、行くぞ。腹減った。」
何も気づいていないように出口へ招くフール。
「うん。早くいこう。」
ーーーーーーーーーーーーーー食堂。
六人がけのテーブルにパンと野菜スープ、ワッフルとイチゴジャムが並べられ、右端の席にちょこんとコール座っていた。ライがスプーンを出しながらフールとヘルドレイドを怒鳴る。
「あー遅い!!支度にどれだけかかってるんだ!」
フールは流すように謝る。
「ごめんごめん。」
「全く!これでスープが冷めてても文句言うなよ!」
それぞれの位置に座りがらライをフールとヘルドレイドが慰める。
「全くもう!」
とそれでもへそを曲げ続けるライ。ふぐのように膨らむので思わずフールが吹き出してしまった。コールも笑い始め、つられてライも笑う。ヘルドレイドはやれやれと笑い、手を叩く。
「食べようか。本当に冷めてしまうよ。」
全員が頷き食べ始める。
「ふぁ、ほうほう、ひょうひんひんふぁいふぁいれひほはふるらひいへ。(あ、そうそう、今日人身売買で人来るらしいね。)」
食べ始めてからある程度たった頃ライがジャムをつけたワッフルを口につめながら話す。ヘルドレイドが注意する。
「ライ飲み込んでから喋りなさい。」
ライはむっぐんと飲み込む。フールが
「人身売買のやつって確か毎度毎度なんか、よくわかんない臓器だのなんだの売ってくるやつか?」
ライが頷く。呆れながらパンを口に突っ込むフール。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙。めんどくさい。うちは臓器いらないっての。」
「でも、雇用の仲介をして貰ってるし、無下には出来ないんだよね」
「ライ、現実言わないで。」
そう。人身売買なんて言ってはいるが、やっている事、契約していること自体は派遣会社とほぼ同じ。お小遣い稼ぎと言わんばかりに臓器を渡してきて腹の立つやつである。だがこと辺りでは数少ない仕事ちゃんとやってくれるやつであるため、ウザイからと切ることも出来ないという面倒なつなのだ。ヘルドレイドが思い出したようにいう
「確か今日はちょっとお願いがあるとかなんとか言ってたよ。頑張れ。」
頑張れ、と言いつつ顔はめんどう事を起こすんじゃねーぞと、黒い笑みを浮かべている。
「ヘルドレイド。顔。怖い。」
コールが代表するように言う。
「そんなことは無いよ、コール。」
(((こわ)))
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カジノ裏口、表には劣るもののこちらから客を迎え入れても問題ないくらいの豪華な装飾がされているにもかかわらず、昼間だからか、そのネオンの電光チューブには一切の光は通されておらず、廃墟のような趣になってい待っていた。それを見てボロボロのゴミ同然と捨てられた子供の鎖をもって近づく男が一人。男はニヤリと口を歪ませると楽しそうに銀色のアタッシュケースを担ぎ、走り出した。フールは近づいてくる様子を見ると、怪しさ、、、と言うよりは、危機感を煽ってくるような雰囲気を出してくるので自分のカジノにまた変な噂が増えてしまうと、ため息をついてしまう。中からコールひょこりとでてきて裏門(ネオンの装飾がされている)によりかかり、走ってくる取引相手を遠い目で見ているフールの横に立つ。フールは気づいたが気にする必要は無いと、無言でいた。
「やぁ!フール!!コール!!久しぶりだね!いつもお出迎えありがとぉ!」
近づいてきた来客ともい、取引相手が楽しそうにフールとコールに挨拶をする。2人は5mほどになったあたりで軽く提げていた頭を上げ、フールはいつも通りのお決まりの言葉を言う。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。こちらへどうぞ。」
左手を上げてカジノの中へ案内する。客人は楽しそうに導かれてゆく。カラカラと愉快そうに客人は言う。
「相変わらず、フールの外面は見ていて虫唾が走るほど気持ち悪い!ねーフール、そうしてる時ってどんな気分?」
カジノ裏口のドアが完全に閉じるとフールは何かの糸が切れたように表情を変える。
「藪から棒になんだよ。後、虫唾が走るとか知らないから。どうでもいい!」
客人はフールの姿に満足したらしくまた壊れた人形のようにカラカラ笑い出す。
