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悪魔、人間の本拠地へ

21.襲撃

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揺れる馬車の中、薄いカーテンで遮られ外の様子が見えない。
王様が乗るにはあまりにも普通な二人乗りの馬車。ギルドタウンはセリフィアの所有地とは言え国外、お忍びで行くしか無かったのだろう。
……まぁ、馬車に文句は無い。走った方が速くてもそうはいかないって分かってはいるし。ただ、問題なのは……


「外を見せられなくてごめんね。でも私がこの馬車にいる事を知られたら凄く大変なことになるから……。」
「そうじゃなくて、何でオレが陛下と同じ馬車なんですかね……。」


そう、オレは出発前にリルジに指名されて同じ馬車に乗ることになった。断れるわけも無く、理由も知らないまま同じ空間にいる。
馬車に揺られて数分経つと、リルジは「あのね……」と声をかけて来た。ちょっと困った様に、何かを言おうとしているようだ。まあ、ロクなことでは無いだろなんて思いながら待ってみると、狭い馬車の中でリルジはいきなり立ち上がった。そして、オレが座っている方の椅子に来ると……っていうか、めっちゃ目の前まで迫ってくると、至近距離で顔を逸らした。

「こんな事、聞いていいのか凄く迷ったんだけどね……。」

そしてそのままオレの耳元まで顔を近づけ、ポツリと一言。


「君、もしかしなくても悪魔だよね?」


……バレた?なんで?
とりあえず、オレを不審に思っただけという可能性も捨てきれない以上、あからさまに避ける訳にもいかない。
リルジはオレの足元と首横の部分に手を置いている。その上、両脚の間に膝をつくとかいう絶対に逃げられない体制を作っている。もっと警戒すべきだったか…。

「なんでそんな事聞くのか…って、聞いてもいいんですかね……。」
「君の血を舐めた時、明らかに人間の血じゃ無かった。これで本当に人間だったり、まさかの天使様だったらごめんねだけど。」

うっわそんな能力持ってんのかよ。まさか、オレを殺さず刺すだけだったのも、ただ血を確認する事が目的だったから……?そう考えた時、一気に鳥肌が立った。
たまにいる普通とは違う特殊な能力持った奴、それが目の前にいるひ弱そうな男だとか予測してない。

「なるほど、で?それを知った上でオレをどうするつもりだよ。」
「否定しないってことは合ってるってことだよね。どうするも何も、ただの確認のつもりだよ。」

ただの確認?異世界から勇者を召喚してまで悪魔を滅ぼそうとする奴らの王が?

「嘘つけ。オレに一体何を求めてる。」
「……強いて言うなら人間に危害を加えないこと。もちろん、君以外の悪魔にも同じ事を求めてい…………っ!?」


途端に大きく揺れた馬車。その衝撃でリルジは前によろけた。一応オレが支えたけど、明らかに道が悪くて揺れた訳じゃない。これは………。

「賊…?私が乗ってることhむぐっ!」
「シー…、おーさまは隠れてろ。狙いがわかんない以上はあんま動くな。」

イオリとヒルメルがいれば、なんとかなるだろ。現にあの二人は既に交戦している。一度落ち着くのを待つしか無………

「こいつら、か!」
「っ!?」

外から聞こえたヒルメルの一言。ただの比喩か、あるいは相手が異形か、確認せざるを得ない状況になってしまった様だ。
リルジを馬車に置き去りに、外に出た。そこにいたのは確かに異形。だが、これは………!

オレは咄嗟に賊を魔力の鎖で縛り上げた。出来るだけ傷つけないように。
五人の賊を縛り上げた鎖はオレの魔力で出来た、オレの一部だ。本来の戦闘スタイルは鎖を使った接近戦。操術師はそのスタイルから選んだジョブだからな。
って、説明なんかしてる場合じゃない。捉えた賊は全員、何かしらの身体的特徴を持った者だ。角であったり、羽であったり、四肢の形であったり……。
結局馬車から降りて来たリルジは、賊をまじまじと見ると大きくため息を吐いた。

「まさか悪魔が闊歩しているとは、どう処分したものか……。」
「……っがう。」
「ミカ?何か言いたいことでも………」
「違う、こいつらは……!」

オレの一言に周りの人全員が驚いた。イオリも含めて。それも無理は無い。
この世界に存在する知的種族は人間・悪魔・天使の三種と言われている。その中でも禁忌の存在とされていると呼ばれる存在。それが彼らだ。第四種の定義は、人間から産まれた異形であること。だが、セリフィアには第四種の存在は知られていない。今ではシィステント国にしか現れないからだ。

あー、クソッ。

「ホント、胸糞悪りぃな……。」
「み、ミカ?顔が怖いよ?」
「………彼らの処分はオレがしよう。事情は後で説明する。」

リルジの返事は待たずにオレは動いた。
賊の足元に転送陣を展開し、黒い小鳥を賊の一人の肩に乗せた。転送陣を発動させる直前に鎖を解き、ざっくりとした指示を出す。

「その鳥を一番偉い奴に渡せ。そしてそいつの指示に従う事。」

そして彼らは転送先……魔王城へと転移した。
悪魔なら、第四種を虐げることは無いだろ。それに魔王もいる。鳥の形にした手紙にも『彼らの保護を頼む』と書いておいた。オレの聡明なゴシュジンサマならなんとかするだろう。

「何を勝手な行動をしたのですか!彼らはどう見ても悪魔でしょう!?この場で斬ったって……」
「黙れヒルメル。後で説明すると言っただろう。オレは今、機嫌が悪い。」
「っ…!」

悪魔や第四種に対して敵対視する奴を、殺さずにいられる自信がない。
第四種に実際に会うのは初めてだったけど、所々に見えた不自然な古傷で理解した。やはり彼らも元奴隷だと。おかげで人間に対しての苛立ちがかなり高まっている。
元の通り馬車に乗り、移動を再開した。リルジはずっとオレの顔を伺っている。とは言えオレはずっと手で顔を押さえていたが。

「……随分と、苛立っているね。彼らは知り合い?」
「初対面だ。」

………
もう、会話を続けようとも思えない。
今は何よりも怒りを抑える方法を考えないと。我慢は出来ても、気が抜ければ意味なんて無い。それに、みんなにどう説明すればいい?
第四種は人間にとってシィステント国に秘匿された存在。口頭で説明しても意味は無いだろう。そもそも人間の国にあまり関与すべきでは無い。国の名前は伏せて言わなくてはならない。
どうすれば全て語らず話に信憑性を……あ。ヒルメルならオレの話を信じさせることが出来るかも……?あんまりどころかかなり気乗りしないけど………。

「リルジ、悪いけど説明する時にヒルメルを騙す。」
「どういう事?」
「あいつは天使や神に対しての信仰心が強い上に悪魔を強く嫌っている。だから、オレが天使を騙るんだ。ただの人間だと思ってる今ですらオレをよく思って無いんだ。そうでもしないと信じやしないだろう。」

悪魔オレに危険性が無いかの確認しかしなかったリルジは、少なくとも悪魔という存在そのものには敵対していない。人間の脅威でなければ敵として見ないのだろう。完全に信じる保証は無いにしても全く信じないよりはいい。

「そう……分かった。ただし条件はあるよ。」
「条件?」

どっかの誰かさんみたいだ。つい最近も似たことが……って、人間からしたら数ヶ月前はつい最近に入るのか?まぁ、一応聞いてから判断しよう。

「ミカは天使であると、それ以外は嘘を吐かないこと。守れる?」
「……初めから嘘は言わないって決めてた。彼らに関して嘘をつく事は、彼らへの冒涜になるからな。」

ま、隠さないとは言ってない。黙秘はさせてもらうけどな。
それに、彼ら…第四種のこと以外は嘘をつくかも。全部なんか言えるわけないだろ。

「……うん、信じるよ。それにしてもどうやって天使だと信じ込ませる気?」
「それは…オレは限り無く天使に近い姿を持ってるからその姿を使う。天使と違う部分はあるけどただの人間は知らない事だ。」

二重の光輪だけはどうにもならない。でも別に違和感は無いはずだ。色んな画家が二重光輪の天使を描いているくらいだ。そんな天使が実在しないなど知る由も無い。

それにしても、なんでリルジはオレのことをそんなに信用出来るんだろう。まだ何かしらの能力を持ってるとか?
嘘が分かるとか……いや、それならオレの嘘を見抜けるはず。それは無いか。…直接聞いてみる?

「なぁリルジ、なんでそう簡単にオレを信じられるんだ?」
「え?…だって見れば分かるからね。君がどれだけ真剣でどれだけ優しいのか。」
「……オレの行動に優しいも何もねぇよ。」

ただの自分勝手だ。オレがしたいようにしてるだけ。
そんなオレの行動を『優しさ』と呼ぶならこの世界も末期だろう。種族の差なんて関係無かった遠い昔が恋し……くもないか。
………それにしても、なんでかさっきからリルジがオレを見てニヤニヤしている。一体何を考えてるんだか、全くわからないのが不気味だ。

「……さっきからニヤニヤと何か?」
「ふふっ、ちょっと面白いなって。」
「面白い?」

こんなあからさまに不機嫌な時に『面白い』なんて初めて言われた。怯えられる事はしょっちゅうだけど、何がどうなって面白くなっているのやら。

「人間とか悪魔とか天使とか関係無しに、君という存在に興味が沸いたんだ。ねぇ、僕と友達にならないかい?」
「はぁ!?ちょ、王様がそんな友好的でどうすんだよ!自分の立場と身分をもう少しは考えろ!」

ホントにこいつ王様か!?なんて脳内でツッコミまくった。
国の統率者としての威厳なんて微塵も感じられない。本当に対等に近い相手と話しているような錯覚に陥る。
……オレ的には話しやすくてむしろいいと思うけどさ。


オレもなんだかんだ流されやすいのかもしれない。結局は押しに負けて頷いた。もちろん人前では上下しっかりしているよう振る舞う事が最低条件だけど。
友、か……。オレにとって友と呼び対等に並ぶ相手はこれで二人目だ。そう考えると交友関係がゴミ過ぎるな。ちょっと精神的にクるものがある。
それでも喜んでいる自分がいる。それがいい事かどうかは置いておいて、広がっていく人間との輪は遠い昔に夢に見た事だ。
……それは確かに幸せだった。でも、叶うのがなんでよりによってこんなに遅かったんだろう。叶っても意味が無い、こんな時代に。

オレは幸福感を感じる度に、背徳感を感じざるを得なくなっていた。
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