「やっぱり、そちらの方がいい。君らしくて好きだよ。無駄に媚びを売らず、そちらのキャラで売った方が面白いのに、、、くっくっく。」
VIP用の個室のドアを開けながらフールは言う。
「面白い面白くないで生きていけるかっ!全く。俺はお前みたいに変人じゃないんだよ。テーゼ。」
フールが所々で豹変し、うちと表面を一致させないのはフールが培って来た戦略であり、冷淡さであり、自身の仇であった。元の性格では無いものの、こればかりは身についてしまっていた。
テーゼは楽しそうにカラカラ笑いながらローブを脱ぎ捨てる。コールとは違う可愛らしいピンク色の髪、縦じまのタンクトップに破れたTシャツ、細いライディングパンツ、4個ほどつけられたウォレットチェーン(ズボンにつけるチェーンのこと。)
「変人だなんて失礼な。``人``じゃないよ。変なのは君たちにとってで僕からすれば何も変ではないよ。あ、人じゃないのは君たちにも言えることなのか!くっくっく!」
わざとらしく言ってくるテーゼに苛立ちが募るフールを横目にコールは1人がけのソファを部屋の隅に置き、テーゼが持ってきた``ゴミ``を無表情で見つめる。するとコールは何を思ったのか``ゴミ``が着ていボロ布と言えるか分からない布をめくる。``ゴミ``の体を見てコールの一瞬体が硬直して``ゴミ``のホコリや砂だらけの肌を撫でた。話がある程度進んでいたフールがちらりと視線をよこす。コールの行動に首を傾げつつ視線を戻した。2時間ほどたった頃、話が終わり、テーゼがそうそう、と指を立ててゴミを指して言った。
「先程からコールが遊んでいるそのゴミ、いります?あ、ゴミなのでお代は要らないよ。」
カラカラと楽しそうにするテーゼの胸ぐらをコールが怒りの形相で掴み上げる。フールは珍しく動揺した。普段は感情を出さないコールが怒りをしっかりと表していることにも驚いたが間にここまで怒りを表す程のことがあったように思えない。動揺した口調で離すように言うと、自分とテーゼを視線で行き来する。コールは言う通り胸ぐらをゆるめ、その分の収まらない怒りを抑えるように歯と拳に力を入れ震わせる。そして喋らなかったコールが口を開いた。
「お前。あの子供。どこから持ってきたっ!あの。子の。体を。ああしたのはっ!お前かっ!!」
コールの怒号にテーゼはわかっていた反応だったのか静かに言った。
「あれは、ゴミですよ。オークション会場の売れ残り。誰一人欲しがらなかったいらないゴミ。働き手どころか性的吐き場所にすらならない死んでも邪魔しかならない正真正銘の生きたガラクタ。ゴミ。」
フールはそこまで聞いて、ゴミの前に視線を合わせるよう屈む。先程のコールと同じようにじっと見る。来てから一言も喋らず、いや、来る時にテーゼに引きずられた時も痛いすら言わない。それはおかしい。証拠に枷の下の肌はめくられており血が流れている。足の甲からもどこかの小石ですったのかそこからも痛々しく肌がめくれていた。そんな状態で枷を引っ張られたらいくら奴隷と言えど無意識に枷を気にするような行動はするのだ。だが`これ`はそんな行動を一切していない。人形のように一切動かない。恐る恐る服とも言えぬようなお粗末な布をめくる。
フールは固まった。
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
父親に怒られ拳をくらった子供のような顔になった。言葉が出て来ず、ゆっくりとめくった布を下げる。
テーゼはコールの言ってることが理解できたことを確認すると
「2回オークションに出されて、1回目に落札した奴は有名なサディストでね。奴隷を買っては壊して返してくるものだから困っているらしいんですよ。」
テーゼの胸ぐらからようやくコールの手が離れる。テーゼは続ける。
「俺はそいつがどうなろうが知ったこっちゃない。売れ残っていても同じこと。だが、悪魔の僕でさえも、同情してしまった。」
フールは疲れたように言った。
「それがこいつをここに連れてきた理由か?」
「・・・」
テーゼは沈黙する。そして再び口を開く。
「生かすも殺すも好きにしろ。その、、、`子供`は置いていく。」
そう言ってローブを肩にかけ、出ていった。
「コール、見送ってくれ。」
フールに頷くとテーゼの後を追って出ていった。今度は立って見下ろすようにじっと置いていった子供を見て、そして子供のほほを撫でた。かつての自分が希望の魔女にしてもらったように、子供を重ね合わせ要らぬ思いを懐かしんだ。ドアがノックされ、ギィーと音を立てて開くとライとヘルドレイドがコールに連れてこられていた。ヘルドレイドが焦った面持ちで
「フール、どうしたの?すごいコールが怒ってるし、それその子、、、」
「新しいうちの社員。自己紹介してやって。」
フールが子供をさして言った。ライとヘルドレイドは何かを察したように前に出た。
「俺はライ。ここでバーテンダーをしてる。ホールの仕事とかについては、多分俺が教えることになると思うからこれからよろしく。」
視線を合わせるようにひざまずいて前に手を出す。子供は首を少し傾げて少し考える仕草をしたあと、恐る恐るライの手を握った。ライも弱々しく握られる手を優しく握り返した。
「よろしくね。」
改めてそういった後手を離した。
「僕はヘルドレイド。ディーラーだよ。僕から教えられることは、、、多分ライ全部教えると思うから分からないこととかあったら聞いてくれればいいから。あと、赤髪の鈴をつけていた女顔ぽっいやつはコール。」
ヘルドレイドの後ろから顔を出してお辞儀をするコール。
「ライと同じでホールを基本やってるよ。あとは、、、接客が仕事だからまぁ、あまり、、、ついて回らないように。」
「よ、よろしく。ね。」
先程怒鳴ってしまったことを気にしているのか、怖がらないようにヘルドレイドの背中から出てこない。
「最後は俺だな。俺はフール。ここの支配人でホールとか経理とか色々やってる。一応この中で一番偉い!」
えへんと胸を張るフール。
「君を正式にこのカジノの社員と認める事を、宣言する。だから、それはもう要らない。」
そう言ってフールは指も鳴らした。刹那子供に着いていた鉄の首輪と枷が弾けた。痛々しい傷があらわになってライとヘルドレイドはコールが怒った理由にあらかたの仮説がついた。
フールはうーん、どうなっていると思いたったように
「あ、そうだ!名前だ!名前。」
「名前?」
コールが子供の頭を恐る恐る撫でながら言った。フールは頷いて
「そう!名前がなくちゃ不便だからな!ネーミングセンスには自信ある!」
ライがメジャーを出しながら懐かしそうに言った。
「まぁ、そうだな。確かヘルドレイドの昔の名前もフールが考えたんだっけ?懐かしいなぁ。」
ヘルドレイドは不機嫌そうに
「やめろ。昔の話は。というか、今のこのヘルドレイドって名前もフールがつけたよ。」
「そうだっけ?」
ライが首を傾げているとフールがぽつりと呟いた。
「ベディヴィア」
「「「・・・」」」
「なんだよ。」
三人がフールを呆れた目で見る。
「なんだよ!」
「「「・・・」」」
「なんか言えよ!せめてさぁ!!」
ヘルドレイドがコホンっとわざとらしい咳払いをして、フールの頭に手を置き、指先で締め上げた。
「女の子に、男の名前つけんなや。」
「いダダダダだァ!!いや、案案!!提案だよ!!」
「提案で言い逃れ出来ると思うんか?」
ギリギリと締める。
「いたたたたたたたたたたたた!!!」
ヘルドレイドはこれぐらいでいいか、と手を離した。フールは余韻の残る頭を抑えながら言う。
「ベディヴィアって俺の名付け親なんだよ。だから出てきてしまったというわけで。」
ライがひらめいて
「そうだ!ベディは?!これなら女の子の名前だし、フールの意見も取り入れられる!」
「いや、ちょっと待ってライ。ベディヴィアについて別に、、、」
「よし!じゃあ決定!!」
ライはフールの言葉を聞かず、2人それでいいと賛成した。フールは自分の言葉を聞かなかったことに肩を落として隣にいるベディにいった。
「君の名前はこれからベディになるからよろしく。俺らも他のやつもそう呼ぶから、君の唯一無二のもので誰も奪わない。・・・慣れていいからな。」
慣れていい。その言葉を聞いたベディは初めて表情を見せた。泣きそうな、でも嬉しくてたまらないようなそんな顔だった。砕けて粉々になって砂のようになった心が少しだけ水を得て形を形成していくのがわかった。フールは笑って頭を撫でた。ベディは肩を一瞬びくつかせたが力を抜いて受け入れた。ヘルドレイドが、
「お風呂入れようか。いい加減汚れた姿でいさせるのが我慢できないよ。フール。」
「そうだな!じゃあ、ヘルドレイド頼む!ライ、採寸終わったか?」
「OKだよ。」
「ヘルドレイド、頼んだ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大浴場。
「痛かったら言ってね。ベディ」
「・・・」
ヘルドレイドは極力ベディに話しかけ、語尾や語頭にベディと呼ぶようにした。名前を呼ばれる事に慣れるのが大変なのは自分が身をもって知っているからであった。
ベディは泡だらけのまま何も言わず瞬きすらしてないのではとおもうほど動かない。
(何回か洗わないと落ちないな、、、。)
そんなふうに思っているとベディの小さな口が開いた。
「ベディ。ベディは、わ、私。なんです、、、ね。」
ヘルドレイドは眼をぱちぱちして、笑った。
「ふふ。嗚呼。そうだよ。君だよ。ベディ。」
あまり教えられていない言葉で下手くそながらも意志を示した。
「ベディ、流すから目を閉じて。」
ベディはぎゅっと目を閉じた。先程とは打って変わって感情がある様に見えた。ぬるま湯を肩から優しくかけお湯がベディの華奢で細く骨ばった身体をつたい泡共にタイルの床に流れ落ちてゆく。
泡で隠れたからだを露わにし、ホコリと砂で隠れた傷跡を見せる。
(屑どもがやることは変わらない、、、か。)
ヘルドレイドの桶を持つ手に無意識に力が入った。背中を完全に流すと、火傷と鞭と切られたあとがはっきりと見えるようになった。
ヘルドレイドの頭に記憶がよぎる。自分と同じ色の髪と目の少女が手当のされていない傷だらけの体で自分を抱きしめ、殺される。血の匂い、力の抜けた体の重み。いくら呼びかけても笑いかけない口元。
「様っ、ご主人様っ、ご主人様っ!」
ベディの声に引き戻される。
「あ、えっと、、、」
少し頭が混乱した。ベディが泡だらけの手で自分の手を握って見上げている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ご主人様。」
「いや、違うよベディ。ベディが謝ることは何もない。僕が、、、変なこと思い出しちゃっただけだから。」
ヘルドレイドはなんでもないと首を振るが、ベディはそれでも謝り続ける。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。ベディが、悪いの。ベディがこんな体だから。」
「そんな事ないっ!君だって好きでこんな傷だらけじゃないだろ!」
先程より生気の入った目がヘルドレイドに向けられた。
「・・・」
「・・・」
ヘルドレイドは深く息を吐いて泡でベディの顔に触れた。
「目、閉じて。」
ベディは言われた通りに目を閉じた。まぶたの上を泡と暖かいヘルドレイドの親指が乗る。
少し戸惑ったが、ただ優しく擦られるだけなので無意識に入った力が抜けた。
「ベディ、痛いところはある?」
「な、無いです。」
そう答えた時、首の皮が剥けたところに触れ、一瞬体を強ばらせるが直ぐにとけた。
「そ。ベディ、怖いだろうけどもう少しそのままにしてて。流すから。」
ベディは沈黙してヘルドレイドは行くよと、優しくお湯を顔にかけた。優しく、細かくできるだけしみないように細心の注意をはらった。
「ベディ、いいよ。目を開けて。」
ベディは目を開ける。ヘルドレイドが泡を全部流し、もう一度シャンプーをつけいた。
「ベディ、もう一度頭洗うよ。」
「・・・」
ヘルドレイドのゴツゴツとした手がベディの頭をもう一度洗い始める。先程よりは力が強かったが、痛くはなかった。ベディは自分に気を使われることがあまりにも慣れておらず、何を言えばいいかわからないでいた。
10年だか15年だか数えるのを辞めた年月見下され、蔑ろにされてきたのだから当然といえば当然であるが、しかしベディも大分に困っていた。ベディである資格、名前、居場所を提供されて安堵と少ない嬉しさに心踊っていたが、少し話しただけでもわかる優しい人たちと一緒にいていいのかと言う自分への問にいちさな頭を悩ませる。お風呂に入っていることすらおこがましい行為なのに入れてもらっているどころか、こうして体を洗わせてしまっている。
(さ、先程のお顔、きっと機嫌を損ねたに違いない。でも、、、どうして殴らないの?躾は?折檻は?どうして頭を優しく洗うの?どうしてお湯を使うの?)
考えれば考えるほど分からなくなっていく。それでもご主人様の思いどうりに動くしか出来ない。どうしたものかとぐるぐる考えていると、
「ベディ、流すからのまた目を閉じて。」
優しく後ろから声をかけられる。また言われた通りに目をぎゅっと閉じるとなにかおかしかったのか、笑いだした。
「ぷ、ふふ、あはははははは!」
何故そんなに笑うのか分からず、ずっとぎゅっと目を閉じたままでいる。
「あはは、あぁ、ごめんごめん。つい。」
(つい?)
「流すね。ベディ。」
桶で優しくお湯をかける。
(ふふ。やっぱり面白いなぁ。)
フール達と一緒にいた時は壊れた人形としか思えなかった、ベディが喋っただけでも驚きだというのに、目の前で歳相応、、、よりも幼い顔をするものだからヘルドレイドは予想以上にベディの心が形のままでいることが安心した。それで思わず笑ってしまったのだ。自分よりは難題では無さそうだと。
トリートメントを塗りながら
「ベディ、後で髪を整えても良いかい?」
「は、、、い。」
「うん。ベディの髪は整えがいがありそうだから楽しみにしてるよ。」
荒く切られ、バラバラになっている毛先を見ながら言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー脱衣場。
ヘルドレイドがベディの髪を乾かしていると脱衣場のドアが開き、ライがワイシャツと救急セットを持って入って来た。
「あ、終わってたねー。ワイシャツ大丈夫そうだったりする?」
「しないよ。執拗。」
ヘルドレイドはドライヤーを切ってライに言う。鏡台の横に治療道具広げているとベディのボサボサの髪が3.40センチほど短くなっていることに気づいた。
「ベディ、髪短くなってない?」
「んあ?嗚呼。だいぶバラついてたんで整えた。あとちょっとだけ量も減らしたよ。」
「ふーん。」
(違和感はほぼほぼ無いけど、、、やっぱりまだ乱雑に切られた跡は分かるな。)
持ってきたワイシャツをベディが着ようとするのをライは止めた。
「待って待って。傷手当したいからまだ着ないで。」
着るのをやめて、脱ぐと所々溶けた跡のある肌が晒される。
(おいおい。想像5倍は傷だらけじゃねーかよ。人間、どう扱ったらここまでボロボロになるんだよ。)
意図せずともフールたちの言っていた腹部に目が行く。ベディの元の主に虫唾が走ったせいで一瞬ライの表情が歪んだ。ヘルドレイドは目を逸らしてうつむいている。ライはできるだけ怖がらせないように屈んで手当する。
「ベディ、しみる?」
「ぁ、、、し、しみないです。」
ライの動きが一瞬止まった。ベディが喋った事に、言葉が理解出来ることに驚いた。ライがヘルドレイドを見ても相変わらずそっぽを向いている。
「そう。なら良かった。」
ベディは不器用に頷いて、またもごもごと口を動かす。
「?」
首を傾げるライに戸惑ってベディはヘルドレイドを一瞬見る。視線に気づいてベディを笑顔で見つめ返す。意をけしたように、
「あ、あり、が、とうご、ざ、います。ご主人様。」
と、不器用に言う。ライもヘルドレイドに視線を移すがヘルドレイドはただニコニコしているだけだった。まったく、とベディに視線を戻すと少し困り顔で
「うん。どういたしまして。でも、ご主人様じゃなくて、ライって呼んで欲しいなぁ。そっちも、ご主人様じゃなくてヘルドレイドって呼んでね。」
ライの言葉にベディは2人の顔を行き来させる。
(難しいか、、、まぁ、直になれるでしょ。素直だし。)
「は、は、い。が、頑張り、ます。ら、ライ様」
「うーん。まぁ、その調子。はい!終わり服きていいよ。」
ベディの手足、首、胸、腹部、太ももが包帯で巻かれて、それでも覆うことが出来ないところはガーゼを貼って何とか傷を隠している。持ってきたワイシャツを着せ、脱衣場を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
支配人室
細ふち眼鏡をかけたフールが書類と睨めっこをしていた。邪魔なのか前髪を上げバレッタで止めて横髪をハーフアップにして後ろで結んでいる。3人に気づくと書類を置いて、眼鏡とバレッタをとりなが待ってましたと上機嫌に立ち上がる。コールはふわぁとあくびを1つして立ち上がった。
「うわぁー予想以上に包帯だらけだねベディ。一番背が小さい俺のシャツでもワンピースみたくなるね。」
楽しそうに笑うフール。コールもかわいいかわいいとしゃがんで見ている。フールが
「でも、やっぱそれだとダメだな。可愛くてもっと見ていたいが、、、」
そう言って指を鳴らした。どこからともなく5.6匹の蝶が現れた。赤紫に光る鱗粉を撒きながらベディの周りを飛び回る。マーガレットやポピー、紫苑などの色とりどりの花がベディに当たって消える。やがて体が光に包まれてワイシャツがオフショルのドレスになって煌めくのを辞める。最後の1匹の蝶が服と一緒にハーフの編み込みされた髪に止まり緑色の細いリボンに形を変える。
「仕上げにこれを、、、っと。」
握っていた黄色い2つのヘヤピンを前髪の両端につける。
ベディの二つのブルーアレキサンドライトの瞳が現れる。
四人がじーっとみる。ベディは自分の状況にあまり整理がつかず、視線に耐えられず目を逸らしてしまう。
ヘルドレイドが
「こんなヘヤピン持ってたっけ??」
と聞くと、フールは言いずらそうにハーフアップされた髪を解き、ガシガシとかく。
「えーっと、その、セライラに貰った。いらないって押し付けられて、俺も要らないし。」
「なるほど。」
フールは突然うつむいていたベディの顎を持ち上げ、グリーンアレキサンドライトをまじまじと見る。だんだん近づいてきて、フールの鼻先がベディの頬につき、唇どうしがあと一センチ程のところで二つの手が入ってきてフールの顔面を掴み引き剥がす。
「「何しとんねん」」
ヘルドレイドが十字固めで上半身を締め上げ、ライは四の字固めで下半身を締め上げる。
コールはベディを守るように前で手を出して、後ろでベディは顔を行き来させアワアワとしている。
「ぐぁぁぁぁっっ!!!待ってマジ死ぬまじ死ぬって!!ギブキブギブ!!ギブって!!ギブっって!!ちょ、マジギブ!長くない?!長くない?!」
ヘルドレイドとライがふぅ、と息を着くと、
「「これぐらい最初にしておいた方がいいかと思って。」」
「そこハモる?お前達から見て俺ってどうなってんの??」
3人の会話を他所にコールがベディに、
「フールに何かされたらすぐ僕らに言うんだよ」
「コール!!ベディに何吹き込んでる!?」
「さぁね。」
イタズラっ子のように舌を出すコール。分からず頷くベディのお腹が小さく鳴る。全員がいっせいにベディを見るとベディは分かっていないようで首をコテンと傾ける。コールが
「ベディ。ご飯。最後。いつ。食べた?」
ベディは困惑したようではあるが記憶を必死に遡る。
「き、昨日、ここに、連れてきて、くださった方が、パン、を、、、。」
続いてフールが質問する。
「その前は?」
「あ、えっと、、、えっと、、、」
「答えられる範囲でいい。」
「よ、四日前で、、、あ、だったと、思い、ます」
幼くも少し掠れた声で答えられフールとコールは胸が苦しくなった。フールはライに目で合図し、受け取ったライはヘルドレイドにそっと耳打ちしヘルドレイドが二回頷く。フールはそれを確認するとベディを抱き上げる。
「あっ、、、ご、ご主人様っ!?」
(かっっっっっっるっ!!!綿じゃん!屋台で売ってる綿あめより軽いわ。いや、それは言い過ぎたわ。それじゃあガチで死ぬ。)
フールがベディの顔を見上げる形になり、フールのペリドットの瞳とベディのグリーンアレキサンドライトの瞳がぶつかり合う。
(やっぱり、青緑だよな??)
フールは再確認する。
「ライ、腹減った。朝の材料残ってるだろ?なんか作って。ついでにベディの分も。」
「はいはい。別にいいけど、なんで俺なん?」
「言葉。ヘルドレイドもだが気が抜けたらすぐそっち使うのやめろっていつもいってるだろ。」
「やっべ。ごめんごめん。」
「まったく。」
ベディを持ち直す。瞬発的にベディはフールの首に腕を回す。顔が近くなって額と頬がぶつかり、
ベディはハッとして、
「あ、ごめんなさいッ!」
回した腕を引っ込めようとする腕を掴んで、もう一度回させるフール。
「だーめ。捕まってないと危ないだろ?それに、、、もっと近くで可愛い顔を見ていたい。」
ととびきり甘い声囁く。感情の起伏が少ないベディでも顔を赤らめて、目を蕩けさせてしまう。
コールがベディを後ろから抱き抱え、
「ぐぁぁぁぁっ!」
ライが四の字固めで下半身を締め上げ、ヘルドレイドがチョークスリーパーで首を絞める。
「「誘惑すんな。馬鹿夢魔」」
「お前らだって夢魔じゃん!!しかも同じ上級じゃん!!」
気持ちよく目が覚め山々の空気を肺いっぱいに取り込んだような素敵な笑顔でライが言う。
「そうだけど、従業員を誘惑する支配人はどうかと思うよ。」
ライの四の字固めから足を逃がそうと腰を浮かすができる訳もなく、当然のように締められる。フール。
「いぎぎぎぎぎぎぎ!!!」
ヘルドレイドも草原を駆け巡るそよ風を浴びながら日光浴で楽しんでいる様な顔をして、
「そうな~従業員に、ベディに、うちの可愛い可愛い妹に、手出されちゃァ困るなぁ」
「いつからベディがお前の妹になった!!」
「ついさっき。」
そんな事実は全くもってない。
「しるかっ!そろそ、そ、、うでぇ、、、」
フールはカクッと気絶した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食堂。
ワッフルを口にほうばりながらフール疲れたように呟いた。
「あ~酷い目にあった」
ライが水を入れながら呆れたようすで
「あれば自業自得だよ。ベディを誘惑しようとしたんだから。そんな事しなくたって、ベディは僕達の物だろ?なぁ?ベディ。」
少なめのパスタを小さく口に運ぶベディ。食べてる最中にもかかわらず激しく頷く。そんな様子が可愛らしいと思いフールは頭を撫でる。
「ありがとうな。ベディ。」
ライの低い声がフールの耳に囁かれる。
「まだあの人間の子に執着するの?自分で道具とか言っておいて。」
その言葉にフールはピクリ体を反応させ黙り込むが少ししてベディに絶対に聞こえない子で言う。
「で?ベディとあれは違う。」
声と殺気に全身に悪寒が走り鳥肌が立つが、ライは安心したように笑った。
「そう、なら良かった。区別着いんてんだね。」
2人の水を間に置く。
(そう。その意気だ。フール。ベディ、君は良くも悪くもパンドラの箱なんだよ、或いはその鍵か。それは彼女次第だけど。面白くなってき
た。)
そんな胸の高ぶりが、ライを襲う。
(これから、楽しみだ。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これが、私とあの人達の出会いよ。」
レモンティーをおいたエレインは手を合わせて
「とっても素敵ね!貴方の名前がとっても好きになった!」
むー、と頬を膨らませる。
「元から好きではないの?!」
亜麻色の髪を揺らして首を振る
「そんなことないよ!元々好きよ。けれどもっと好きになったの。私は、名前も顔も知らない人から付けられた名前だから、愛してる人からつけて貰えて羨ましい!」
「そう。確かにそうね。」
悲しい面持ちで話を進めようとする。それをエレインは止める。
「ダメよ!そんな顔をしては!大好きな人の子を話すのなら、笑って居なくちゃ!その人達が悲しんでしまう!」
「うん。そうね。私はご主人様達が大大大好きだからっ!、、、笑っていなくてはダメよね。怒ってしまうわ」
エレインは満面の笑みで笑い、レモンティーを入れ直した。
「さぁ!続きを聞かせて!」
強い風邪が吹き、編み込みのされた髪に着いたフールから貰ったリボンとヘアピンが風に揺れるのを押さえた。
「ベディ!」
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